第百七十七話 リヴァイアサンの猛攻
真紅の瞳と黄色い瞳から放たれる光が交差し合い、一瞬で加速。女性魔術師の正面、背後から挟み撃ちで狙いを定めた。
「……くっ!小賢しい! 」
相手が焦りを見せた一瞬、夜十とギルは拳を強く握りしめ、地面を蹴る。誰でさえ挟み撃ちにされれば、動揺するのは必然。
「「うおおおおおおおおおおおお!! 」」
二人同時に女魔術師に目掛けて拳を掲げ、振り下ろした。
「……っ!!がはっ……!! 」
ギルと夜十にも手応えがあり、明らかに女魔術師を挟み撃ちにして殴ることが出来たと言える。
夜十とギルの本気の殴りだ、いくら魔術師でも立ってはいられないだろう。
女魔術師は口から大量の血液を吐き、膝から崩れ落ちて、地面に手をついて咳き込んだ。
「ごほっ、げほっ……ごぼっ……うぅ! 」
口を抑え、口から出る血が地面に流れるのを遮る。
「……刀を抜く気も出てきたか?人間を舐めるんじゃねえよ!クソ魔術師! 」
ギルは真剣な表情で挑発する。これは前までの敵を見下しての行為とは違う。確実に相手の怒りを買い、相手の冷静さを失わせる為の策略を込めた"攻撃"のひとつだ。
「人間を……舐め……!嫌、嫌だ、嫌ぁぁ、ぁぁああああああああああ!!!!! 」
女魔術師の魔力が上昇し、その場の空気が膨れ上がって爆散した。近くに居た夜十とギルは危険を察知して直ぐに後退する。
「嫌ぁぁあああああああああ!!! 」
彼女の周りから凄まじい魔力が空へ向かって上昇し始め、女魔術師の容姿はみるみると変わっていく。
「な、何だよアレ……! 」
黒かった髪は青く染まり、髪を括っているゴムが外れた。
真っ白かった肌は青い竜鱗に覆われて、黒い瞳は黄色く、その姿は徐々に徐々にだがアビスに近い形へと変貌していった。
「……ガァァァァァァァァ!!! 」
そして次の瞬間には、足のない蛇のような巨大な龍が夜十とギルの前に現れる。
「あれは大型アビス、リヴァイアサン!? 」
ATSの倉庫に保管されている古い書物で見たことがある。図鑑にも乗っておらず、その姿を見たものは生きていないとされ、伝承にも近い存在の大型アビス。
リヴァイアサンの居る場所には雨が降り注ぎ、怒りと共に津波が押し寄せてくると書物には書いてあった。
「リヴァイアサン!?本当に実在したとはね。revoluciónの時に一度だけ耳にしたことがある名前のアビスだ。 」
リアンはギルと夜十の後ろでマジマジとリヴァイアサンの姿を目に捉えていた。ありえない巨大さ、そして強大な魔力。
降り注ぐ雨がリヴァイアサンのせいだったとは、その思考には辿り着かなかった。
「夜十、ギルさん……!下がるッス!体全体に巨大な魔力が圧縮されたッス!何か強い攻撃を!燈火さん、防御魔法を展開して欲しいッス!! 」
帳は持ち前の察知能力でリヴァイアサンの体内に流れる魔力の流れを感知し、的確な指示を全員に促した。
「黒さんの回復終わりました!防御魔法の展開、了解です!《焔よ、大切なモノを護り、燈は導となりて、火炎は継、熱は加護を!炎焔の星》! 」
燈火の詠唱が終わると同時に真っ赤な炎が綺麗な球体へと変化し、煌々と輝く。
朝日奈家に代々伝わる防御魔法の一つだ、自身の炎を具現化し、防御力の高い球体を生み出せる。
回復魔法と防御魔法の二連続使用、かなり魔力を浪費するのは必然。以前の彼女なら、足元がふらついて倒れてしまっただろう。
だが、今は違う。二連続でも三連続でも倒れることは愚か、しっかりと意識を保って戦えるようになった。
「夜十、ギルさん、リアンさん!今です! 」
燈火の強い声音と共に三人は《炎焔の星》の中へ入った。防御魔法の中は優しい熱に包まれている。心地の良い、彼女の性格がにじみ出たような優しい熱。
「燈火、強くなったな! 」
「……っ!」
いつも言われている事だけど、なぜかこの時はいつも以上に嬉しかった。
「何言ってんの!当たり前じゃない! 」
燈火は顔を真っ赤にして嬉しそうに答えた。
「よし!俺達で倒そう!あの生きる伝承、大型アビスのリヴァイアサンに!! 」
夜十の意気込みで全員の士気が高まった。
相手は伝承レベル、大した情報もない。弱点さえ分からないが、立ち向かわずに屠られるだけの一途を辿る選択肢はない。
「ガァァァァァァァァ!!! 」
リヴァイアサンの口元に凄まじい魔力が圧縮された青い光が溜まり始めた。光は時間が経つにつれて、球体へと変化する。
「アレ、確実にやばいやつじゃない? 」
「燈火の防御魔法なら何とかなる!全力で耐え凌ぐんだ! 」
上空で展開されている強大な魔力の塊に動揺を隠せない。それでも、燈火の防御魔法なら大丈夫だと、少なくとも冴島隊の全員は燈火を信じると心に決めた。ギルとリアンは不安そうに上空を見ていた。
「リアン、お前の魔法でどうにかならないのかよ! 」
「……そんなにポンポンポンポン使って良い魔法じゃないんだよ、これは!世界の理をも動かせる魔法だからね。 」
「理でもアビスでも良いから動かしてくれよ!仲間の為だろ?! 」
ギルの必死の呼びかけに対して、リアンは横に首を振った。
「確かに仲間の為なら私は容赦なく魔法を使うまでさ。でもね?あの球体如きじゃ、この防御魔法は破られない。そんな気がするんだ! 」
リアンはキッパリ言ってのけた。燈火の魔法師としての実力を見誤ってるわけでも、下に見ているわけでもない。単純に、リヴァイアサンの魔力の高さが異常だとしている。
「ここは少し、私の腕の見せ所かな。私はあの程度の魔力の塊、平気だからね! 」
リアンはギルを突き飛ばして、《炎焔の星》の中へと押し込んだ。あくまで一人で戦うのだと決意をして。
「一人でッ!?それはあまりにも!俺も行く!! 」
夜十が《炎焔の星》の外へ出ようと、足に力を込めたタイミングでギルは腕を大きく広げ、行手を遮った。
「よせ、夜十!リアンなら大丈夫だ!アイツの魔法は、使いようでは何だって出来る! 」
「何だって出来る?どういうことだよ! 」
「言葉で言い表せるような力じゃねえ!言ったとしても、到底理解のしようがねえんだ!要は、あの攻撃に耐えることなんざ、朝飯前ってことよ!」
ギルの必死さに圧倒され、夜十は足の力を抜いてリアンの決意を見届けることを決めた。
それでも、ギルの言う"言い表せないほどの力"とは何だ?
「大きい身体だね。私の声なんか、リヴァイアサンである君に届かないよね。」
「ガァァァァァァァァ!!! 」
彼女の声はリヴァイアサンには届いていない。リヴァイアサンは大きな咆哮を上げ、青い光の球体をリアンへ向けて放った。
凄まじい魔力の集合体、あんなものを直撃すれば街であれば崩壊、人間であれば消滅してしまうだろう。
「こんなにも凄い攻撃なら私の前で勝手に消滅するなんてことはあり得ないかな。 」
リアンはたったこれだけの事を声音としてリヴァイアサンへ捧げた。一文にすれば、かなり短い言葉だ。その他に何かをする素振りも構えも見せない。
「リアンさん!!危ない!逃げてください! 」
やっぱり、たった一人であの魔法を食い止めることなんか出来なかったんだ!夜十が足に力を込めた瞬間、右頬に強い衝撃を喰らい、地面に叩きつけられた。
「何すんだよ!ギル! 」
「大丈夫だって言っただろうが!余計な手助けは返って足手纏いなんだよ! 」
「何だとこの野郎!!あんなのマトモに食らったらただじゃ済まねえよ!仲間だろうが! 」
夜十は空からリアンへ真っ直ぐに落ちていく青い光の球体を指さした。
「俺の《追憶の模倣》なら、止められる魔法があるんだ! 」
「要らねえんだよ、そういうの。お前の魔力が尽きる尽きないの話じゃねえ!今はただ、リアンを信じやがれ!馬鹿野郎! 」
ギルの一喝で我に返ったように、憤りで暴走しそうになっていた夜十は呟いた。
「リアンさんを信じる……か。確かに俺はまだ信じきれてないかもしれない。他の組織の人達のことを。 」
「同盟って言ったって俺達は協力関係。家族になろうとか仲間になろうとかそういうお遊びでやってるわけじゃねえからな、当然だ。それでも、アイツは大丈夫だ。 」
「そっか……。分かったよ。でも、リアンさんにもしものことがありそうだったら、次は止めないでくれよ! 」
夜十は昂った魔力を抑えて、その場に腰を下ろした。
「当たり前だ。そん時はお前よりも先に俺が出る。アイツは俺らにとっての……」
ギルはそれ以上、語らなかった。真っ直ぐに彼女の背中を細い目で見つめ、ニッコリと口を歪めたのだった。




