第百八十二話 エーデルシュタイン ④
電光石火。光の如くで敵の視界にも入らない速度を保ち続ける。一見、走っているだけなのだから簡単そうに見えるが、魔力を保ち続けながら走るのは案外辛い。
それをずっと続けるのは、魔力が永遠にでもない限り、難しい。
「もう魔力に体が付いてきてない……!もう少し、もう少しだけ持ってよ!私! 」
ファフニールの皮膚に茜の刃が届くことは分かったが、もう次は無理だろう。
先程のは不意打ちだ、完全に警戒され、慎重になったザックを相手に同じことをするのはリスクが大きすぎる。
彼女は時間を稼いでいるようにも見えた、疲労で身体が折れるまで必死に。
「ガァァァァァアアアアアアア! 」
ザックは地面を蹴って大きく跳躍すると、その場に轟音を響かせながら着地する。
ただのジャンプ?と疑問になったが、ザックの身体に無数に生えていた針が全て無くなっていたことで疑問は解消された。
「……なっ、何アレ!? 」
雷光の速度で動き、俊敏さを極めている茜を赤黒く刺々しい針が貫かんと迫る。
あまりに小さく無数であることを武器とし、巨大な魚に具現する鰯のように、巨大な剣の形へ具現化し、無数に降り注いだ。
「……数が多すぎて回避がッ……!!あっ、ぐうッ!! 」
雷光の速度で駆け巡り、降り注ぐ針を一つずつ丁寧に対処し始めた。速度は大したことなく、茜の速度の方が断然早いはず。
なのに、針が茜の頬を掠め、ツーと鮮血が一筋の線になって垂れた。
「……くッ!! 」
痛がっている余裕はない。針は次から次へと飛び、降り止むことのない雨のようだった。
激しい針の雨が茜の体を蝕む度に、彼女はあの日の痛みを思い出していた。
もう、一度に使える魔力も少なくなり、後少し使えば疲労で気を失ってしまう。
それでも彼女は只管に力を使い、敵を翻弄させる。たった一度きりの"好機"の為に。
「……ふはははははは!!お前、もう直ぐ死ぬぞ!はははははははは!! 」
ザックが一部を人の状態へ変え、満身創痍の茜を嘲笑した。
「笑いたいなら……好きなだけ笑えッ!お前は光に惑わされ、影を忘れた。そこがお前の敗因だッ!! 」
茜は最後の力を振り絞り、自らの身体と同時に巨大な落雷の一撃を放った。
全身の針が無くなったとはいえ、致命傷を与えるほどのダメージではない。
ーーそれでも、"次"に繋げる一撃になった。
「この程度の攻撃……ッ!!効か……ッ!? 」
ザックは大きく目を開き、自分の身体が動かないことに気がついた。先程の落雷はダメージ稼ぎではない、動きを封じる為の布石だったのだ。
「……《影は闇を基礎とし、隠を正す力となりて、礎を破壊せよ!影刀神羅》! 」
何処からか詠唱が聞こえ始め、ザックは声のする方へ顔を、目を傾ける。それは、足元だった。ザックの巨大な身体の真下、つまり彼の影の中だ。
「か、影の中だと……!? 」
ザックは驚愕し、大きな瞳をぎょろぎょろと動かした。周囲を見回して、どうにかこの状態から抜け出す方法を探っているようだ。
「お間抜け雑魚ちゃん、もう終わり?弱いわね、先に言っとくけど私は助けないわよ? 」
「やかましいんだよ、クソビッチ!! 」
ザックは本気で焦り始めていた。
こんなところで終われない。自分が今まで何の為にアビスとして過ごしてきたというのだ。目的は一つ……。
「コレで……ッ!終わりだぁぁあ! 」
漆黒に染まった二刀小太刀を携え、一瞬で加速。影の中へ出たり入ったりすることでザックの必死の抵抗も虚しく、黒はザックの腹部を切りつけた。
緋色の鮮血が飛散し、腹部から大量に流れ出る。大型アビスの龍型において、最大の弱点は腹部。背中や皮膚は硬く、頑丈だが、腹部だけは比較的柔らかい傾向が多い。
「ごぶッ……! 」
白い蒸気と共にザックは人間の姿へ戻り、腹部から込み上げてきた鮮血を吐いた。
「俺達二人に舐めてかかったのが、運の尽きだったな。どうせ、全員倒すんだ。今ここでトドメを刺さなきゃ、面倒なことになる! 」
黒は二刀小太刀を握りしめ、腹部を押さえながらゼェゼェと乱れた息を吐くザックに眼光を放ち、刃を滑らせる。
この一撃を決めれば相手の将をもう一人追加で屠ることが出来る。黒は自然と緊張はしていなかった。
最近まで学生として魔法師を目指し、日々を志していたのにも関わらずだ。寧ろ、この瞬間に高揚感を覚える程に。
「……ったく、何やってるのかな?ザック。そんなんッ……だからラブカに雑魚とか言われちゃうんだよッ! 」
ザックへ刃が迫り、何処からともなく現れた白い影は黒のソレを細い腕で受け止めた。
甲高い金属音が周囲へ響き、黒の一撃を止めた"ナニカ"の正体に誰もが気づいた瞬間、場が凍りついた。
「チッ……コレばかりは何も言い返せませんね。お待ちしてました、ロゼ様。 」
鮮血が流れる腹部を抑えながら、ザックは痛みに耐え、跪く。その先にはダイヤモンドの魔術師、死んだはずのロゼが立っていた。
「……なッ!お前は確かに死んだはずじゃ……ッ!? 」
ザック達から死んでいないことを告げられていた今でも驚きを隠せなかった。
事実、目の前で見たもの以外信用しないと思っていた夜十でさえ、瞳が揺れた。
「さて……私を一度"殺してくれた"シンの末裔君は何処かな〜? 」
「テメェ……俺らが見えてねぇのか!夜十はあと少し休んでもらうんだ。お前の相手は俺らだ! 」
キョロキョロと周囲を見回して、夜十を探すロゼに黒は頭の血管を浮き出させながら言う。
ロゼは黒の言葉を鼻で笑い、目の前の二人の少年少女を相手に余裕の笑みに浸るのだった。




