第二話 決意
ふと視界に射し込む光は、いつも体験している光ではなかった。
近くから聞こえてきたのも、低く太い男の人の声だ。姉、美香の声ではない。
「おお、ガキが目覚めたぞー?オイ、新木場! 」
目が覚め、夢のような体験を思い出した影響なのか、次第に呼吸と鼓動の速度が上がっているのが分かった。
「……姉ちゃん、姉ちゃんはそうだ!!死んだ、俺の目の前で……!いや、、あれは、夢!!夢だ!!」
「……夢じゃねえよ」
夜十のベッドの隣に椅子を置き、腰を下ろしている茶髪の強面男性は齢八歳の俺に現実を突き詰めてきた。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」
それでも、夜十は認めることが出来ない。
あの出来事が現実に起こっていることなんて、俄かには信じられなかった。
「嘘じゃねぇよ。それでもお前が現実から背を向けたい気持ちは分かる。だけどな、それじゃ前には進めねぇんだ。 」
男は真剣な表情で夜十を諭す。
元より分かっていたことだったが、こうも真剣に諭されると、より現実なのだと確信する。
「……どうして、どうして!!」
「いつの時も損をするのは弱ェヤツだ。大切なモンを失うってのは辛いことだけどな、大半は当人の力不足なんだよ。 」
男は着ているスーツの内ポケットから煙草を取り出すと口に咥え、中指と親指を擦り付けて乾いた音を鳴らした直後、親指に点火した火で煙草を蒸した。
「……えっ、オジさん、今どうやって?」
思わず、目を疑った。
親指の先から点火した火で煙草を蒸す事など、まるで人間業ではないからだ。
「……はぁ?魔法も見たことねェってか?まあいい、それよりお前に選んでもらわなきゃいけないことがあんだよ。 」
選んでもらわなければならないこと?
それは何?
俺の質問よりも先に、男は口を開いた。
「……世間で一般的に怪物とされているが、俺らはそれをアビスと呼んでいる。お前も見たろ?黒龍のアビスをよ。彼奴ら殺すのにお前の力が欲しいんだが、協力してくれるのか、断るのか!ほら、選べ!!」
美香が亡くなってすぐの出来事に頭が追いつかない。協力?何をすれば良いのかも分からなかった。その答えは男の言葉で導き出される。
「……お前の姉はお前を護るために力を使ってお前を助けたんだ。だが、お前は?今までもこれからも助けられてばかりなのか?力が無いからってのを理由に、お前はお前のせいで人を殺すのか?」
勿論、そんなつもりはない。
ただ、自分に力が無くて美香が死んだのは紛れも無い事実だ。
だからと言ってここまで辛辣な言葉を、精神が参っている少年にぶつけるか?
普通であればぶつけないだろうが、この人は何処かおかしげな部分があった。
「……てかよ、お前は何がしたい?死にたいのか、復讐したいのか、力をつけたいのか!どうすんだよ!!男ならシャキッと決めやがれ!」
そう、自分は何がしたいのか。
でも、男の言葉で導き出される答えは既に喉の近くを出かかっている。
あと少し踏ん張れば、自分が戦いたいと思う理由があれば、言葉が出る気がする。
男は、夜十の必死の葛藤を表情で読み取ったのか、選択肢の幅を狭める提案をした。
「……んじゃ、この二択で選べ。お前に拒否する権利はない。力をつけて、俺らに協力するのか。自分が無力なままで、俺らに殺されて人生を終えるのか。さあ、どうする?さっさと決めろ」
純粋に迷う理由なんて最初から無かった。
もう、こんな想いには二度となりたくない。目の前で人を失うのがこんなに辛いことなんて分からなかったから、力を欲しなかった。
でも、甘えたことは言ってられない。
強くなって、二度と目の前で人を失うことは絶対にしない。
これだけは譲りたくない信念だ。
ーー夜十は今考えていることを、男へと伝えようと大きく息を吸い込んだ。
「俺に……力をくださいっっ!!目、目の前でっ、誰も死なせないような力を!絶対に目の前の人を守ってみせます!!」
ーーそれから、八年後。
「……新木場さん、今までお世話になりました!!」
すっかり大人になった少年、冴島夜十は、身長が140cmから168cmにまで伸び、姉譲りの黒い髪を短くカットした落ち着いた感じの髪型になっていた。
そして、あの日の自分の弱さを認め、葛藤していた頃とは打って変わって、強くなったことを証明する肉体と顔立ちをしている。
「ああ、あれから8年も経ったか。今のお前、美香のやつびっくりするだろうな!自信持ってしっかり頑張れよ! 」
「ありがとうございます!新木場さんに教わった、新木場流の古武術と身体能力増強術を活かして、あっちに行っても頑張ります!!……行ってきます!!」
今日は彼が特殊生物殲滅部隊、通称ATSを仮脱退して、とある学園へ入学をする日。
彼は今までお世話になった新木場に礼を言うと、隊長室へと向かった。
白く長い廊下を壁伝いに歩いて行くと、
隊長室という表札が白い文字で刻まれている部屋の入り口の扉が見えた。
彼は、扉の前に立って、溜息を一つ零し、真剣な面持ちで扉を手の甲を丸めて2回程叩いた。
「……入っていいぞ」
八年前、俺に現実を突き詰めた男の声が聞こえ、ドアノブに手をかけて、強く押した。
ムワーンと広がる煙草と葉巻の鼻にくる嫌な匂いが部屋に充満している。扉を開けただけで俺の全身に注がれるような煙の匂いも、八年間過ごした影響もあってか、慣れたことだ。
「何だ?用件は?……美人の女の子の新人はまだか?」
男は、葉巻を口に咥え、鋭い眼光で睨みつけながら威圧してきた。
だが、これももう慣れたこと。
「……あんたに八年間お世話になりましたありがとうございました!!ーーって言いにきてやったんだよっ!!なーにが、女の子の新人だあ!!万年人不足のこの組織に来るわけねえだろ!このドスケベ隊長が!!」
「チッ、相変わらず可愛くねえ野郎だな!まあ、いいわ!今日から煩いのが一人減ると思ったらこっちも清々するわ!!早よ行け!」
バチバチとお互いで睨み合い、火花を散らしていると、扉が開き、茶髪のスーツ姿の女性が隊長である新島鎮雄に向けて、ニッコリと笑顔を見せた。
「あっ、いやあの、違うんだよこれは!!」
女性が現れるなり、怯えたように首と両手を横に振って冷や汗をかき始めた新島は、彼女から逃れようと隊長室の真ん中に置かれた大きめのテーブルの端に手をかけて、彼女から逃れる術を探す。
「何が違うんですか?今日の六時から大切な会議がありますよね?隊長、もう少し御自分のお立場を考えないと、私何してしまうか分かりません。さっさと準備してくれますか?」
プルプルと足まで震え始め、彼女の言葉に観念した新島は、壁に取り付けられたボタンを押して、壁の中にあるクローゼットから黒の上着を取り出した。
「ああ、それから夜十。仮脱退だ、辛いことがあればいつでも頼っていい。だけどな、男ならビシッと卒業まで行ってこい!あの学園は簡単じゃねえからな!じゃ、達者でな! 」
上着を颯爽と両腕に通し、扉を開けて去っていった。
女性の方もこちらに一礼して、彼の後を追う。
「予定を十五分も押してまで彼のことを待つなんて、隊長さんも人間の感情が芽生えてきてるんでしょうか? 」
彼女はふふっと、嫌味な言い方で笑う。
「当たり前だ、一番弟子の旅立ちだからな。会議を欠席してでも待ったな。てか、オイ!俺は元々人間の感情あるわ!! 」
新島は八年前を思い出して、鼻を鳴らした。
夜十が横に立ち、任務をする日を夢見て。
ここで培ってきた信頼も力も全て、これからに活かすために使う!
そしてーーもう、二度と目の前で人を失うことはさせない!!
夜十は、美香の一件から大きく成長し、強さも意思も強くなった。
ーー朝七時頃。
春が到来したての朝は寒々しく、時より流れる少しの風でさえも頬を赤らめさせる。
制服のポケットに冷たくなった手を忍ばせた。
冴島夜十は、国際魔法協会、通称KMCが建てた世界で有数の学園、KMC魔法科学園の制服である、黒いブレザーに黒ズボンの制服で学園の門前に来ていた。
「……絶対強くなって、魔法師免許取得してやる!」
ーーというのも、
八年の間、隊長や新木場に武術や魔法などの心得も教育されたのだが、一般的に魔法を公共の場で使用するにあたり、ケムシの中で魔法師としての免許を取得した者でなければ許可がされない。
ので、彼がどんな努力しようと、魔法を使ってアビスを倒すことは出来ないのだ。
魔法師の免許を取るためには、ケムシが統括した学園での免許取得試験に合格することで認められる。
「……てか、早く来すぎて誰もいねーよ!流石、規模の大きい学園だな。門の前に魔力の防壁が貼ってある……学園に通うことを許された人であれば大丈夫なのか……?」
開いた門に踏みよると、察知出来る人には察知できる、凄まじい魔力の篭った防壁があることが分かる。防壁を張った時の条件を満たしていない人物が通れば、身体がどうなるかまるで想像がつかないくらいだ。
恐る恐る右手の人差し指から中へと入れていくーーが、何も起こらなかった。
流石に今日から学園に通うことを許された人物を登録していないわけがないか。
夜十は、一歩を踏み出して学園内に足を踏み入れた。門前からは防壁によって普通の校舎が映し出されていたが、それは幻想でしかなかったようだ。無限に続くのではないかと思うほどに長い長い道が一直線に広がっている。道の端は、小さな花畑で装飾されており、一つも枯れているものはない。自然に忠実で、綺麗に育てられているのが分かった。
「敷地がとんでもないくらい広いってのは聞いてたなー。確か、新島さんと新木場さん、それに姉ちゃんもここの卒業生だったはず……!!姉ちゃんが育った場所かあ、なんかテンション上がる!!久しぶりに身体慣らしとくか!!」
低めに踏ん張って、何回かジャンプすると、重心を低めに腰を落として、未だカケラすら見当たらない校舎を目指し、全速力で一直線の道を走り始めた。
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