第百九十九話 オリジナル
「はぁ……はぁ……! 」
呼吸が乱れ、話すこともままならない。
防戦一方で虫に身体を傷つけられまくり、彼女は血が垂れた額を腕で拭う。
「ハッ!遺伝子レベルからテメェは負けてんだよッ!この俺様、魔術師様に未完成如きが敵うわけねェなんて最初っから分かってたことだろうがァ!! 」
狂気に満ちた表情で罵声を上げるルドルフ。だが、彼の内心にはまだ燈火に対する不安が拭いきれていなかった。
「んだよ、その目はァ!!恐怖に怯えて残酷に死にやがれッ!! 」
彼女の目には、まだ消えぬ炎が宿っているからだ。ルドルフはそれを見て、燈火に対する油断が出来ていない。
「……そろそろ本気を見せないとね。私も女である前にプロの魔法師。炎姫の名が泣く様な行いはしたくない! 」
燈火の瞳の中の炎が赤く揺れる。呼吸の乱れも落ち着き、話せる様にもなった。
「《燈は小さく揺れ、暗闇を照らす導となる。焔は盾に、火炎は矛、熱は力を!燈の金蓮花》! 」
詠唱を終えたと同時に燈火の身体を炎の渦が包み込む。一領の赤き鎧が全身に纏われ、手には煌々と光る炎冠の一太刀。空気をも焦がす一振りは持ち主の闘志を表している様だった。
「……何だこの魔力量はッ!!む、虫がァッ! 」
燈火の周囲を羽ばたいていた虫達は、急激な温度の上昇に耐えきれなくなり、空中で塵と化す。普通ならあり得ないが、過去に対峙した炎系の魔法師の姿と燈火の姿が重なった。
「あら、さっきまでそこを飛んでいた子達はどうしたのかしら? 」
「調子に乗るなよ!今の虫達は雑魚。こっからは少しだけ本気を見せてやる。 」
今の姿で負ける気のしない燈火は相手の虫を小馬鹿にした様な物言いで挑発する。だが、ルドルフはその挑発には乗らず、淡々と冷静に体内の虫を更に顕現させた。その態度、正に傲慢。最強種族と謳われた魔術師なだけに絶対的自信とあり得ないほど高いプライドが燈火のカンに触る。思わず、歯を食いしばった。
「行け、毒虫ッ!! 」
体内から無数の虫が顕現され、燈火を囲う様に襲いかかる。先程と数も大きさも変わらない。
ただ、見た目は凶暴な様で毒牙と思わしき鋭い牙が口元を覆っていた。
それに燈火の熱を吸い込んでも尚、飛び続けることのできる耐熱は少し厄介だ。
「……同じ攻撃は私に効かないわよ。 」
ボソッと静かに呟き、燈火は周囲を爆裂させる。詠唱破棄、詠唱を発さずに起こした爆裂は確実に虫の息の根を止めるには十分な火力だった。
周囲を飛び回っていた虫は一匹残らず、塵と化し、彼女は焦りを浮かべるルドルフへ詰め寄る。再び虫を出されて距離を取られるのは面倒だからだ。
「クソがッ……!人間風情がッ!俺様の虫を!! 」
「言ったわよね?私に同じ攻撃は効かないって……! 」
炎冠を強く握りしめ、ルドルフへ大きく振り下ろす。一切の手加減などない一太刀は、ルドルフの上半身を斜めに縦へ一直線の斬撃を与えた。
「ぐっぁぁああああああああ!! 」
「遺伝子レベルで負けてるのはアンタ達よ!いい加減にその煩い口を塞ぎなさい! 」
ルドルフの傷口から炎が燃え滾るように噴き上がり、燈火はそれに目もくれず、次の斬撃を加えんと一閃を与える。
「ぐっ……ぐぞゔ……! 」
涙と鼻水混じりの声音はどこか震えていた。燈火の次の一撃は少しだけ彼女の目線の上を行くように振られ、ルドルフの左目を抉り斬る。
夥しい量の血液が流れ、ルドルフは左目を強く押さえつけるが、それでも血は止まらない。
「もう終わりよ、どう足掻いたところでアンタ達の負けは確定してるわ! 」
炎冠の矛先を突き立てられ、ルドルフは久しぶりに敗北を味わった。数百年と生きるのが当たり前で常に最強種族として生きてきた魔術師は誇りが高く、プライドも高い。
そんな男が人間にそれも女性に負けたのだ、腑が煮え繰り返るような思いだろう。顔を真っ赤にして、燈火を強く睨みつけた。
「あ、あれ……が……炎姫! 」
燈火を心配して様子を見ていたジーナは彼女の勇ましい姿に感心し、目をキラキラと光らせていた。
「……そんなに目をキラキラさせて、珍しいじゃないか、ジーナ! 」
その様子を側から見ていたリアンが嬉しそうにジーナへ声をかける。
「な、なっ……別に、そんなこと……」
「私は嬉しいだけだからね!別に否定する必要はないよ。 」
「う……リアン様……ぁ……」
「あははははははははは!!……ッ!? 」
ーーその瞬間だった。
リアンが凄まじい圧力と魔力を強く感じたのは。夜十も今まで感じたことのない重圧を感じ、目を大きく見開いた。
「……リアンさん!今のはッ!! 」
「夜十君も気づいたんだね。凄まじい恐怖と圧力を感じたよ。もしかしたら、かなりやばい状況かもしれない! 」
ギルもここまで焦っているリアンを見るのは初めてだったからか、相当不味いことが起きたことを察した。
「……お、お待ちしておりまッ……ゴボッ……したッ……! 」
血塗れのルドルフが無理矢理にでも身体を起こし、跪いた先に現れた少年。
さっきまでそこに居たはずもない彼はこの場にいる誰にも気付かれずにその場に立っていた。気配も殺気も何もなく、そこに"居た"。
「ズタボロじゃん、ルドルフ。俺が寝てた間に何があったのか知らないけどさ。 」
その少年は跪くルドルフの頭を強く踏みつけ、地面へ踏み潰した。
「いつからそんなに偉くなったんだよ。俺の前じゃ土下座か"床"、忘れちゃったかな? 」
「も、申し訳……ゴボッ……! 」
右目から絶え間なく流れる血液さえも踏み付けにされても、ルドルフは何も言い返さない。
あそこまでプライドが高い彼がどうしてと、燈火は疑問が浮かんだ。
「はぁ、こんなに弱い空間魔法に踊らされてるなんて笑っちゃうね。 」
少年の見た目は完全にキングと一致していたが、何処か子供げでとても冷たい目をしている。クローンとはどこか違う。雰囲気も威圧感もオーラも、それら全てが段違いだった。
夜十の広げていた空間魔法を最も容易く破壊すると、燈火の方へ視線を向けた。
「……貴方はキング、なの? 」
「さっきのコイツに言った言葉が聞こえなかったのかな?俺の前じゃ土下座か、床だって! 」
少年は拳を強く握りしめ、燈火の身体に的を定める。彼が拳を握っただけだと言うのに、空気はバチバチと紫の稲光を立てた。
「キ、キング様ッ……!まだ完全ではッ! 」
「ベティ、"床"。 」
「……かしこ……まりました……! 」
キングと呼ばれたその少年の足元にベティは仰向けの状態で寝転がった。ベティの額には汗が流れ、顔には恐怖が宿っている。
「俺が寝ている間に遅くなったんじゃない?随分と舐められちゃったものだよッ!! 」
キングは何も気にせず、ベティの顔面へ足を振り下ろし、本当の床の様に身体に登った。
「うぐっ……!! 」
「はぁ……床は話さないよね?お前ら暫く会わないと俺に対する礼儀も忘れちゃうの? 」
キングは呆れ顔でため息をつく。
「……ところでお前らは誰? 」
燈火達をギロリと睨みつけた。
その場に居た全員がたった一回の睨みだけで手に汗が滴り落ちる。凄まじいまでの威圧と恐怖感、彼を中心にこの国全てを混沌に満ちた魔力が覆っていき始めるのが分かる。
「コイツらの態度といい、この威圧感といい……このキングはオリジナルのようだね。 」
「リアンさん、まだ回復しきっていないはずですよ。この場は俺が……! 」
「夜十君だって連戦続きでもうボロボロじゃないか!私だって戦えるよ! 」
キングを前に戦う気剥き出しのリアンの肩をギルがポンと叩いた。
「リアン、ここは俺らに任せろ。もしもの時まで俺達の後ろに立っててくれ! 」
ギルは一歩前に出て、強大な力の源であるキングに視線を移した。
魔術師との連戦続きで冴島隊も増援のfamiliar組も疲労困憊の中で持てる全ての力を振り絞り、キングを倒そうとしている。
全員が全員、満身創痍の状態だ。
「……ギル、俺に考えがある。 」
「夜十、良いぜ。お前の考えだ、仕方ねえが素直に乗ってやるよ。 」
ギルの頭の中に直接話した夜十の秘策、全員が全員満身創痍のこの状況を打破する一手とは。




