第百九十話 王の脅威
疲労困憊した身体に拳を叩きつけて、無理矢理にでも動かそうとする。燈火の治癒魔法で多少のダメージは軽減されているだろうが、圧倒的に強い魔術師を何人も何人も相手にするのは気力的にも疲労的にも限界がきていた。
「……はぁ、はぁ、はぁ。まだ……まだッ! 」
「こう、竜巻を何度も何度も防がれると、流石に頭に来るものだな。だが末裔、お前は所詮紛い物に過ぎない。これは時間の問題だ! 」
「……そんなん、分かってんだよ。はぁ……ふぅ〜。アイツの言葉に苛ついていては駄目だ。これ以上は……ッ!! 」
膝をつき、既に満身創痍状態の夜十は、同じく疲弊したキングの攻撃を的確に避けながら徐々に間合いを詰める。
先程から近づいては巨大竜巻が行手を阻んでいた。
「ちょこまかと鬱陶しい奴だな。末裔、何度も言うが大人しく降参するがいい。俺様の力はこの程度じゃないのだからな。 」
金色の五宝籠手の赤い宝石が緑の宝石と同じように光を帯び始め、キングは嫌らしい笑顔を見せる。
「燃やし尽くす熱風!鬱陶しい小鼠など焼き尽くされるのがお似合いだ! 」
凄まじい轟音を生み出し、空気をも切り裂く竜巻の中心に炎柱が立ち昇る。
空気を切り裂き、空気を焦がす様は正に地獄と捉えられた。間合いを確実に詰めれていた夜十に圧倒的な魔力量と密度の高い魔法、後退せざるおえないと踏んだキング。
「……効かない!俺に魔法は効かねェ! 」
夜十はキングの読み通り、一瞬後退したかに見えたが、地面を蹴って熱を帯びた竜巻目掛けて突っ込む。
それは最早自殺行為に等しかった。
「……はッ!魔法が効かない?連戦で頭がいかれたかッ!俺様の魔法が効かんわけがーーッ!? 」
空気を切り裂き、空気を焦がす巨大な炎の竜巻は彼の"眼前"にして砕け散るように消滅した。夜十は一瞬でキングの懐へ潜り込む。
「……なッ!!何をした貴様ァ!! 」
魔法が消えたことと、突然の強襲に驚きを隠せない。キングは青ざめた表情で吠える。
「はぁ……はぁッ!はぁああああッ!! 」
強く握りしめた拳をしなる弓矢のように引き、狙いを見定めた。キングは口を大きく開けてしどろもどろとしている。正に好機と言える状況に少しだけ胸が高揚した。
「……な、なッ!! 」
然りを効かせた拳を今この瞬間に振るえば、持ち前の身体能力でキングになんとか防がれてしまう未来が見えた。
魔術師相手に真っ向勝負では勝てない。
人類が魔術師に勝つには頭を使うしかない。
「ぐぼあッ……! 」
キングに拳が届くか届かないかの瞬間、奮う予定だった拳を押さえ込み、重心をキングの膝下まで下げた。筋力が整った足をバネにして、予想外のフェイントに頭の回転が追いつかなかったキングの顎へ華麗なアッパーカットを叩き込む。
「……クソ、身体が限界か……! 」
綺麗な放物線を描き、地面に叩きつけられたキング。彼を横目に夜十は歯を食い縛り、辛そうな表情で膝から崩れた。
魔術師との連戦による疲労で足は愚か、指先さえも動かすのに激痛が走る。
夜十の様子に心配したギルとリアンが駆け寄り、夜十の盛大なアッパーカットで地面に叩きつけられた男の行方を血眼で必死に探した。
だが、そこで寝転がっていたはずのキングの身体はどこにも見当たらない。
「……もう終わりか?末裔! 」
キョロキョロと辺りを見回す二人の背後から悍しいほどの殺気を帯びた声音。
「なッ……!? 」
「少々だが、油断してしまった。この俺様が格闘術で負けるとはな。それも紛い物に……! 」
赤くなった顎を触りながら首を鳴らし、キングは悔しそうに歯を軋ませた。
「どうしてそこまで夜十にこだわる? 」
「お前ら雑魚如きが知って理解出来ることじゃない。そこを退け、王の通る道だ。 」
キングは冷や汗を浮かべるギルとリアンの背後でダウン寸前の夜十だけを見据えて言った。
「王様がどうしたよ。俺の王はリアンだと決まってんだ。別の王に興味はねェ!! 」
「戦ってもないのに雑魚呼ばわりは酷いかな。お前……取り敢えず、ブッ飛ばす!」
リアンとギルは最初っから自分達はキングの眼中にないことを知ると酷く激怒した。行動から察するに目的は夜十を生捕りにして連れ去ることだろう。
「リアンさん、ギルさん。私も戦えます。 」
「チッ……足手纏いになるんじゃねえぞ! 」
「ギルもそんなこと言わない!ありがとう、後ろからの援護を頼むね。 」
リアンは燈火を邪険にするギルにぷくーっと頬を膨らませると、屈伸をして目の前の男、キングへ怒りの眼差しをぶつけた。
「ほう?雑魚三人で何が出来る。俺様の前に立ったことを悔いるが良いッ! 」
キングは金色の五宝籠手の全ての宝石を光らせ、ニヤリと微笑んだ。
キングから滲み出る禍々しいまでの強大な魔力に空気が震え、体が震える。されど、それが退く理由にはならない。
「……俺ら三人を相手にしたことを逆にお前が悔いるんだ!魔術師風情がッ!! 」
ギルは中指を立てて舌を出し、キングを挑発したのだった。




