第百七十八話 《嘘憑きのリアン》
強大なまでの青い光はリアンを直前に控えていた。神々しく光り続ける球体は全てを破壊尽くさんとリアンへ襲いかかる。
「……ふっ。 」
明らかに絶望的な状況下の中で彼女は不気味にも笑った。
ーー次の瞬間、誰もが目を疑う光景が目の前に現れた。
煌々と輝き続け、絶望と不安を与え続けていた青い光の球体がリアンの目の前に落下した瞬間に跡形もなく消滅してしまったのだ。
「なっ……!? 」
「は……? 」
夜十も燈火も冴島隊の皆は目を大きく開き、驚愕した。ギルは彼女が笑った時点で少しだけ不安だった胸を撫で下ろしていた。
リアンの魔法の詳細は本人から何も教えてくれない。深く聞いたとしてもはぐらかされるのがオチで掴みどころのない性格と相まって、問い詰めることが出来ていなかった。
そのせいで、仲間ですら未知数の魔法なのだ。
リアン曰く、詳細を知る者はルーニーともう一人の魔法師のみらしく、その繋がりで新島を連想するが、新島ではないという。
「ガァァァァァァァァ!?!? 」
リヴァイアサンも大きく口と目を開け、明らかに驚愕していた。
「君は人間の姿に戻らないといけない! 」
リアンは遥か空の上に居るリヴァイアサンへ自分の声を確実に届けていた。決してリアンの声が馬鹿でかいわけではない。寧ろ、普通の声音で声量、到底聞こえるはずがないのに。
宙に浮くリヴァイアサンの鱗がペリペリと剥がれ落ち、桜の花弁のように舞い散る。
綺麗な青い鱗が舞う光景はあまりにも綺麗だった。燈火の魔法の中で夜十達が思わず声を上げる程。
彼女は、さっきと同じように口と目を開けて驚愕している。
明らかにリヴァイアサンが意図して行っているわけではないと分かった。
「ガァァァァァァァァ!!!! 」
強い雄叫びを上げてリヴァイアサンは地面へ向かって口から白い霧のようなものを放出した。
「リアン!新手の攻撃だ!下がれェ!! 」
「ううん、大丈夫だよ。これは攻撃なんかじゃない。 」
リアンは表情を一つも崩さずに冷静な口調で首を振る。リヴァイアサンの放出した霧は一瞬の刻のままに周囲を覆い尽くした。
誰がどこにいるのかも目視では分からない。
「攻撃じゃない?なんでそんなこと分かるんだろう? 」
燈火は疑問げに首を傾けながら言った。
確かに言われてみれば、魔力の上昇率を測った、としても相手はよく知るアビスではない。寧ろ、伝説級と謳われる未知の生物だ。魔力の上昇率なんて測れるだろうか?
そんな疑問を頭に浮かべるも束の間、リアンの言葉の意味がそのまま理解出来た。
宙に浮いていたはずのリヴァイアサンは消え、立ち込める霧の中で一人の女性のシルエットが見える。
「あの図体は倒しにくいからね。少し小さくなってもらっただけだよ。 」
「そんなことが……!!一体どうやって!? 」
一度、自己的な意思でアビスに変身した人間を元に戻す?そんなことが可能なのか?
夜十を含め、帳も燈火も黒も疑問を隠せなかった。
「はぁ、はぁ、はぁっ……貴女、何者なの……?! 」
リヴァイアサンとしての身体から人間の姿へ戻された彼女は息を切らしながら腹部を強く抑えている。傷んでいるのだろうか?
「私はリアン。それにしても、貴女のその力、話には聞いていたけどアビスになれるんだね? 」
「……っ!! 」
彼女は聞かれたくないことを聞かれてしまったような様子で顔を真っ青にして目を逸らした。
「……私にとってはやっと見つけた手掛かりよ。逃げの余地も戦いの余地も与える気は到底ない。」
「そんなのはハッタリよ。もう一度、リヴァイアサンへなれればそれで解決じゃない! 」
彼女は先程と同様、身体の内部へと凄まじい量の魔力を蓄積させ始めた。
もう一度、あんなにも大きいアビスになられてしまっては勝ち目はないだろう。険しい顔をして踏ん張る彼女をリアンは見逃さなかった。
「ハッタリねえ……?そんなことはどうでもいいよ。貴女、もう魔力は使えないよ。 」
「はぁ?何言ってんの?そんなわけーー……っ!!!? 」
リアンはニッコリと笑い、彼女は自分に起こっている異変に気がついたのか、ハッとした表情を出す。自分の両掌を見つめている、その目は泳いでいた。
明らかに平常ではない、夜十達にもそれだけは分かった。
「……私にッ、何をしたのッ!!アンタぁぁぁぁあああああ!!! 」
ほぼほぼ絶叫のような途中枯れた叫び声に、リアンはニンマリと口元を歪める。
「そんなに必死にならない方がいいと思うな〜。初めて会った時の落ち着いた感じが台無しだよ? 」
「くッ……!!巫山戯るのも大概にしろよ!クソガキがぁぁぁああああ!! 」
彼女は強く憤慨し、左手を鞘に右手を柄に伸ばして重心を低く構えた。
「リアンさん、気をつけてください!肉弾戦も桁外れの強さです! 」
「夜十君、ありがとう。私は大丈夫だよ! 」
頭に血管を浮かばせながら、青白い眼光でリアンを睨みつけ、絶好のタイミングを今か今かと伺っているようだ。
「そんなに力まないでよ。綺麗な顔が台無しだよ? 」
「台無し台無しってさっきから煩えんだよ!お前達は私の大切な人を……ッ!!! 」
とても強い一歩を踏み出し、一瞬でリアンの懐に潜り込む。
潜り込んでしまえば、こっちのものだ、と言わんばかりに鞘から静かに引き抜かれた刀はリアンの首筋へ疾風の如きを加速させる。
「でもさ……それは、同じことだよね?貴女にとっての"大切な人"が私達よりも弱かったから奪われたんでしょ?いつでも奪われるのは弱者の方だよ。 」
リアンは首筋へ迫る刀剣の刃を持ち合わせている反射神経だけで避ける。直ぐ様、追い討ちをかけるように右足を軸にして身体を捻り、独楽のように回りながら拳を振るった。
「……なッ!!!がっ、ぁぁぁあああ! 」
リアンの渾身の拳は相手の眉間にクリーンヒットし、大きく目を見開いた彼女の身体を数メートル先まで吹っ飛ばした。
「これが……familiarのボスの実力!! 」
冴島隊の全員は魔法だけでなく、肉弾戦でも相手を圧倒するリアンの実力に目を光らせながら観戦を続けるのだった。




