第二百一話 新たなる戦いの幕開け
ーー数日後。
光明からの増援でミクルと吹雪が到着し、夜十を含めた皆は急ぎでATSの本部へ移動した。
夜十が意識不明の重体で冴島隊の殆どが満身創痍の状態であることから、組織内は大分ざわついた。
「……燈火、私が夜十見とくから少しは寝てきなよ。 」
四日間意識さえ取り戻さずに昏睡状態の夜十を、ずっとつきっきりで看病している燈火を心底心配している吹雪は優しく声をかけた。
「大丈夫。夜十が目を覚まして一番最初は私がいいの。多分、まだ戦ってる時の記憶のままだから、もう大丈夫って言ってあげたいのよ。 」
燈火は辛そうに下を俯く。
「……それなら、仕方ないね。でも、必ず休みは取りながらだよ?燈火、目の下に大きなクマが出来てるから! 」
「うん、ありがとう。もう少ししたら横になるわ。 」
吹雪はそれだけ言って病室を後にした。
四日、ずっと寝てないのは知ってる。それに、夜ずっと泣いていることも。
今の燈火を自分がどうにか出来るかどうか、それが不可能なのは分かってた。
でも、友達として心の底から心配だ。
ATS本部の食堂施設の前を通りかかると、何やらミクルが戦闘服姿の男と揉めていた。
茶色い紙に黄色い瞳、日本では珍しい瞳の色なだけに海外の人かと思ったが、五体満足で立っている彼の言語はしっかりとした日本語だった。
「……だから!俺は反対だって言ってんだろ! 」
「何でよ!別にいいじゃない!!ソロ組の分からずや! 」
「あぁ"?もうソロじゃねえよ!テメェが副隊長やれって誘って来たんだろうがッ!! 」
結構激しい言い合いをしているようだ。
食堂の人達は特に気にも留めずに呆れた様子でその場を見守っている。
「アンタ達、いい加減にしなァ!!あっしは今ご飯に夢中なんだよ、邪魔する気かァ!! 」
二人の喧嘩を止めたのは、二人の間の席でガツガツと食事を続けていた赤い髪の女性だった。彼女も独特な戦闘服を着ており、大きな胸元のガードはほぼゼロに近い。それでいて、顔や性格は男勝りのようだ。
「何でテメェはこの話の最中に飯食ってんだよ!会話に参加しろバカ凛! 」
「だーれが、バカよ!バカはアンタでしょ!アンタは戸塚って書いてバカって読むの! 」
「何をォッ!!俺の大切な名字をバカにするとか許さねェ! 」
三人で喧嘩を始めてしまった。
ミクル隊はミクルが選別したソロ組の優秀な人達を中心に編成されたチームで、ミクルの本当の姿を知っても尚、付いていこうと決意してくれた心の広い人達と、噂が広がっていたが、あの様子ではそうじゃないのかもしれない。
「え、あの人達って元ソロ組だよね。なら、私が先陣切らないと彼らに災難が……! 」
吹雪は腰に刺した刀剣、虹色家が誇る宝刀"虹雨"の柄に手を掛ける。
ーー瞬間。
地面を強く蹴り、凄まじい速度で加速。
ミクルの間合いへ簡単に入り込むと、吹雪は通り過ぎざまに虹雨の剣戟を一瞬光らせた。
「……ッ!? 」
身体を仰け反らせ、吹雪の剣戟を三人とも避け切った。突然の強襲でも確実に刃を避けるその反射神経と優れた洞察力、流石に強かった。
「あぁ"?敵襲かァッ!? 」
戸塚は声を荒げ、過ぎ去った方向を見る。
そこには白い着物を羽織った虹色吹雪の姿があった。彼女の腰には刀、今の強襲間違いなくコイツだろう。
戸塚は怒った表情で何かを言おうとした。
だが、その顔は一瞬で真っ青になる。
「……オイ、戸塚! 」
「ハ、ハイ!!不知火さん!! 」
真っ直ぐ気をつけの体勢で額から汗が零れ落ちる。一緒にいた凛と呼ばれた女性、矢神凛も元ソロ組、彼女をそろりそろりと足音を立てないように入り口の方へ足を進める。
「矢神ィ、何処へ行く! 」
「ハ、ハイ!! 」
彼女も直立で動かなくなってしまった。
手足がプルプルと震えている。
食堂の奥でプルプルと怒りに耐えていた不知火を発見した吹雪はすぐ様三人に喧嘩を止めるように伝えようと思い、地面を蹴ったのだが、時すでに遅かった。
「……お前ら、もうソロ組じゃねえとしてもだな。お前らが軽率なことしてたら、ソロ組のメンツが潰れるのが分からねえか? 」
不知火は完全にブチギレていた。
だが、不知火の前にミクルが立ちはだかる。
「……不知火さん、ミクル達の隊の問題ですから、煩くしたのはごめんなさい。でも、それ以上は踏み込まないでください! 」
「ミクルちゃん、こいつらの隊長してくれてんのは有り難えが、俺とて元上司。口出し無用ってのは出来ねえ相談だ。あんだけ煩くされたら、誰だって怒るよ。 」
不知火もミクルも引かないようだった。
その間で揺れ動く凛と戸塚。彼らは何も言えず、何も出来ない。
「はい、ごめんなさい。 」
「大体なぁ、あんなに声を荒げて何を話してたんだ? 」
「次の任務のことで少し問題が発生して、それを私だけで片付けようとしたら、とっつんが反対してきてそれで……」
大体の話は読めてしまった。読めてしまったが、ミクルは何でも自分で解決してしまおうとする癖がある。その癖が今回も出ているのだろう。
「不知火さん、発言いいですか? 」
「……ああ、いいぞ。 」
戸塚は"ありがとうございます"と言って、話を続けた。
「今回ミクル隊に任された中型アビス討伐に向けて、周囲の小型を予め倒しておこうという話だったんです。 」
「中型アビスの種類は? 」
「黒雷狼です。 」
険しい表情で戸塚が言った。その答えに不知火は難しげな表情で頷く。
「黒雷狼か、奴ら五匹一組で動く面倒な中型アビスだな。遠吠え一つで大型だって時に呼び寄せちまう厄介な連中だ。 」
「仰る通りです。黒雷狼討伐の際は付近に小型アビスを野放しにしておかない方がいいことを踏まえての話でした。 」
「それが何か問題でも? 」
「昨日その任務は無事終えたんです。隊の皆で小型が付近にいないことを確認したのですが、今朝光明様から連絡があり、小型が再度出現したと。しかも、数が倍以上だと。 」
それまで黙っていたミクルが口を開いた。
「危険なのは百も承知だよ。小型数百の任務なんてこれまで一人でこなしてきた。だから、大丈夫だよ。とっつん、行かせて! 」
「駄目だ!俺の魔法師人生におけるカンが今回のケースは嫌な予感がすると言っている。だから、隊長を一人で行かせることは出来ない。 」
ミクルは肩を落とした。
戸塚が言っていることは凄く正しい。
次の日の中型任務に支障が出てほしくないから、自分一人で小型だけを討伐しに行きたいという思いからだった。
ソロ組から組織に入り、組織という慣れない環境の中で少しでも彼らの負担を減らしたい。
「ミクルちゃん、その任務だが俺が行ってくるよ。その小型の増え方は少しばかり俺も気になるんでな。 」
「えっ……? 」「不知火さんが? 」
拍子抜けた皆をその場に残して、不知火は部屋を出ていった。
「……この国の前線は誰が見てんだよ。凄え力だな。流石にこのロゼでもビビるなァ! 」
現れたのはロゼ、五宝石。
舞台は日本、日本の前線に暗雲が迫る。
キングを撃破し、ロゼを撤退に追い詰めた本人は今ーー。
夜十の病室には静寂が漂っていた。病室に置かれた機械音だけが鳴り響く。




