第百九十四話 帰郷した先で
北へ北へと歩けば歩くほど、風が強くなり、頬を連続でビンタされているような痛みがひた走る。
時刻は夜を迎え、辺りは薄暗く、歩き辛い。
「……アレがヤツの治める私達の故郷、旧ガレオン王国です! 」
Almaの一人が前方に見える巨大な城壁を指差して言った。
旧ガレオン王国、王国名と同じくガレオン王という立派な国王が魔術師やアビスなどの脅威から国民を守ってきた由緒正しき軍事国家だった。
「国王はとても素晴らしく、強いお方でした。いつもは王城で兵士達に司令を言い渡すお方ですが一度だけ、目にしたことがあひまして……」
「大型のアビスをたった一人で四体以上も倒しちまったんです。考えられますか、たった一人でですよ! 」
Alma達は口々に国王の素晴らしさを語り始めた。それほどまでに信頼され、支持されていたのだろう。
「……ですが、国王の御子息であられるガリウス王子の誕生日の祝祭の日にヤツが現れたのです。 」
「白い仮面を着けた奴らが押し寄せ……何人殺されたか……! 」
Alma達は咽び泣き始めた。今でも、その瞬間の記憶はずっと流れ続けるのだろう。
「うぅ、ぐすっ、申し訳……ない! 」
「いえ、大丈夫ですよ。それだけ奴らのしたことは酷いことなんですから! 」
夜十は涙をグッと堪え、肩を震わせるAlma達の肩を優しく叩いた。
「……貴様ら!王はどうした? 」
夜十達の近くに男が現れた。あまりに突然のことで気配や物音一つ、この場にいた自分達が感じ取れなかったことに違和感を覚える。
男はオールバックの髪を金色に染め、黒くゴツい戦闘服を身に纏っている。ガタイからして相当やり手だろう。
「ボルハザード……! 」
Almaの一人が険しい表情で男の名を呼ぶ。
男はAlma達の様子と夜十達の同行で何かを察したか、腕を組み、歯を食いしばった。
「この男は何者だ? 」
眉間にシワを寄せ、ギルは疑問げにAlma達へ問いかける。状況からして魔術師サイドの人物であることは間違いない。
「ボルハザード・ヴァルハ。キングに仕える円卓の魔術騎士の一人で、《爆撃》のボルハザードって名前で有名な魔術師です! 」
「魔術師なのに騎士を名乗るかよ。非人道的な行いをする分際で……! 」
ボルハザードは夜十の侮辱的発言が不快に思ったのか、顔に血管を浮かべ、強く睨みつけた。
「散々言ってくれるな。《未完成》如きが!その様子だと王は死んだか!なら、丁度良かったぜ。新しいのを用意してたんだ! 」
「……?新しいのを? 」
ボルハザードの言い分に疑問が頭を過ぎる。王はおそらく王のことだろう。新しい?キングの代わりに代役の王様を立てたということだろうか。
だが、夜十はボルハザードのにやけ顔から、凄まじい違和感を感じていた。
ーー夜十の予感は虚しくも最悪の形で当たってしまった。
ボルハザードの目の前の空間が切り裂け、歪みが発生する。ミクルの空間魔法で移動する時との既視感が頭をよぎった。
空間の中から現れたのはーー、
「貴様ら、久しいな。数時間前の俺様を散々痛ぶってくれただろう? 」
「……っ!?な、なんで……ッ!! 」
金色の鎧を身に纏った金髪の魔術師、キングの姿だった。確かに殺したはずだ、息の根が止まった瞬間は今でも鮮明に覚えている。なのに、五体満足で目の前に立ち塞がるキングに驚きを隠せない。
「俺様がここに居る理由?そんなものはどうでもいいだろ。お前ら全員ここで死ぬんだこらな!やれ、ボルハザード! 」
「……承知。 」
ボルハザードはニヤリと黒い笑みを浮かべ、掌を大きく広げて空気を掻く素振りを見せた。
直後、空からは大量の黒い塊が降り注ぎ、それが爆弾だと分かるのに数秒も要らなかった。
だがしかし、その爆弾は夜十達の方へは降らず、ボルハザードとキングの頭上へ落下する。操作ミスかと思いきや、そうではなかった。
爆撃が複数回続き、煙幕で何も見えなくなってしまっていたが、煙幕が明けると瀕死のキングがうつ伏せで血を流している様子が目に入った。ボルハザードはキングを見下げるようにニヤリと微笑み、キングの頭を掴む。
「……ボ、ボルハザード……き、貴様!ど、どういうつもりだ……ッ! 」
キングの怒りの言動を全て無視して、ボルハザードはキングの頭を爆散させた。直後、先ほどまで煩かった頭が一瞬で何も言わなくなった。当然だ、頭が爆散したのだから即死だろう。
「……お前、何してんだ!仲間じゃねえのか! 」
夜十の怒号を嘲笑い、ボルハザードは黒い笑みを浮かべる。
「俺は自分より弱い奴に指図されるのは嫌いでな!オリジナル以外の命令は聞かねェ!命令してきやがったから殺しただけだが? 」
当たり前だろう?とでも良いだけな表情に夜十は呆れて笑う気も起きなかった。
魔術師のボスと部下は硬い絆とまでは行かずとも、同種族の者を殺すとまではしないと思っていたがそうではないらしい。
「それで、お前達はキングを裏切ってまで国を取り戻したいってのか?かつての王はいないのに? 」
ボルハザードはボロボロのAlma達を見て嘲笑った。
「王は居なくとも、国は築き直せる。お前らの腐り切った横暴には耐え兼ねん!家族を返せ! 」
「腐り切った横暴ねェ?前からそうだったんじゃねえの?俺らが来る、ずっと前からよ! 」
「何を言う!我らの王は民を尊重し、どんな過酷なことが起きようとも守って下さった最高のお方だ! 」
Alma達は口々にボルハザードの言葉を否定する。その否定している様子に夜十は何か不思議な違和感を覚えた。
「こりゃあ傑作だなァ!そろそろ、目覚めさせても良いんじゃねえのか?なァ?ガレオン国王? 」
国の門から出てきたのは、凄まじいまでのオーラを持った英傑人。
鍛錬された筋肉が丸太のように太く、鋭い瞳の奥底には冷徹が宿っていた。
Alma達は目を丸くさせ、口をポカーンと開けた。その様子に死んだと思われていたがレオン王で間違いないのだろう。
「ガレオン様……ッ!? 」
「な、何故! 」
「生きておられてッ!? 」
感動のあまり、Alma達は涙を流す。Almaの一人がガレオン国王に歩み寄り、足下に跪いた。
「民よ、表を上げるが良い。 」
「あぁ、王よ……ッ!? 」
感涙状態の男の首が無音で切断された。ガレオン王の手には鮮血が滴った刀身の太い剣が握られている。男は王の答えを聞くことなく、絶命してしまった。
「フッ、ハハハハハハハハハ!!ゴミの分際でワシの前に跪くでない!無礼ぞ!! 」
高らかに乾いた笑いが周囲に響き渡った。それを見て、感涙していた他のAlma達は涙が一瞬にして乾いた。押し寄せる様々な感情が一同に介したことによって、困った表情を浮かべている。
「オイ……テメェ!民の命をそう易々と取れる奴が王様?笑わせんじゃねえ! 」
プッツリと堪忍袋の緒が切れ、夜十は顔を真っ赤にして額中に血管を浮かべる。
彼の瞳が黒から黄色へ変化した時、王様は意図せぬ恐怖を感じることになるのだった。




