第百七十一話 西の魔術師 ロゼ
「………はぁぁぁあああああああ!!! 」
瞳が金色に光り輝き、夜十は軍服の女性の魔法を振り解こうと叫び声を上げる。血管が浮き出る程、全身の筋肉に力を与えた。
突然の夜十の行いに軍服の女性は一瞬驚いた表情を見せるーーが、その直ぐ後に嘲笑の笑みを浮かべる。
「君さぁ、無闇に力を出せば助かるなんて思ってないよね? 」
彼女の魔法による呪縛が切れないのだ。夜十は顔を赤らめ、ゼェゼェと息を切らしている。
「《未完成》との戦争勃発の狼煙を上げるのは私になるとはね。これは、アグニスに怒られてしまうかもっ!はははっ! 」
そう言って彼女は目を瞑り、瞼を右手の親指と人差し指で押さえるように触った。
「……《第一の瞳》! 」
次に彼女が目を見開いた瞬間、彼女の視線の先に夜十の瞳があり、不意をつかれてしまった夜十と紫色の眼光を放つ彼女の"目は合ってしまった"。
見る見るうちに夜十の全身は灰色に染まり、動かすことさえままならなくなる。息苦しいという感情よりも先に意識が停止した。
側から見れば、一寸の刻が過ぎる頃には生身だった夜十の身体はあっという間に石化し、動かなくなってしまう光景が広がった。
「へっ、大したことないね。《未完成》なんて所詮そんなものでしょ! 」
石化した夜十へ嘲笑の笑みを浮かべ、彼女は尚も汚れた靴で夜十の頬を踏みにじり続ける。
ーーだが、檻に囚われた燈火達は泣き喚きもせずに、ぼーっと一点だけを見つめ続けた。
「何余裕かましてんの?次はおまっーー」
ゴキリと重く大きな乾いた音がして、彼女の視点はグルリと回転した。
「えっ……!? 」
驚愕した声音と共に彼女の表情は強張った。自分の視点が回転?痛みさえ感じるが、死に至る程のレベルではない。だがしかし、重要なのはそこではなかった。
自分に誰かが攻撃を仕掛けられるはずもないこの状況下の中で、一体どうやって?
アタフタと慌てふためく彼女が思考していたことは、ほんの数秒で表立つ。
「……アビスでも即死なんだけど、やっぱり魔術師は違うか。 」
そこには石化し、彼女に足蹴にされていたはずの夜十が立っていた。愛剣を肩に乗せ、目の前の魔術師へ怒りの宿る瞳をぶつける。
「首を折られたのは二回目だけど、まだ慣れないね。……それで、お前はどうして生きてるの? 」
「その問いに答える義務はない! 」
持っていた剣を振り下ろし、首への致命傷を狙う。それでも、余裕気にガードも固めない相手へ警戒心を解くことは出来なかった。
ーー甲高い金属音が周囲に響く。
確実に首の頸動脈を狙ったはず。なのに、どうしてだ?コイツは何故!?
「あらら、私を誰と勘違いしてんの?ただの魔術師とでも思った? 」
余裕気に彼女は笑った。
夜十の額に冷や汗が走る。それもそのはず、夜十の剣は狙った箇所を確実に射止めた。だが、彼女は首だけで剣を弾いたのだ。
「ただの魔術師じゃなかったら何なんだよ! 」
身体を反り上げ、相手との距離を確実に取る。弾かれた際に攻撃されなかったのは、彼女の手加減なのだろう。今の一瞬の隙で夜十は何十回と殺されるパターンを予測した。
「まー、いっか。その内分かることだからね。私は西の魔術師、ロゼ。因みにアグニスは東で他にも同じ身分は二人、私に勝ちたいなら《未完成》じゃ一生無理ね。 」
アグニスと同格?そもそも、魔術師の内部構成など知るわけがない。
「何?そんな風に見えないって言ってるの? 」
「別に何も言ってないだろ!魔術師の内部構成なんか知らねえんだよ! 」
「確かに!知らないのは当たり前か!でも、これだけは分かるでしょ?私は全力を出した君の力よりも遥かに上ってことくらい! 」
ロゼは地面に手を伏せ、可愛げのある顔を歪めて、夜十を睨みつけた。
「……そんなの、やってみなきゃ分からねえよ! 」
「最初から分かりきってることじゃん!君から強い匂いがしないからね。まだ、そこに居るピンク髪の子の方が感じるよ! 」
燈火を指差してロゼは夜十を嘲笑する。この時、ロゼは心の中で楽しげに唱えていた。これは挑発、乗って仕舞えばいい。乗ったとしても、それは君のせいじゃない。プライドを侮辱されたことによる怒り、嫉妬、憎しみの魂が身体を超え、自分では制御出来ない化け物に変わる。だから、怒れ!と。
「……ふっ、そんなことお前に言われなくても分かってるよ。だから、どうしたってんだ? 」
夜十は真剣な瞳でロゼを睨みつけ、構え直す。そんな挑発、乗ったところで何も変わらない。それに、俺が燈火よりも才能がなく、弱いことくらい分かっている。
「食えない男ね。つまらないよ。……なら、もう後は死ぬしかないんじゃない? 」
ロゼは退屈そうにしてイラついたのか、地面を蹴って、夜十の間合いへ迫る。速度は大したことない、今の構えの中でなら順応に対応出来るような速度だ。
「……返答次第では楽しもうと思ったけど、予想以上につまらなかったよ。本来の目的なんてどうでも良かったけど、私も魔の子。 」
強く握りしめた拳を右左と交互に高速で繰り出すロゼ。アグニスと同格というのには少し難しいのでは?と思うような隙だらけの単調な攻撃方法。
「《魔術、金剛覇王拳》! 」
スルリとすり抜けるかのようにロゼの拳を交わすと、しゃがんで剣を腹部へ抜き去った。
ーー手応えナシ。斬ったような感覚は無く、有るのは弾かれた結果に掌に伝わる痺れ。
先程、彼女の頸動脈を狙った時と同じだ。
「動きが早くても、私に剣は届かない。それって不毛だよね?ならさ、さっさと死になよ。シンの末裔……冴島夜十ぉぉおおお! 」
ロゼは再び地面を蹴っては加速、夜十へ向かって拳を、猛威を振るうのだった。




