第百八十話 エーデルシュタイン ②
「マール隊の隊員は俺らザック隊が貰うぜ!異存はねえよなァ!ギャハハハハ! 」
赤黒い髪を背中まで伸ばし、前髪をオールバックで纏めた奇抜な衣装の男は下品な笑い声を上げた。
右目には黒い眼帯を付けており、眼帯の上には赤いダイヤモンドの紋章が彫られている。
「こら、雑魚。今は敵前よ?少しでも良いから緊張は持ちなさい! 」
「ギャハハハ!!敵前?ロゼ様を倒したと勘違いているような奴等だろ?敵じゃねえ!……って、誰が雑魚じゃゴラァ!! 」
「なんでアンタはいつもツッコミが遅いのよ。そのテンポじゃ面白くないわ! 」
まるで痴話喧嘩の様な会話のせいか、夜十達はザックの言った言葉の意味を理解するのに少しの時間がかかった。
ロゼが死んでいない?いや、あの時確かに首を跳ねたはずだ。いくら魔術師でもあの状況下で生存するのは不可能だろう。
だとすれば、ハッタリか?
夜十の頭の中でロゼが生存していることは不可能に近かった。
「ダイヤモンドの魔女が死んでいない? 」
リアンが疑問げに全員が思ったことを代弁して問いかける。
「そこのお前が首を跳ねたそうだな。けどよ、ロゼ様は歴戦の魔術師。その程度の状況は想定して動いてんだよバーカ! 」
ザックが嘲笑を浮かべながら言った。
「そこのお前もお前も"そんなのはハッタリだ!"と思っているだろう? 」
「ロゼ様は魔術師の中で最強の防御魔法を持つ最強のお方よ?首を跳ねられたことなんて、"その程度"のことね。 」
ロゼが死んでいないとなると、マールの行動とは辻褄が合わない。他の仲間が死んでいないと知っているのに、マールだけ知らないなんてことはないはずだ。
「そこの君、鋭いじゃないか!君は今、マールの行動と辻褄が合わないと思っただろう? 」
紫色の髪に赤のインナーカラーの入った、まるで扇風機の羽の様な髪型の男は夜十を指さして言った。
心を読まれた?読心、風見先輩と同じ魔法だ。魔術師側に読心魔法が使える輩が居てもおかしいことは何もないか。
夜十は心の中で必死に分析を続ける。これが例え、相手に読まれていようとも関係ないと言わんばかりに。
「君は今、読心されてしまった!と思っただろう?そうさ、私はこの場にいる全ての生物の"声"を聴くことができる。……例えば、ザックさんなんかは……」
「……あ?んだよ? 」
男は悪びれる様子もなく、楽しげにザックへ笑顔を向ける。
「さっさと終わらせてビール飲みてえな〜。と思っているだろう?ザックさん、お若いのに考え方がオッサンだ! 」
「うるせぇ!!こんな雑魚相手に時間食ってられるかッてんだ! 」
ザックは男の言い草に怒り混じりの声音を吐くと、こちらへ向き直して構えた。
「もう少し茶番でもどうかと思ったんだが……」
「んなもん、最初っから要らねえだろうがぁッッ!!ヨハネ、テメェふざけてんのか!? 」
読心魔法の使い手であるヨハネへ怒号を浴びせるザックだが、この瞬間を狙って攻めてくることを読んでいたようだ。
真っ先に地面を蹴って飛び出した夜十の拳を軽く受け止める。
「その程度の奇襲で当てられるとでも思ったか?止まってるかと思ったぜ! 」
「くっ……!コイツ、凄い反射神経……! 」
読まれていたとは言え、間合いを詰める速度は十分速かったはず。ロゼと同様に一筋縄ではいかない相手のようだ。
「……ふっ、つまらねぇ!雑魚がこのザック様に逆らったらどうなるか、その身体で味われやオラァ!! 」
夜十の拳を強く握りしめ、咄嗟に腕を引いた。当然、夜十の重心は崩れてしまい、前屈みに倒れーーなかった。
咄嗟の判断で右足を強く踏み出し、不安定なバランスではあるが持ち堪えられた。
だが、ザックからすればそんなことは関係ない。
前のめりに倒れれば、強打。
倒れなければ、殴打程度。多少の威力は変わるが、想像以上じゃない。彼は思い切り拳を握りしめ、夜十の腹部へ振るう。
「……雑魚だったか?大切なモンを護らずして破壊するような奴に俺は負けねぇ!! 」
不安定なバランスのはず、ザックはまさか自分の放った拳が受け止められようとは俄かにも思っていなかっただろう。
だが、夜十は確実に右手だけで受け止めた。先程、夜十の拳をザックが受け止めた時のように軽々と。
「大切なモンを護らずして破壊……?クッ、ハハハハハハ!!笑わせてくれる!お前ら人間だけが奪われる立場だとでも? 」
ザックは止められた拳を振り解いて、後ろへ飛んで後退した。
「ああ、そうだ!お前らは奪うばかりで奪われることの辛さを忘れてんだッ! 」
地面を蹴って一瞬にして加速、この速度ならば簡単には捉えられまい。
「元々のステータスが違えんだよ雑魚! 」
一瞬にしてザックの懐へ侵入し、眉間へ渾身の蹴りを放った。
今の瞬間では到底"不意をつけた"程ではないかもしれない。だが、これは当たる。
そう思えるだけの自信はあった。
ザックは普通の蹴りだと認識し、腕を十字架に組んでガードの体勢をとる。
「……お前じゃ止められねえよ! 」
ザックのガードは確実に夜十の蹴りを射止めたーーはずだった。
「……なっ、がぁぁッ!!くッ……!何故だ、何故!お前の蹴りがすり抜けたッ!! 」
眉間に強烈な蹴りを喰らっても尚、食らいつくように素早く立ち上がり、真剣な表情の夜十へ問いただす。
ツーと、眉間から鮮血が垂れ、顎まで顔を伝って地面へ落下した。
「敵に種を明かす馬鹿は居ねえよ。知りたきゃ、自分で考えろッ! 」
再び右足を強く踏み込んで素早く加速し、四方八方へ飛び移る。
ザックは焦り始めた。自分は五宝石と謳われたロゼ直属のアビス、こんなところでつまづいている暇はない。
自分の目標も最終段階に取り掛かったというのに。
「ロゼが生きてるとか今はどうでもいい!今はッ……!お前がさっさとくたばれ! 」
「……ぐッ、はァァッ!! 」
次はザックの視界からは振り向かなければ見えない死角の位置から顎へ渾身のアッパーカットを振るった。
夜十が何処から来るか分からない、そんな焦りからか、ザックは攻撃に対応できなかった。
顎を殴り飛ばされ、一瞬だけ空中へ浮かび、仰向けに地面へ叩きつけられる。
目の前で仰向けに倒れているザックに慈悲もなく、夜十の手には黒剣が握られた。
「……もう終いにしよう。ロゼはお前が死んでからでも全然良いッ!! 」
自分の頭程の位置からの斜め斬り、黒剣の刃の行先にはザックの首がある。
完璧なタイミング、完璧な位置、今ここで止めを刺すには全てが丁度良かった。
「……お前がロゼを殺すってのか?笑わせるな。ソイツはお前にゃ向かねえ仕事だ! 」
黒剣は甲高い金属音と共に弾かれる。
夜十は、突如として現れた膨大な魔力に驚愕して態勢を整えるべく、後退した。
「……グォォォォォオオオオオ! 」
低く巨大な叫び声が空気を揺らし、大地を揺らす。地震が起こり、風一つない穏やかだった世界は一瞬で牙を剥く。
赤と黒の刺々しい鱗を身に纏い、ギョロリと動く巨大な黄色い瞳。図体は大きく、尻尾の先にまで刺々しい鱗が生えている。その姿は戦慄と滅亡を呼ぶ龍、覇滅龍。
耳を劈くような咆哮は鳴り止むことを知ると、周囲に静寂を与えた。
と同時に周囲には戦慄を与える。
仲間であろう五宝石も震撼し、呆れたような様子で首を振った。
「ガァァァァァアアアアアア!! 」
手に握るは黒い剣。
雄叫びのような咆哮で夜十は身を引き締めて対峙することを決意し、構えたのだった。




