第百九十五話 浅はかな王
右足を強く踏み込み、一瞬で加速。凄まじいまでの速度に空気が一気に前へ押し出される。ガレオンとの距離は残り数十メートル。
「……ッ!小癪なッ!! 」
相手方の速度に焦りを感じたのか、ガレオンは背中に挿さった巨大な大剣を取り出し、夜十へ刃を振り下ろした。
ドォン!と、地面を叩き割り、一瞬にして砂埃が混じった竜巻に近い強風が吹き荒れる。
凄まじい威力だ、もし当たっていたら即死していたかもしれない。だが、当たらなければどうってことはない。
大剣を振り下ろしたことで巻き起こった強風で視界は悪いが、ガレオンは夜十に巨大な隙を与えてしまっていた。
「……気配が感じられんだとッ!? 」
強風のせいで夜十の位置が完全に分からなくなった。ガレオンは周囲を必死に見回す。
「全く面倒だな、降らすかァ? 」
「寄せ、ボルハザード!神経を逆撫してくるクソ餓鬼如き、私が屠ってみせよう。 」
ガレオンは額に血管を浮かべ、ボルハザードの提案に首を振った。
「……神経を逆撫でしてくんのはどっちだッ! 」
ガレオンは声のした背後に大気を乱す一閃を振るう。だが、それは空を切った。
背後には誰もいない。魔力も気配すらも感知できない。戦いづらい違和感に虫唾が走り、イライラが増してきた。
「パワーは凄まじいけど、感知力も無ければ速度もない。そんな実力で一国を守ってきたとは思えないよ。奥の手、あるんでしょ? 」
突如目の前に現れた夜十に歯を食いしばり、鋭い眼光を浴びせる。彼の黄色く輝いた瞳は何もかもを見透かしているようで気分が悪い。
「……貴様、ただの餓鬼じゃないな。ボルハザード、退くぞ! 」
「……チッ!わーったよ! 」
ガレオンの命令に不服そうなボルハザードは、去っていく渦中に大量の空爆を降らせる。足止めだろう。だが、この程度で終わるわけがない。夜十は刃を走らせていた。
「……退かせるわけねェだろうがァ! 」
ボルハザードの空爆を全て避け、颯爽と逃亡を図るガレオンの腹部に斬撃を命中させる。
「がぁ……ッ!こんのクソ餓鬼ィィィ! 」
腹部から流れ落ちる血液を手で抑えながら、彼は国の門を乗り越えてしまった。
「夜十君!待って! 」
「……ッ! 」
それを追おうとする夜十をすかさずリアンが止める。何か嫌な予感がしたようだ。
そしてその予感は簡単に的中した。
夜十の身体よりも先に携えていた剣先が門の内側へ入り込むと、小さな爆発と同時に稲妻が光り、剣を弾き返す。
「……これぞ、我が国の宝。結界魔法よ! 」
間一髪を逃れたガレオンが誇らしげに語った。
「さあ、王よ。ここは強固な結界の中、アイツらは入ってこれなーー」
ボルハザードとガレオンが黒い笑みを浮かべ、内心安堵していたその時だった。
突如としてガラスが粉々に砕け散ったような音を出し、結界が散り散りになったのだ。
「……誰が逃がすかよ! 」
結界が割れた瞬間、地面を蹴って加速。縮地方を応用した移動術は現在も健在で逃げようとしていたガレオンを捕まえると同時にボルハザードとガレオンのアキレス腱に刃を滑らせた。
「なッ……! 」
突如として迫り来る痛みと痺れで足が動かなくなってしまった。歩くための筋肉の線が切られてしまったのだ、動くはずもない。
「貴様ら二人には聞きたいことが山ほどあるんだ。後は、中で話を聞かせてもらうか。 」
真剣な眼差しで夜十はボルハザードとガレオンの二人を拘束すると、引きこもりの空間を作り出して、二人を放り込んだ。誰にも邪魔されない絶対領域の空間で、独り感情の荒立った夜十は二人に憤怒の質問を問いかけ始めた。
「貴様……ッ!ここは何処だッ!! 」
ガレオンが吠える。夜十は彼らの態度を全て無視し、拳を握った。
「敵の空間に放り込まれちまったみたいだ……王よ、どうするか! 」
「空間か……後少し時間が稼げれば、奴が目覚めるというのにな。なんとか時間稼ぎを。 」
ボソボソと呟いた声は、夜十には聞こえていなかった。ALMA達の話を聞き、尊敬されていた国王が自らで民を虐げていた事実に怒りの感情が隠しきれない。
顔を真っ赤にして掌の肉が自分の爪で貫通するくらい強く拳を握りしめる。
「夜十……! 」
「燈火、大丈夫だよ。言いたいことは分かる。でも、コイツらは絶対に許せない!! 」
明らかに怒り狂った夜十の様子に、燈火は心配そうな表情で声をかける。
夜十のこの感じ、前に学園がKMC魔法学園だった頃の星咲を消滅させた感じによく似ている。あの時も"目の前で人を失った"ことで、怒り狂い最強の一撃を放ったのだ。
「オイ、テメェ……!そんな血眼でどうすんだ?いいから一回落ち着け! 」
「ギル!……好きにやらせてあげよう。あくまでも組織外の私達が心配して介入することではないよ。それに此処は彼の空間だ。 」
ギルは不満げに口を閉じた。
「ボルハザードとか言ったな?お前、知ってることを包み隠さずに全て話せ。 」
「……んなこと、俺がするわけーー!? 」
ボルハザードは夜十の要求を笑い飛ばして、黙秘を続けようと下を俯く。
しかしその瞬間、信じられない程の痛みが彼の右腕を劈き、貫いた。何が起こったかさえもわからない。まさに一瞬だった。
「話さないなら、一本ずつ無くなるぞ。 」
非情に満ちた声音。夜十の手には血の付いた黒剣が握られている。ボルハザードも視線を上に上げ、自分の右腕が関節の部分から断ち切られていることに気がつくと、痛烈な悲鳴を上げた。
「うぁぁああああああああああ!!! 」
あまりに綺麗な切断面の通り、ボルハザードは気がつくまで痛みを感じていなかった。
「あまりこういうやり方は好きじゃないんだけど、今回は仕方ないね。……知ってることは? 」
「……ッ!うぁぁああああああああああ!! 」
お次にと言わんばかりに左腕が今度は上部から切断される。夥しい量の血液が流れ、血の付いた黒剣を振るい、剣先でボルハザードの顎を突いた。
「これでお得意な魔法は使えない。さあ、どうする? 」
「……ぐっ、ぁぁぁああ!テ、メェ!! 」
ギリギリと歯の軋む音。ボルハザードの表情は憎しみが宿っていた。
「お前らに話すことなんざ、何もねェ! 」
「そうか、なら"視て"くるよ。 」
「……!?何を……?! 」
目を丸くさせるボルハザードを他所に、夜十は先程から視線を下に向けているガレオン王の方へ歩み寄る。
「……拷問なら効かんぞ。そこら辺の雑魚と一緒にするでない!我は王なり! 」
虚勢を張るガレオン王の身体が何かによって固定された。
「……なッ!身動きが取れんだと? 」
ガレオン王が驚愕しているのも束の間。夜十は彼の瞳を瞬きもせずに直視した。
この国で何が起こり、王が民を裏切るような真似をしようと何故思ったのか、全ての真実を明らかにするために。




