第百八十五話 ロゼ VS キング
目視出来るほどの大量の白刃は、空気を裂き続け、剣を振るった時の鋭い金属音を無数に走らせ続ける。時間が経つにつれて、成長していく竜巻の威力は強大だった。
「退きなさい!このままじゃ、私達は微塵切りよ!魔術、金剛の壁! 」
焦ったロゼは地面に勢いよく手を伏せる。立ち込める砂埃が目に入り、少しの涙が溢れるが気にしている暇はない。そんな痛みよりも焦りの方が強かった。
ロゼの触れている位置から綺麗な蛍石の結晶が高く積み上がり、ロゼ達を覆い隠す。
「ダイヤモンドの魔女、ガキの割によくやるものだ!それでも、この俺様には敵わないがな! 」
傲慢な態度、嘲笑、自分に対する絶対的な自信でか、ロゼはキングが昔から大嫌い。それと同時に恐怖、戦慄も感じていた。
「やかましい!ガキガキって、歳も大して変わらないでしょーが! 」
直後、キングの生み出した巨大竜巻が周囲を襲い、蛍石の障壁を地面ごと削った。
異様な轟音と立ち込める砂埃が竜巻を徐々に徐々に成長させ、強大な力を高めさせる。
「なんだよ、この凄まじいまでの魔力は……! 」
夜十達は一歩退いた場所で魔術師達の壮絶な魔法戦を観戦していた。どこか遠くに逃げようにも、五宝石の残りのメンバーが睨みを利かせてきているからに、下手に動けない。
「ウキキッ!お前ら、逃げようたって無駄だぜ?お前達は既に五宝石の一万五千人の兵に取り囲まれてんだァ! 」
使い込まれて年季の入った金属バットを片手に猿顔の小柄な男は全員を睨みつける。
「一万五千人……ッ! 」
「お前らがどれだけ優れてようが、シンの末裔だろうが関係ねェ!どんな英雄も数には勝てねェんだよ!ウキキキキキッ!! 」
その場に居る全員が額に汗を滑らせた。一万五千人の兵士、話が嘘だったとしても各々の体力は連戦で絞り取られている上に敵地でマトモに休めるはずもない。体力的にも神経的にも今の状況は絶望的だ。
「ウキキッ!未完成が魔術師様に逆らうからだろうがァ!末裔、お前だけは絶対に許さねェ!お前だけは楽に殺さねェ! 」
猿顔の男は額に血管を浮かび上がらせながら、歯を食いしばって怒りを露わにした。
「お前、あの猿に何かしたのか? 」
「はぁ?俺が猿に何かするわけ無いだろ……! 」
「でも、あの雰囲気。何かしたって様子だぞ?なんか心当たりあるだろ!思いだせ!猿だぞ、猿! 」
ギルと夜十の連呼する"猿"ってワードに耳がピクピクと動き、額の血管が更に濃く浮かび上がった。
「お前ら、猿猿って連呼してっけどよ。それは誰のことだァ? 」
「はぁ?そんなのお前以外に誰が居るんだよ! 」
夜十の言葉でトドメ。
猿顔の男は持っていた金属バットを地面に叩きつけ、地団駄を踏みつけた。
「テメェら、良い加減にしやがれッ!俺は俺なんだよ、誰が猿だァ! 」
金属バットをグルグルと振り回し、今にも襲いかかって来そうな勢いで強く二人を睨みつけ、溜め息を吐く。
「何だって俺が見張りなんだよ。伝達魔法で作戦伝えんのもいいけどよ、俺にコイツらをボコらせろォォォ! 」
遠吠えを上げる様が余計に獣感を感じさせるからか、ギルも夜十も口にこそ出さなかったが、"やっぱり、猿じゃねえか"二人して思った。
「ロゼ、無駄な戦いはよせ!大人しく、俺様に末裔を渡してくれりゃあ、半殺し程度で終わらせてやッ……る!! 」
キングは目が痛くなる金色の靴でロゼの頭を踏みにじる。作り出した最強の壁も虚しく散り、今やロゼはキングの足元で拳を強く握りしめ、歯軋りを鳴らしていた。
「クソが……ッ!!クソが、クソが、クソがァァァ!!私をコケにしやがーー」
「ーーロゼ様!!ロゼ様!!もう……おやめください!このままじゃ……死んでしま、います……!! 」
キングの足を払い除け、立ち上がろうとするロゼを手負いのザックは必死に止める。これ以上の戦闘は主人の危機だと感じたのだろう。それ程までに必死だった。
「離せ!!どいつもこいつも私の邪魔ばかりしやがってッ!邪魔なんだよ!! 」
「俺達を残してどこに行くんだよ!俺達の主人はロゼ!アンタだろうがッ!!……あ、すみません!ご無礼を……ッ!! 」
我に帰ったザックは勢い余って自分の身分を弁えないことを言ったと強く後悔した。
ロゼは以前、五宝石の一人の男を言葉遣いだけで殺めたことがあるのだ。ザックは頭を下げ、思わず上唇を噛みしめながら死を覚悟した。
「……いつから私にタメ口で指図出来るようになったんだ?クソアビスがッ……!チッ……仕方ねェ。退けばいいんだろ!退けば! 」
「はい、俺の覚悟は決まってまーー……え? 」
強く唇を噛みしめすぎたのか、上唇から歯に血が滲んだ。彼女の罵声はいつも通り、自分の死は確定だと諦めていた瞬間だった。
思わず聞き間違いかと思うくらい、ロゼから発されると思わなかった言葉が聞こえる。
「……ロゼ様、今なんと仰いましたか? 」
「はぁ……二度も私に言わせるのか?撤退だ、撤退!末裔はキングに譲る、私達は城に帰る!! 」
額の血を腕で拭い、彼女は落ち着いた雰囲気で後ろ向き様でキングに手を振り背を向けた。
「ふっ、俺様に背を向けるとは良い度胸だな。それに"ココ"を去るという事はお前、分かっているんだろうな? 」
「……っ!! 」
キングは両手を広げて面白いものを見る目で笑った。
「負けを認めるってことは、お前らの大好きな"掟"が刺さるな〜。俺様は別に構わないが、魔術師の掟は絶対なんだろう? 」
「……好きにしたらいい! 」
彼女は額の汗が飛散する程の速度で飛び去り、五宝石や周囲の兵士も後を追う形で撤退していった。
まるで恐怖を覚えたネズミが猫から逃げていくような去り方であった。
「ロゼの奴、開き直ったか。領土ばかり広げても管理が面倒なんだ。……さてと? 」
ロゼ一行の後ろ姿を呆れた表情で見送ったキングは一変し、星の輝きに満ちた瞳で夜十を視界に捉える。
「末裔、くだらん争いはよせ!俺様と一緒に来ればそれでいい! 」
キングの視界は夜十しか映っていなかった。他の人物達はまるで眼中にないとすら言えるほどに。
「……そんな易々と敵の策に乗れるわけないだろ!キングとか言ったな?その傲慢な口、二度と喋れないようにしてやるッ!! 」
狂気と憤怒に満ちた怒り、疾るのは激闘か。それとも、有無を言わせぬ一撃か。




