第百九十三話 ギルとジーナ
「本当に我々の頼みを聞いてくれるのか!? 」
Alma達は涙を流し、ホッとしたように安堵していた。肩を叩き合って喜びを分かち合う者や、抱き合って涙を流し続けている者までいる。それほどまでに追い詰められているのだろう。
「……当たり前だよ!これ以上、魔術師に虐げられてる人を見たくない。絶対に貴方方の大切な国は取り戻してみせる! 」
「あ、あ、……ありがとうございます! 」
夜十はAlma達に言い聞かせた瞬間から、強く硬い決意を持ち、口を取り返すことを決定したのだった。
「……早速案内して欲しいと言いたいところなんだけどね。流石に私達、連戦が続き過ぎだとは思わないかい? 」
リアンは既にボロボロの満身創痍状態であることを告げ、話を続ける。
「今回は想定して出会った敵ではないだろう?でも、次は戦うことを前提としているんだ。援軍を要請するのが一番だと思う。 」
「援軍の要請、それならお母様に連絡するのが得策ね。早速してみるわ! 」
リアンの提案に真っ直ぐ同意した燈火は、ズボンのポケットに入っていたスマホをスライドして耳に当てた。
「……もしもし、お母様? 」
「あら、燈火さん。そろそろ電話が来る頃だと思ったわ。それで、援軍よね? 」
光明の淡々とした様子に、もはや誰も驚かなかった。光明ならば、数十、数百km離れていようとも見ることが出来るからだ。
「丁度ですけれど、近くにジーナ隊がいらっしゃったのでお声掛けしましたよ。なにやら少し不満そうでしたが……。 」
「ジーナ隊ですね、分かりました!この辺で待っていれば大丈夫でしょうか? 」
「ええ、今の場所を指定しましたので問題ないかと思いますよ。それと質問を質問を返すようですが、燈火さん!少し、遠慮しすぎでは? 」
一瞬で燈火の表情が真っ青になり、さっきまでの元気な振る舞いとは打って変わって、少しだけションボリとし始めた。
「……お母様、私……ごめんなさい。 」
「火炎さんが次期当主に選定されたからと言って、燈火さんの意識が低くなるようでは、新しい考えも必要になりますね。 」
「それは……? 」
光明は少し怒ったように淡々と話を続ける。
「火炎さんが当主になる話は白紙になる、ということです! 」
「……っ!!そ、それだけはッ!!辞めてください!お母様!! 」
燈火は思わず、声を荒げた。やっとの思いで火炎が掴み取った次期当主への道を自分の任務に対する無責任な行動で無に返してしまう。そんなことは絶対にあってはならない。
「それぐらいの意識を持ってくださいね。という話をしているんです。朝日奈家の名前を背負う者として恥ずかしくない戦い方をしてください! 」
「……分かりました!私、もっと全力で頑張ります!! 」
「ふふふ、最初からそれでいいのですよ。何を悩んでいるわけでも無いのですから。燈火さん、頑張りなさい! 」
そう言って光明からの電話は切れた。燈火は青ざめていた表情を真っ赤にし、拳を握りしめてブンブンと振り回す。
「……お母、間違えました。光明さんからは、ジーナ隊の援軍要請完了。もう少しで到着すると、言伝を承りました! 」
「おや、ジーナが来るんだね。それはありがたいよ。でも、ギル!今日は仲良くするんだよ? 」
リアンはジーナの名前を聞いて安堵したように胸を撫で下ろし、いつも喧嘩ばかりしているギルに念のための釘を刺す。
「わーってるけど、あのチビが俺に噛み付いてきたら殴っていいだろ!! 」
「……………………………」
「大体なァ!大した実力もねェのに、調子に乗りすぎなんだよ!あの馬鹿チビ! 」
「……ギル、後ろ! 」
ジーナの愚痴大会を繰り広げ始めたギルの背後から不意に、渦巻く紫炎が円を描きながらギルへ迫る。猛烈な熱風が空気を焦がし、甲高い音が周囲へ響き渡った。
「……大した、実力……ない?なら……勝負、して……決着つけるから。 」
怒号の声音を浴びせるジーナを前に、ギルは辛うじて瞬時に赤目を開眼し、自分への被害を最小限に抑えていた。
「へっ!最大火力で放たれたらキツかったかもしれねェが、んなことねェなら仕留め損なったなァ!クソチビ! 」
「……チッ!もう……手加減、しない! 」
ジーナが焔と蒼炎を具現し、ギルが赤目を解除せず、戦う気満々でジーナを睨みつけた瞬間だった。低く冷たい声音が耳に届いたのは。
「……二人共、何をしているのかな? 」
眼前の相手を殺しにかかっていた二人だったが、その声音が聞こえた途端、使っている魔法を全て解除して、震えながら地面に腰を下ろした。
「……も、申し訳ございません! 」
「リアン……様、ごめん……なさい! 」
リアンは鋭い眼光で二人を睨みつけると、数十秒後には穏やかで優しい笑顔を浮かべる。あまりに早い表情の移り変わりに、夜十達は戸惑いを隠せないが、ギルとジーナは何も言わずに立ち上がった。
「夜十君達、見苦しい所を見せてしまったね。本当にすまない!部下の乱れはトップの教育不足。二人には一ヶ月、私の稽古相手になってもらうことにするよ。 」
「……え!? 」
「……っ!?!? 」
平然とした笑顔で二人の処遇を決めたリアンへ、先程まで真顔で反省の色を見せようとしていた二人の表情が青ざめる。
「……ん?何か文句でもあるのかな? 」
「え、いや、何も……何もないですよ!! 」
「私は……それ嫌です。リアン……様の……稽古相手……無理、です。 」
ジーナは真っ直ぐな瞳でリアンへ語りかける。頼むからそれだけはやめてくれと。
「リアンさんの稽古相手ってそんなに辛いんですか? 」
唐突に疑問に思った夜十がリアンへ問いかける。
「私とギルとジーナは一ヶ月間音信不通になってしまうくらいかな。 」
「えっ……それって、もしかして一ヶ月間戦いっぱなしってことですか!? 」
「まあ、そんな感じだね。私の魔法は少しばかり、万能でね!普通なら出来ないことも出来るような代物なのさ! 」
鼻を高くして自慢げに語るリアンに、ジーナとギルは懇願する思いで頭を下げた。
「そんなに私との稽古が嫌だとは……少しショックだな〜。……なんてね、そんな意地悪は言わないよ。そうだな、二人は約束できる? 」
「約束……ですか? 」
「約束……」
二人は顔を見合わせて、次に来る言葉に備えた。約束?もしかして?リアンの言いたいことが先に頭に過った。
「二人はこれから永遠に喧嘩しないと誓えるかい?どんなに些細なことでも周りに迷惑をかけるような真似をしないって! 」
「……コイツと仲良くなれってことですか? 」
ギルは凄く不満げに答える。
「コイツ……呼ばわり?でも……リアン、様……私もギルと同じ意見……」
リアンは二人の様子にため息をついた。
「……そもそも、二人はお互いの何が嫌いなの? 」
「俺は別にこれといった理由はないです。ただ、コイツが昔から突っかかって来やがるから!! 」
ギルはジーナを指差して言った。
「……それ、言わなきゃ……ダメ? 」
「理由も言えないくらいギルのことが嫌い?それは、過去に関わることかな? 」
リアンはジーナの様子に違和感を覚えていた。同じ組織で何年と活動してきたギルのことをそこまで嫌いになる理由。
その理由がとてつもない闇を抱えていそうなことに。
「……うん。リアン、様にも聞いて……ほしくな……い……」
「そっか。なら、深追いはしないよ。それが私達、familyのルールだ! 」
ジーナの答えに気持ちを切り替えて、リアンはパンっと手を叩いた。
「……この話はここまで!夜十君達、ごめん。このお詫びはまた時間を開けてから行わせてもらうよ。 」
リアンの言葉に夜十達はゆっくりと頷き、全員はキングの治めていた国を目指して歩みを進めたのだった。




