第百七十五話 心強い増援
「お前の先祖、シンから貰い受けた力……か。 」
「ああ、俺だって今でも信じられないくらいだ。そんな力が俺に備わったなんて……」
掌を見つめ続ける夜十を傍らに、黒の右手付近は禍々しい黒色の煙幕が立ち込める。左手を煙幕の中へ突っ込むと、自分の身体よりも巨大な大剣が現れた。刀身には紫色の宝珠が埋め込まれ、禍々しさを増幅させている。
「黒? 」
「魔術師との勝負は遅くもねえからな。夜十、俺と戦え!その力、慣れた方がいいだろ? 」
大剣を握っている両手の腕の関節まで黒い影がアザのように刻まれている。
黒はどうやら、かなりやる気のようだ。
「……はぁ、黒は血の気が多すぎるよ。平和派の戦闘狂じゃ俺でも止められないか。 」
「で……?やるのか、やらないのか? 」
「分かった、やるーー」
「ーー何言ってんの馬鹿じゃないの!?今起き上がったばっかりでしょ!! 」
戦闘開始直前!のヒリついた雰囲気は、たった一喝で消滅してしまった。
燈火は顔を真っ赤にして二人へ怒鳴る。
「そんなに戦いたいならやればいいわ!でも、拠点に戻ってからよ!まだ敵の本拠地でしょうが! 」
「ちぇーっ……。炎姫のお怒りとあらば、仕方ないか。 」
黒の手から大剣が滑り落ちるように空気と同化して消滅した。
「そう言えば、夜十。お前の二つ名ってどうなったんだよ。新島さんが悩みに悩んだって話だったけどよ。 」
「ああ、正式に貰ったよ。そう言えば、最近忙しくて公表出来て無かったな。 」
「え!?やっと貰えたの!?やったね!! 」
燈火は目をキラキラさせて喜びを露わにした。
まるで自分が貰った時のような喜び様だ。
「うん、自分で言うのは少し照れ臭いんだけど……《記憶の剣聖》。意味は記憶の剣聖。……どうかな? 」
「《記憶の剣聖》!?夜十らしい良い二つ名だね!流石、新島さん!! 」
「お前らしい良い名前じゃねえか!剣聖の名前を貰い受けた以上、誇りを持てよー! 」
黒と燈火の感激具合に少しだけ鼻を鳴らす。やったね!と言わんばかりだった。
「うん、ありがとう!本当良かったよ! 」
夜十は親指をクイッと立て、満面の笑みを浮かべた。
「ふーん、記憶の剣聖ねえ。そんなに凄い名前をあげちゃっても良いんかよ。これだから日本は甘いって言われるんだよなァ! 」
コツコツと硬い靴底がコンクリートの地面を叩く音が二人分聞こえ始めた。一人はぶっきらぼうに歩き、もう一人は落ち着いた雰囲気で冷静に歩いている。夜十は僅かに感じる足音のみで敵のタイプを把握した。それに二人とも、聞き覚えのある足音だ。
「増援で来てくださったんですか?リアンさん! 」
「おやおや、顔を見る前に私だと分かるなんて流石だなぁ。夜十君は! 」
建物の影から現れたのは綺麗なオレンジ色のサラサラとした髪、雪のように真っ白い肌の少女、familiarのボス、リアンだった。
「……って!俺様を無視かテメェ!! 」
「アレ、ギルも居たの?気がつかなかったよ、影薄いんだな。ぷぷぷっ! 」
リアンの背後からか、ギルは怒りを露わにして夜十の目の前に現れた。
「テメェ……!今すぐ消してやろうか!あァん"? 」
「あはははは!ギル、私との約束忘れちゃったのかな? 」
夜十の舐めている態度に啖呵を切ったギルだったが、リアンの介入に寄ってか、不満そうに殺気を取り消した。
「今のは少しのジョークだろう?あんなもので一々キレていて、君は何人の人間を殺してしまうつもりなんだい? 」
「チッ、今日はリアンに免じて許してやる。 」
リアンに指摘され、自分が此処に来た本当の理由を思い出し、ギルは口を開いた。
「てかよ、増援に来てやったんだ。敵の姿が見えねえが、敵はどこだ? 」
「ロゼってやつなら、俺が倒したよ。厳密には俺じゃないけど……まあ、倒した! 」
夜十の言葉にギルとリアンは驚愕し、思わず目を見開き、話を続ける。
「ロゼ……ってあの?!ロゼか!? 」
ギルは夜十の両肩を掴み、首がグラグラと揺れるくらい強く揺さぶる。それ程、驚きを隠せないといった表情だった。
「ちょっ……酔う!!酔うからやめろ! 」
「あっ、悪りィ悪りィ! 」
「……ギル、急にどうしたんだよ! 」
明らかに動揺しているのか、ハッと思い出したように両肩から手を離し、二人が驚愕している理由をゆっくりと話し始めた。
「よく聞け……!お前が倒したっていうロゼって魔術師は、四魔術師の一人なんだ! 」
「四魔術師?ってなんだ? 」
「はぁ?!魔法師やってんのに、四魔術師のことも知らねえのかよ! 」
ギルは"こんな常識的なことを"と続けて話す様に、続いてリアンが口を開いた。
「知らなくても無理はないよ。日本は魔術師との接触ってのはそんなに多くない。寧ろ、アビス特化な国だ。魔術師特化の私達とは訳が違う! 」
「……そうだったな。平和な国だぜ、羨ましいとさえ思う限りだ! 」
何か思うところがあるのか、ギルは普段見せないような優しい表情で下を俯いた。
「四魔術師ってのはね!簡単に言うと、西部の……ゴホン!すまない、発作が出てしまった! 」
咄嗟の咳払いで自分の人格の変化を抑えた。今咳払いで抑え込まなければ、キャピキャピタイプの明るいリアンになってしまっていたところだった。
「人格変化も少しずつ良くなってるみたいですね!本当に良かったです! 」
「まあね。でも、気を抜くと発作が止まらなくなってしまうんだよ。familiarでボスをやることになった以上、締まりのない声音を部下たちに聞かせるわけにはいかないのにね。 」
リアンは無限に人格を瞬時に生み出してしまう病気にかかっていたが、最近では自身の魔法による付与効果で鎮静化させていた。
「また話が逸れてしまった……!すまないね。それで四魔術師の説明だったね。四魔術師とは、魔術師の住む中央都市を軸として東西南北を収めている魔術師のことだよ。 」
「東西南北……? 」
夜十は戦いの中でロゼが自分を西の魔術師だと公言しているのを、ふと思い出した。
それに、イグニスと同格レベルの魔術師だということ、自分とイグニスの他に二人の同格な魔術師が居ることも。
「そう。ロゼは西の魔術師、《金剛の魔女》の名前で有名な魔術師だよ。 」
「ロゼは弱点のない魔術師としても有名でな。魔術師の弱点は首。切断出来れば、奴等は再生出来ない。だが、ロゼは首を斬る手段さえ与えさせない魔術師……! 」
確かに首を狙った攻撃は全て無効化された。
それでも、無効化の手段は魔術師なら魔力で行うしか術はない。
ならば、今の"俺"は魔術師に敵は居ない。
夜十は自分以外の全員を守る術を見つけたことに改めて気がつき、笑みが溢れた。
「どうした?何か面白いことでもあったか? 」
「魔術師ってのは俺一人の力だけじゃ到底敵わないと思ってたけど、仲間と協力してくれる心強い味方の力があれば倒せない事はないんだなって思ってさ! 」
「ふっ、当たり前だろ!そうじゃなきゃ、俺らみたいな対魔術師専門の魔法師は居ねえよ。 」
ギルは鼻を鳴らして得意げに言った。
「ところで、加勢の連絡は光明さん? 」
「ああ、俺とボスが偶々この近くで任務だったからな。お宅の指令が得意とする察知能力の範囲内だったんだろ。連絡きたんだ。 」
「改めてありがとう!リアンさんとギル! 」
「チッ……やめろよ。お前から礼とか要らねえよ!ま、まあ……どういたしまして。 」
顔を真っ赤にしてギルは夜十から目を逸らした。普段から家族以外の人物からのお礼を言われ慣れていないせいなのか、余計に心に刺さった。かつての敵ということも関係しているかもしれない。
「えーっと、夜十君達はこの地域に何の目的があって来たの? 」
リアンは素朴な疑問を夜十へぶつける。
この辺の地域は魔術師からの地域占領が相次いでいる地域でもある為、魔術師やアビスの遭遇率が極めて高い。そこに夜十達が居ると光明から聞いた時には嫌な予感がした。
案の定だったが、退けたことに奇跡さえ感じた程だ。
「手短に話すと、ATSの輝夜隊に所属していた浅沼さんという方がこの近くで遺体として発見されたんです。 」
「この近くで遺体?って事はまさか……!?上限回数が0の状態で見つかったとか?! 」
「……っ!!何故そのことを知ってるんですか!何かこの件に関して知ってーー」
夜十の言葉を遮るようにリアンは声音を大きく上げた。
「私達の部下や一般市民も何人か、上限回数が0の状態で見つかっていてね。暫く、拠点を離れてギルと二人で調査任務に当たっていたんだ。 」
「そうだったんですか!!それで、調査で何か分かったことはありますか!? 」
僅かながらの希望の光が見えたかのような期待の眼差しを他所に、リアンとギルは残念そうな表情で俯き、首を横に振った。
「……一週間以上、この辺りを調査しているが大した成果は得られてないよ。強いて言うなら、この近くには凄まじい魔力を持った住人が住む街がいくつかある事だ。 」
「凄まじい魔力を持った住人……ですか? 」
首を横に傾けて疑問を浮かべた。
凄まじい魔力を持った住人?少しだけ心当たりがあった。シンに殺された少年、あの少年からは結構な魔力を感じた。
ならば、他の住人はどうだろうか。
「リアンさん、その幾つかの街にこの街は含まれていますか? 」
「ああ、勿論含まれているよ。此処は特に高くてね。西の魔術師が居たことを考えれば当たり前なんだけど、それでも不自然に思えるくらいには強大なんだ。 」
夜十を含めた冴島隊と合流したギルとリアンの7人はこの街に隠された秘密をこの時はまだ知る由も無かったのだった。




