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追憶のアビス  作者: ezelu
第三章 魔術師戦争編《潜入編》
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第百九十八話 炎姫と双翼



 「……やめてください!ガレオン王! 」

必死に説得を試みるが、彼の身体は毅然と速度を上げて夜十を仕留めんと剣を振るう。

アキレス腱を切ったというのに、ありえない速度だ。

聞く耳を持たないガレオン王にそれでも攻撃はしたくない夜十は、上体を反らして剣戟の回避を行った。

「よくも私の同胞を傷つけるような真似をしてくれたな、若造め! 」

力任せの大振りが空気を切り裂き、地面を叩き割る。当たれば即死の威力だが、大振りなだけあって隙も大きい。

「貴方の同胞はこの国の民です!今戦うべきは俺じゃない! 」

「何を意味のわからないことを! 」

言葉をぶつけるだけじゃ届かない。それ程までに魔術師はガレオンの心を壊したのだろう。

夜十はガレオンのそんな受け答えの一つ一つで魔術師への怒りを増幅させていた、その時。





 「……オイオイ、ガレオンやられ過ぎだぜ。ボルハザードまで!何やってんだか! 」

どこからともなく聞こえる声。ここは夜十が作り出した引きこもり(アイソレーション)の空間、他の人間が隠れる場所なんてないはず。

夜十は周囲を見回して、声の主人を探した。

「へっ、大層強い人間でも俺の姿、気配までは感知出来ねえのか。雑魚だなァ!そんなに時間もねえんでな。 」

すると、ガレオンの背中に止まっていた小さな蠅がぷーんと小さな音を立てて飛び立ち、一人の人間の姿になって現れた。

銀髪の髪に冷酷な銀色の瞳、腰には長剣が鞘に収められ、見るからに手練れのオーラを纏っている。

「ルドルフ様、ご無事でしたか! 」

「まァな。俺の心配より自分の心配しろやァ、ガレオン。待ち焦がれてきた時間まで後少しだってのに、こんなとこでくたばるんじゃねえぞ! 」

「……はい、ルドルフ様。この男、一筋縄ではいきませんぞ。どうか、お気をつけて! 」

ガレオンは大剣を構え直し、ルドルフが腰に刺さった剣の柄に手をかける。

「全く、過保護な奴隷を持つと主人は困るなァ!オイ、未完成(アンフ)如きが調子に乗んなよ?雑魚がァ! 」

ルドルフの物言いに怒りが募る。過保護な奴隷?ガレオンは今のがレオンになりたくてなったわけじゃない。ルドルフが心を壊し、自分に都合の良い人格を作り上げただけだ。

「……お前、ずっと王様の後ろに張り付いて傍観してたのか? 」

「あ?何が聞きてェ? 」

ルドルフは気怠そうに問いかける。夜十が聞きたがってることがイマイチピンと来ていない様子だった。

「この空間に入れるのは俺が"入れた"やつだけだ!なのにお前は急に現れた!理由を教えろ! 」

「あァ、んなことかァ!俺にとっちゃその程度のこと、至極当然に出来る。敵に種明かしをするのは好かねェなァ! 」

斜め下を見るように見下した目線、表情、明らかに挑発している。

まるで暴いて見ろとでも言いたげだ。

夜十は怒りを覚え、眉間にシワを寄せるーーその時だった。



 「……はぁああああ!! 」

「うぐッ……!! 」

強烈な蹴りが後頭部に突き刺さる。それは、全く予期せぬ一撃。

地面に顔から叩きつけられ、驚きを隠せない。

「……出しゃばり、すぎ……! 」

両足を掴まれた感覚がして、何かと思ったのも束の間、遠心力を利用したジャイアントスイングで後方まで飛ばされた。

うっかり引きこもり(アイソレーション)の空間を解いてしまいそうになるが、必死に堪える。


後頭部と背中を抑え、痛みを鎮静化させる。投げられた位置を見ると、燈火とジーナが立っていた。二人とも夜十の方を見ては、眉間にシワを寄せている。

「夜十……!戦いすぎ!休息を少し取ったからって全回復じゃない!休んでて! 」

「……静雄の部下、バカ……ばっかり……なん、でも、突っ走れば……いいわけ、じゃない。 」

二人とも夜十の身体を心の底から心配しているような様子ではなかった。心無しか燈火は焦っているようにも見えたし、ジーナは戦っている夜十の勇姿を見て自分も戦いたくなったような戦闘狂の一面が垣間見えた。


「お、お母様にまた情けないって言われるのは御免よ!私に朝日奈家の今後がかかってるんだわ……ブツブツ……」

炎姫(フィーリアレーギス)、私に……ついて、これそう……? 」

ジーナは青い炎と赤い炎を具現化させ、双翼を羽ばたかせながら言った。

「えっ……あっ、当たり前よ! 」

燈火は咄嗟に異名で呼ばれたことに頬を赤らめた。素直に嬉しかった。自分がプロの魔法師になったことを改めて痛感する。それに、世界でも有名な魔法師の双翼と肩を並べるチャンスなんて早々無い。首筋に汗が垂れた。



 「ふん、……口先だけ、じゃない……ならいいけど、……」

ジーナは緊張走った表情の燈火を横目に不敵な笑みをこぼした。数ヶ月前にプロの魔法師になったばかりにしては、隙のない構え、油断のない面構え、彼女の父親と過去に対峙したジーナは彼女に父親の面影を感じた。あの時の凄まじい熱によく似ている。

「……私の前で大切な人が苦しむのはもう見たくない!私は朝日奈燈火、ガレオンさん!貴方を正しい道に戻す燈となる為に戦うわ! 」

炎の剣を顕現させ、目の前で荒れ狂ったガレオンに目を細めて、燈火は構えた。


「正しい道?何を訳のわからないことを……!叩き潰してやる! 」

「その調子だァ、ガレオン!俺とお前ならこんな女共に負ける訳ねェ!ましてや、ガキだぜ?テメェら綺麗に掻っ捌いてやるからなァ! 」

ルドルフは腰に刺さった細長い指揮棒のような剣を手に取ると、重心を低くして地面を蹴った。

「なッ……早い!! 」

「オラオラァ! 」

凄まじい速度で燈火へ襲いかかるルドルフの剣戟は、まさに人智を超えていた。

目で追える速度じゃなく、反応すらも厳しい。燈火の頬を刃が掠め、ツーっと血が垂れた。


「……こんなもんかよ。大したことねェな!さっさと終わらせてェし、早期決着と行こうかァ! 」

自分の速度に反応すら出来ていない燈火を見て呆れた表情のルドルフは、攻撃の一手を更に強める。

「行け、虫どもッ!殺ッちまえッ!! 」

ルドルフの声と同時に彼の体内から大量の虫が湧き溢れ、一斉に飛び立つ。小さい種類から大きい種類まで多種多様の羽虫が燈火を囲うように飛び続け、隙をつき襲いかかる。

「……くッ!!この量、目障りね。 」

羽虫の身体が刃も同然なのか、燈火が持ち前の反射神経で飛んでくる虫に反応するも、腕や足に小さな切り傷が無数に出来上がる。

一個一個が大した傷では無いが、このままやられ続ければ時間の問題であることは間違いない。

「防戦一方って感じだなァ!そりゃそうだ!お前如き人間に俺の虫は殺せねェよ! 」

ルドルフは狂気に満ちた表情で楽しげに笑った。



 「炎姫……大丈、夫……か、な……? 」

「貴様、このガレオンを相手によそ見をするとは……舐めてかかるなァッ!! 」

ブォンッと空気を切り裂く一撃がジーナの頭上を通る。

「味方の心配よりも自分の心配をしたらどうだ?貴様如きでは鬼神と呼ばれた私に勝つことなど出来ぬ! 」

明らかに夜十と戦っている時とは別人のような魔力量、そして気迫だった。

「その傲慢……さ、嫌い……じゃ、ない、よ……」

ジーナは強く地面を蹴り、ガレオンとの距離を一旦取る。彼の間合いで戦うのは得策ではないと考えたからだ。


「私の間合いから離れるか。少しはやるようだが、所詮は人間!子供、女ァ!負ける道理がない!! 」

力一杯に体をのけぞらせ、大剣を握る手に力を込める。ジーナが間合いに詰め寄る瞬間を狙っているかのようだ。

「……早期、決着。 」

それはジーナ自身も分かっていた。

この勝負に勝つためには相手の間合いに嫌でも入るしかない。それでも彼女は同時に自分がガレオンよりも劣っているとは考えなかった。

ジーナの両腕に紫炎が宿る。


「……「《緋色の炎、碧色の炎、紫炎となりて、標的を燃やし尽くせ!双翼の紫炎(ヴァイオレット・フィアンマ)》! 」

素早く詠唱を完成させ、両の掌をガレオンへ突き出した。

「紫の炎だと……!? 」

ガレオンが驚愕しているも束の間、両腕から放たれた紫炎が光線状になり、ガレオンの腹部に突き刺さった。

「……生温い攻撃よ。この程度で……なッ!? 」

ジーナの方向へ向きながらガレオンを口を開く。だが、彼女はガレオンの視界に居なかった。だが、声は近くから聞こえる。

「感知能力……ない……? 」

ジーナの手には赤と青の刀身の剣が二本握られ、速度を上げてガレオンの両腕の健を切り裂いた。だらんと腕に力が入らなくなり、ガレオンは大剣から手が離れてしまった。

すかさず、ジーナの二本の刀身が首に突きつけられる。

「ぐっ!!情けをかけたつもりか! 」

首に突きつけられた刃に殺意が無いことを感じ取ったガレオンは悔しそうに叫んだ。

「……私は……命じられた、とき……だけ、しか、……殺しはしない……」

二本の剣を手から離すと、空気にふわりと溶け込むように消滅した。

「さて……炎姫は……、? 」

ジーナはガレオンとの一戦に終幕を下ろし、燈火の方へ視線を送った。


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