第百七十四話 託された力
「お前、何なんだよ!!急に人の身体使って、少年にまで手を出して! 」
シンが部屋へ戻ると、興奮状態の夜十に胸ぐらを掴まれて壁に叩きつけられた。本棚からは漫画や本が崩れ落ちる。
「何も知らないガキが調子に乗るんじゃねえ!俺が止めなきゃ、仲間は死んでたぞ! 」
「俺一人でも勝てた相手だったんだよ!俺の先祖だか、シンだか知らねえが邪魔だ! 」
「仲間を守ってきたというお前のプライドは時として邪魔となるか。 」
「……あぁ"? 」
威圧的な態度で夜十は吠える。そんな彼を前にシンは真剣な表情で怒鳴った。
「あの少年の手の構え、両手を結んだ動きは自爆魔法の構えだ!あの時、俺が少年を倒していなければお前もお前の仲間も木っ端微塵だった! 」
「……は?自爆魔法? 」
「お前なら救えたか?魔法に対する知識すら乏しいお前にッ!! 」
シンは夜十の腕を掴み、引き剥がそうと力を入れる。
「その程度の知識で魔術師と渡り歩こうなんざ、無謀が過ぎるぞ! 」
「なら、どうしたらいいんだよ!俺は何の知識もねえッ!未知の敵に勝つには!! 」
夜十は掴んだ胸倉を離し、辛そうに下を俯きながら口を開いた。
ロゼとの勝負で感じた自分と相手の大きな差。あの差を埋めるためには、今の自分ではダメだ。勝機も伺えなかった。
「そうだろうと思ったからな、俺がお前をこの部屋に招待したんだ。 」
「……どういうこと? 」
「俺の力、見たか? 」
シンは掌を開いては閉じてを繰り返す。
「アレが力というのなら、見たよ。魔法破棄に高速移動ってとこかな? 」
シンはニコッと笑って首を振った。
魔法破棄と高速移動じゃない?じゃあ、何だっていうんだ?疑問が頭をよぎった。
「俺はそんな技法染みた真似はしてない。ただ、この"眼"で見ただけだ。 」
シンは自分の真っ黒な瞳を指して言った。
夜十はシンの瞳を凝視するが、特に何も違和感はない。目立った事といえば、頬から唇にかけてまでの大きな古傷があるくらいだ。
「まさか……? 」
何かを思いついたように夜十は、片手を突き出して武器生成を試みる。自分自身の推理が正しければ、この武器生成はーー
普通なら夜十の掌から溢れ出る魔力で黒い刀が具現化されるはずなのに、剣は愚か、魔力さえ微動だにしなかった。
ーー出来ない。
夜十の推理通り、シンの指差す瞳を前にして魔法を使用することが出来なくなっていた。
そんなはずはない、魔法使用が出来ないなんて、どんな魔法だ?封印魔法?
夜十の頭は疑問でいっぱいに。そんな中、シンは夜十の心中を読んでいるのか、自慢げにニコッと笑った。
「俺の魔法は《天使の眼》。魔法を消すというよりは、俺の眼前で使用される魔法を全て相殺する魔法だ。 」
「眼前ってことは対象は……! 」
「その通り、目の前で行われる全ての魔法だ。例外はない。 」
自分が今までで一度も見たことのない魔法を戦闘の中で知れたことは何度もあった。だがしかし、魔法そのものを相殺する魔法など聞いたことはない。
当然、にわかには信じがたいことだった。
「そこでだ、この魔法をお前にやるよ。 」
「えっ……でも、そうしたらシン、さんはどうなるの?! 」
シンは額を掌で覆って俯き、首を振った。
「……俺がお前の身体の中に居られるのは、誓約があるからだ。 」
「……誓約って何の? 」
「俺の子孫が未来で魔術師と戦うことになったら、この力を授ける……だ。 」
シンは満足そうに満面の笑みを浮かべた。
本当に良かったと、心の中では安堵しているようにも思える。
「この力で魔術師を根絶やしにしてくれ。これは俺の最初で最後のお願いだ。夜十、お前なら出来るはずだ。やってみせろ!! 」
「シンさん、貴方の想いは絶対に繋げます。もう二度と目の前で大切な人を失わせない。俺の信念は決して折れない!だから、安心してください!絶対にやり遂げてみせます!! 」
夜十は空気を切り裂くような大きな声音で、自分の先祖であるシンを前に決意を表明した。その表明に安堵したのか、シンは満面の笑みを途絶えさせることなく、白い光に包まれ始めーー、
「俺の決意、何処かで見ていてください! 」
ーー夜十の声音が消え、部屋が静寂に包まれる頃には消滅していた。
シンの消滅とほぼ同時か、夜十の意識も何処か真っ暗な場所へ吸い込まれて行ったのだった。
恐る恐る目蓋を開くと、夜十はひんやりとした硬い地面の感覚を背中に感じた。
「あっ……目ェ覚めたか!! 」
ぼんやりとだが黒の顔が見え、首をコクリと曲げた。
「燈火!夜十がお目覚めだぞ!! 」
「……っ!!夜十ぉぉおおおおお!! 」
燈火は目が覚めた夜十を見るなり、胸中に飛び込んできた。燈火の目は涙を流しすぎたせいなのか、真っ赤に腫れ上がっている。
そうか、自分は魔術師を倒した後にすぐに気を失ったことになっているのか。夜十は、ポンと頭の上に手を置いて優しく呟いた。
「心配かけてごめんな。もう大丈夫だから……」
「うわぁぁぁぁん!もうダメなのかと思ったぁぁああああ!! 」
「ごめんな、ごめんな。俺は大丈夫だよ。 」
必死に頭を撫でて慰める。燈火を撫でている傍ら、黒は夜十へ問いかけた。
「今聞くことじゃねえかもしれねえが、気になってよ。……さっきのは何だ? 」
「うん、疑問が残る気持ちは分かるよ。ただ、どう説明したらいいのかな……」
夜十は燈火の頭を撫でるのを止め、顎に手を当てて考え始めた。
皆に分かりやすく伝える方法を。文法を。
「んー……どう言うべきか。 」
「そんなに悩むことか?お前の説明なんて毎回意味不明なんだから、直球で言ったらいいだろうがッ! 」
黒は呆れ気味な表情で口を開く。確かに、上手く話せたことはないけど直球!?やむを得ないか。
「分かった、話すよ。俺に託された未来の為の力の話をね。 」




