第百七十話 潜入開始!
空は暗転し、黒い雲に姿を隠されている。まだ昼間だというのに太陽は見えず、街の中の建物は朽ち果て、人々に活気も見えなかった。歓迎されている様子もなく、寧ろ、邪険にされているように感じる。
「……なんか全体的に暗くないか?この街。 」
冴島隊は新島に指定された街、アグロへ来ていた。空も建物もアグロの敷地内に足を踏み入れた瞬間に暗く感じた気がする。
"新島には民間人にも注意が必要"と、釘を刺されていたが何となく理解出来る環境だ。
「あの、すみません!お尋ねしたいことがあります。宜しいでしょうか? 」
入り口から直ぐの路上で座り込んでいる男性の目線になって、夜十は歩み寄るように話しかけた。すると男性は物凄い憎悪が篭ったかのような鋭い瞳で夜十を睨みつける。
「あの……っ、どうかしましたか? 」
「……余所者、悪い事は言わない。この街はお前らが来る場所じゃない。 」
声を荒げるわけでもなく、"忠告"の篭った声音は夜十の胸に突き刺さった。周囲を見回すと、街中の人達が冴島隊を睨みつけている。この状況は異常だ、もしかしたら今回の任務の重要参考人は住民かもしれない。
「帰れと言っているんだ!お前らが来ていい場所じゃない!あの方々が気づかれたら……! 」
男は中々引き下がらない冴島隊に痺れを切らし、焦ったような声音で怒鳴った。
「早く!早く……! 」
地面に頭を強く叩きつけ、土下座までする始末だ。あの方々?誰のことだろうか?
「分かりました。出直してきます……」
「もう二度と来ないでくれ! 」
住民達の怒声を背に冴島隊は街を後にした。住民に追い出されてしまわれては仕方ないと、街の付近にある森の中で作戦会議を開く。任務である以上、簡単には引き下がれない。それに、何かあるはずだ。
あの住民の様子、確かに何かに怯え、恐怖で心が支配されているようだった。
つまり、"あの方々"と呼ばれていた何かが暗躍し、住民を恐怖に貶めている?
あくまで仮定だが、可能性はなきにしもあらずだ。
「夜十、これからどうするのよ。 」
燈火が心配そうな表情で夜十に声をかけた。
どうするかとは、どうやって中に入り、住民達の恐怖の原因を知るか、だ。それよりも夜十は街に入った時に気になったことがある。
それは、
「街の住民、魔力が殆ど無かった気がする。少なくとも上限回数は二桁、三桁あるような魔力量では無かったよ。 」
「流石、夜十だな。それについては俺も感じた……斬り甲斐がなさそうな連中だとな。 」
黒は悲しげな表情で声を上げた。
本当に悲しそう、流石は戦闘狂だ。
「……ねえ、お兄さん達こんなところで何してるの? 」
ふと後ろを振り向くと、黒い髪の少年が立っていた。少年というよりは青年か?
身長は150cm前後っぽく、茶色いローブを着ている。
「えっ……いや、えへへ。それよりも君はどこの子かな? 」
夜十は愛想笑いで話を逸らした。
「僕はあの街に住んでるよ。君達は? 」
「そうなんだ。俺達は少しだけ遠いところからだよ。あっ!あの街に住んでるならさ! 」
「うん、何? 」
子供なら何かしらの事情は知っているかもしれない。あの街の現状を。
「君の住んでる街で"あの方々"って呼ばれてる人って分かる? 」
「…………え?ああっと、分かんないや。 」
少年は少しだけ動揺した様子で目を逸らした。
「ごめんね、今のは忘れてくれたら大丈夫だから!それじゃ、俺ら行くね! 」
そう言って夜十達は少年へ背を向けて歩き始める。今の反応、完全に何か知っているような反応だった。知らなければ、視線を逸らすようなことはないだろうから。
ーー甲高い音が周囲に響く。
それは頭を劈き、耳の奥を直接刺激するような酷い音だった。全身が麻痺し、夜十は思わず地面に膝を突いた。
「……なっ!? 」
周りからはドサっと重い音が連続して聞こえ、そのほぼ同時か数秒後に夜十は気を失ってしまった。
「えっ、お兄さん達!?お兄さん!! 」
遠くから先程の少年の焦った声音が聞こえてきた気がしたが、返答することは出来なかった。
「……きろ!起きろ!起きろッ!! 」
目を覚ますと、全身に激痛が走った。
特に腹部や胸部が重点的に酷く、目の前には鞘にしまわれた刀を持った、綺麗な金色の短い髪がクルクルと天然パーマが掛かった女性が怒声を上げている様子が目に映る。
女性は、迷彩柄の軍服に黒いブーツ、黒い手袋を付けており、服の上からでも常人の筋肉量でないことくらいは理解が出来た。
「ようやく起きたか!お前、どんだけお寝坊なんだよ?お前のお仲間は彼処でお前が痛めつけられている様子を泣き叫んでんのによ! 」
怒声と同時に軍服の女性の鋭い蹴りが腹部に突き刺さり、夜十は数メートル先に吹っ飛ばされた。
「ぐあっ……!! 」
「もうこれ以上はッ……!!私が代わりになるから!夜十が死んじゃう!! 」
燈火の悲痛な涙声が聞こえる。このままではいられない。今の状況が全く飲み込めないが、ことを治めてからでも話は出来るだろう。夜十は立ち上がろうと足に力を込める。
ーーだが、夜十の思い通りに立ち上がることは出来なかった。
「……フッ、お前さ。今の状況分かってないようだね? 」
夜十の顔に軍服の女性の靴底が押し付けられる。少しずつ足に力が込められ、地面と接触している顔に痛みが走った。
「なっ……な、何で立ち上が、れ……」
「お前は今、私の魔法に縛られてんだよ。お前如き《未完成》が解けるような仕様じゃねえんだよバーカ! 」
夜十は自分を踏みつけにしている女性の正体に気がつくと、体に電撃が走ったような感覚に陥った。まさか、魔術師か!?だとしても何故、ここで魔術師なんだ?!
何故、自分は魔術師に囚われている?!
ギリギリと走る頬の痛みを他所に、夜十は冷や汗を掻くぐらいに焦り始めた。このままでは、確実に全員殺されるだろう。
戦争までの時間も残り少なく、今の状況からすれば金髪の女性魔術師は間違いなく冴島隊を見せしめに殺す。
それは、きっとバカでも理解できる。
「クッ……ソ!許さね……ェ!! 」
夜十は軍服の女性を靴底越しに睨みつけ、瞳を閉じた。強い怒りと憎しみ、今この状況など全く理解出来ない。起きたら、魔術師に囚われていて、全身激痛。
ーーだったとて、なんだ?今、俺に出来る最善はなんだ?仲間を殺させない為に……。
"二度と目の前で人を失わない"為に!
閉じた瞳が見開かれた瞬間、夜十の瞳は金色に光り輝いた。訳も分からない、だとしてもこの状況を打破する為には戦うしかない!!




