第百八十七話 気分転換に遊園地へ ②
「……二人とも絶叫系乗れないなら乗れないと最初から言っておいて欲しかったですわ! 」
突拍子もなく何処かへ行ってしまった二人に対し、明刀はあからさまな態度で頬を膨らませる。
「まあ、でも、アイツら逃げ出しといて良かったレベルだったな……」
絶叫系の乗り物を四連続で休憩無しに乗らされた熱矢はもうヘトヘトだった。
というのにも関わらず、彼女は平然と立ち振る舞いをし、怒りを露わにしている。
明刀ってこんなに体力あったか?と疑問を抱きたくなるレベルだ。
「倉橋さんは良いとしても、突然連れ出した虎徹さんは許しませんわ!ふふふ、ふふふ、ふふふふふふふふ! 」
「虎徹……終わったな。 」
明刀の怒り具合と黒い笑みに思わず、身を引いてしまった。
「はぁ……折角ですし、少し話しませんか?この先に良いカフェがあるんですのよ。 」
「そうだな、少し休憩しよう。 」
怒りに続いて落ち込んだ表情を露わにした明刀は溜息を吐き、歩を進める先へ指を指した。熱矢も休憩したかったこともあって、二人の意見はすぐに合致した。
明刀の言う通り、五分程進んだ先にお洒落な木造のカフェが現れた。赤と白、緑のストライプ柄が印象的なテラス屋根の上には白い文字で大きくルティアーノと書かれている。カフェの名前だろう。熱矢はボーッと看板の名前と照らす屋根の名前を交互に見て確信した。
「ここ、私が小さい頃からあるお店ですのよ!珈琲が凄く美味しいのですわ!」
「え、明刀は無糖派?微糖派? 」
「私は断然無糖ですわよ。熱矢さんは甘いのがお好きでしょうか? 」
「……っ!お、俺も断然無糖派に決まってんだろ?甘いよりも苦いのが好きなんだ! 」
咄嗟の質問に焦ったような様子で切り返した。生粋の甘党で無糖の珈琲を飲もうものならば、角砂糖を軽く五個は入れるくらいだ。けれど何故かこの時、明刀に嘘をついてしまった。
黒服の人に店内へ案内されると、珈琲独特の香ばしい匂いが鼻を通った。横を見ると、明刀が香ばしい匂いに笑顔を見せ、カウンターに佇む緑色のエプロン姿の白髪の老店員へ瞳を輝かせている。
珈琲好きの人、明刀を含めた人にはこの匂いが良いとか好きだとかあるのだろうが、甘党で珈琲を滅多に飲まない熱矢からしたら、あまり良いものとは感じられなかった。
「六花お嬢様、ようこそおいでくださいました!お久しぶりです、最後にお会いしたのは二年程前でしたか? 」
白髪の老店員はニコニコと落ち着いた雰囲気で明刀へ丁寧な言葉で話しかける。
「そうですね、約二年と言ったところでしょう。渡さん、お元気そうで何よりですわ! 」
「はっはっは!今年で78歳になりますが、明刀家に仕えさせて頂いている以上、150歳まで生きて、やらせていただきますぞ! 」
「あら、それは有難いことですわ!後何十年も渡さんの珈琲を飲めると考えるだけで私はとても幸せ者です! 」
「この渡には勿体の無いお言葉……誠に有難う御座います。それでは一番奥のお席へご案内させていただきますよ! 」
渡は嬉しそうに笑顔で深々とお辞儀し、真っ白いテーブルクロスが敷かれている綺麗なテーブル席の横に立ち、右手を差し伸べる。
「どうぞ、こちらへ。 」
二人が椅子に腰を下ろしたことを確認すると、渡は木製のメニューを取り出した。
「何になさいますか?六花お嬢様はいつも飲んでいらっしゃるロブスタの方でよろしいですか? 」
「ええ、それでお願いしますわ。熱矢さんも苦いのがお好きでしたら、ロブスタがオススメですのよ。どうしましょう? 」
聞いたことも見たこともないコーヒーの名前に困惑するが、熱矢は戸惑いながらも明刀の言葉に深く頷いた。
「かしこまりました。少しだけお時間を頂きますが、何かあれば気軽にお申し付けくださいませ。 」
そう言って渡はカウンターの方へ去っていった。
「突然ですけれど、熱矢さん、随分と変わりましたね。入学当初なんか怖くて近づこうとも思わなかったですが……。 」
「あの時は荒んでたからな……てか、そう言って、一回説教食らったのを覚えてるのは俺だけか……? 」
明刀は髪をかき上げて右耳に掛けた。
「アレは熱矢さんが名家出身の子達を次々に保健室送りにしたからでしょう? 」
「そりゃあそうだけどよ……あん時の明刀、人格変わってたぞ。あんな風になるのは滅多にねえのか? 」
明刀は少しだけ赤面し、恥ずかしげに答える。
「質問に質問で返さないでください!今は私が熱矢さんに質問してるんですから、私の話は関係ないでしょう! 」
「関係ねェ……か?まあいいや……」
一瞬だけギロリと鬼の姿が顔を出した気がして、熱矢はヒヤヒヤしながら話を逸らした。
運ばれてきた珈琲を口に運び、二人は和気藹々と話を進めていった。
「……アレが夜十の生徒達ねェ……?俺も会ってみたかったなー。そうなりゃ、俺の生徒達でもあったわけだ! 」
「アンタが先生に昇格してればの話じゃないの?私は知らないけど……」
「テメェらアアア!!目的地はこの先だって言ってんだろうがァァア!!ここは凄まじい障壁があんだよ!破るなら指二本犠牲にしなきゃなんねェ!! 」
黒ローブを被った数人の男女がMEITOOランドの壁越しに話し、去っていった。
その中に一人、金髪の男は熱矢の顔を見て、懐かしげに笑った。
「……後少しで、後少しで会えそうな気がするぜ。皆! 」
誰に宛てたわけでもない言葉は、ひゅるりと風に流されるように消えていったのだった。




