第百八十四話 金色の魔術師
「お前のその魔法、凄えな。そりゃあ、何だ? 」
キングは夜十の蜜柑色に輝く瞳を見て、へらりと笑った。
「この魔力量……魔術師かッ! 」
「オイ、ALMAァ! 」
黒い刃を再び構える中、キングはそっちのけで怒鳴り声を上げる。
彼の立つ場所に四つん這いの兵が現れ、キングは躊躇なく腰を下ろした。眉間にシワを寄せ、額に血管を浮き出させる。怒りの感情が顔の表情を支配しているようだった。
「役立たずが……使えねえ道具は捨てるって言ったよなァ! 」
足置き用員、腕置き用員、背もたれ用員で計六人の兵士がキングが座るというだけで焦るように定位置につき、それぞれの役割を果たし始める。
「キング……!ここは私の領地よ!魔術師の掟を破る気?! 」
「フッ、ハハハハハハ!ハハハハハハハハハハハハ!!ハハハハハハ! 」
キングは笑い転げる程、高らかな笑いでロゼを遮った。彼女はギリッと、歯が砕けるほど強く噛みしめ、キングを睨み付ける。
「俺様にとっては、あの程度の掟で踏み止まる気にもならん!それに西と北じゃ戦力差ってモンが違いすぎるだろ?なァ? 」
「……西が転覆する機会を伺って、勢力を進めようとしてきたの!? 」
ロゼは焦ったように冷や汗を額から顎までつたらせる。
「いーやー?俺様が興味あんのは末裔だァ!お前の領地なんざ、最初っから興味ねェ! 」
キングの視線は自然と夜十の方へ集められた。その視線には悍しいほどの殺意が込められ、神経を逆撫でされているように感じる。
「それで、俺様の質問にはいつ答えるんだ?末裔。 」
「待て!ここは私の領地、その場所に踏み込んでいる末裔は私のものだ!! 」
キングは大きい溜息を吐き、気怠そうに髪をかき上げる。
「ヨハネェ!お前んとこのボス、託児所にでも預けてこい! 」
「さっきからガキガキって調子に乗ってんじゃなーー」
今までずっと黙って震えていたヨハネがピクッと反応し、ロゼの前に手を広げ、言葉を遮った。
彼は視線をキングへ向けると、憎しみに満ち溢れた表情を露わにした。
「お前は今"久々に会ったのに怒るなよ"と思っているようだが、到底許すことは出来ない!! 」
「その読心魔法も相変わらずだな。不知火は一緒じゃないのか? 」
「……っ!! 」
いつも相手の次の返答を読んで口に出すヨハネがこの時ばかりは黙った。
「あっ、そうか。お前は俺を倒すために魔力を使い切ったが、不知火は違ったな! 」
「オイ"!クソ魔術師、余計なことを思って、言うんじゃねえよ雑魚がッ! 」
眉間にシワを寄せ、額に血管を浮き立たせる程にヨハネは切れていた。
「えっ……?不知火さん? 」
まさか、同姓同名?でも、不知火なんて名前、そうそう居るはずがない。
「不知火さんとヨハネさん、何か関係があるのかしら? 」
「うーん、分からないや。ところで、黒と鳴神先輩の治癒は終わったの? 」
一通りの治癒を終えたのか、燈火は前線まで歩いてきた。後ろの方で黒と茜、帳達が休息している。
こんな状況で休息も無いだろうが、前線を維持するためには仕方のないことだ。
「うん、終わったわよ。私も戦えるわ! 」
燈火はやる気のようだ。やる気が魔力の滾りに出ている。
「不知火も驚くだろうなァ!大切だった相棒が今じゃ、西の魔女の配下!本当に俺の右腕を奪い取ったタマかよ! 」
義手の右手の指を自由に動かし、キングは懐かしげに笑った。
「ベラベラと余計なことを喋るんじゃねぇ!ぶッ殺す! 」
ヨハネは助走を付けて、一気に踏み込むと地面を蹴って跳躍する。身体を独楽のようにクルリと一回転させると遠心力を使って強烈な蹴りをキングへ放った。
「そんな見え透いた一撃、俺に通用するとでも思うか? 」
蹴りを片腕だけで牽制すると、ヨハネの生み出した蹴りの衝撃波が爆風となって金髪を揺らす。キングの腕を足が滑り落ちる瞬間、僅かながらに爪先で踏み蹴った。
「その戦闘センスには毎回驚かされる。だが、相手はこの俺様。お前は今回単体だ。俺様が負ける道理はない! 」
「そうかよ……単体じゃなきゃ負ける道理ってのは生まれるのか? 」
ほんの僅かの跳躍からヨハネは拳を握りしめ、キングへと放った。だが、それは完全に止められる。ヨハネはニヤリと笑った。
「……?何を言っている。その程度の攻撃、俺様に当たるわけが、ーーッ!! 」
キングは慢心し、ヨハネの一撃を軽く止め切ったと思った。次は反撃のタイミングさえ与えずに自分の攻撃を当ててやろうとまで。
ーーだが、受け止めたはずのヨハネの拳は、死角の背後から放たれ、キングを数メートル先まで吹っ飛ばしてしまった。
「……ぐっ、がはっ……! 」
予想以外の場所からの攻撃に驚きを隠せない。大きく目を見開き、周囲をキョロキョロと見回した。
「一人じゃお前に敵わねェのは認めてやる。だがな、俺はもう一人じゃねェ! 」
状況を十分に理解したのか、キングは"二人"へ視線を移すと、感心したように頷きながらニコニコと笑った。
「ほう、それがお前の能力か。思った以上に効いたぞ!だがな、雑魚が二人になったとして俺様に勝てると思っているのなら愚作だ! 」
同じ顔、同じ身体、同じ声、二人のヨハネはキングを前に怯まず、真剣な表情で構える。
「お前は俺のことを心の底から雑魚だと思っているだろうが、そんなのはやってみないと分からねえ!! 」
右手を突き出し、指先を波のように揺らした。
「俺様を挑発とは……後悔しても知らんぞ! 」
キングの左手の上で空気が高速で回転し始め、小さな竜巻が生み出される。
右手には何処からか取り出した金色に輝く石の欠片、小さな竜巻と金の石片をピッタリくっ付けた。
「魔術、黄金の錬金術! 」
眩い光と共に金色に輝く小さな魔法陣が右手を隠す。一度の光が消えると、キングの右手には黄金のガントレットが装着されていた。指一本一本に赤、緑、青、紫、黄の五つの宝石が埋め込まれている。
「金色の五宝籠手!防具じゃない、王たる者が付けるべき最高位の武器よ! 」
黄金に煌めく籠手は目のやり場に困る程、眩い輝きを放つ。キングは鋭い目を光らせ、自慢げに頬を持ち上げた。
「くッ……!あのガントレットを装備させちまったか! 」
ヨハネは何か知っているようだった。その様子にロゼは歯が粉々に砕けるくらい強く食い縛り、怒号の混じった声音で掴みかかった。
「……チッ、ヨハネ!お前、知ってることがあるなら全て話せェ!これ以上、私の領地で好き勝手されてたまるかッ! 」
「おやめください……ッ!ロゼ様!俺の伝達魔法で動きのサポートをさせていただきますから、アイツに隙を与えてはーーッ!! 」
ヨハネは大粒の冷や汗を流し、ロゼを横目に傲慢に笑うキングから視線を外さなかった。
だがーー、
「俺様との戦闘中に随分余裕だな。悪いが俺様は敵を待つような真似はせんぞ!暴れる風! 」
中指に付けられている緑色の宝石が光り、掌の空気が独楽のように凄まじい威力で回転し始め、巨大な竜巻を生み出し、ロゼとヨハネに放たれた。
ジリジリと迫りくる巨大竜巻にハッと怒りから我に帰ったロゼは右手首を押さえて、キングを強く睨みつけたのだった。




