第百六十八話 孤独の光帝 ②
「敵の数は五体……俺の光はあんな奴の風魔法なんざ使わんくても察知出来んねん! 」
輝夜は自分の限界の範囲内の光を経由することで敵の位置や音を感じ取ることが出来る。
「……グルル、ガルル……」
奇妙な唸り声を上げ、猛獣型の小型アビスは周囲を徘徊している。何かを待っているような、そんな気もした。
「……《速度は礎、一度の禁を解き、重きを知らせ。光輝石火》! 」
輝夜の身体は金色に火照り、眩く光る高密度の集合体へと変化する。
「ガルル、ガルル!!ガァァァ!! 」
あまりの輝きに小型アビス達が鳴き喚く。
彼らは何も見えていないからだ、眩さで何も見えない先にあるのは恐怖。煙幕の中、四方八方から銃撃をされそうになるような。
「すぐ楽になんねんから、そんなに喚くんやないわ! 」
地面を蹴って、一瞬で加速。両手に顕現した二刀の光の剣は順序よく小型アビスの頭を削ぎ落とす。
五体目の首を削ぎ終わり、目標を達成すると、輝夜の身体の火照りは消滅した。
目の前に転がっているのは猛獣の頭部を失った五つの胴体。
「す、凄い……今の一瞬で小さい五つの魔力反応が消えたよ。輝夜君がやってくれたみたいだ! 」
「だが、俺らが確認したのはそれだけじゃねェからなァ!! 」
輝夜を除く鏡隊のメンバーは、輝夜のいる場所の丁度真上のビルから様子を伺う。
というのも、東條の記した地図には確かに小型アビスが五体の反応しかなかった。だがそれは、輝夜が飛び出していく前の出来事に過ぎない。輝夜が何処かへ行った後、小型アビスが一同に待機する奥の方で何か強大な力が見え隠れしては消えるを繰り返していた。
「今回の任務はコレで終わりのはずなんだけどね。東條君の魔法でも察知した通り、何か嫌な予感がするんだよ。 」
「鏡さんの予感ってのはいつも当たっちまうんだよなァ! 」
「ははは、東條君。いつもは言い過ぎだよ。いつも当たっていたら、趣味の方で負けることはないはずなんだけどね。君が言いたいのは嫌な方のだろう? 」
「へへへ、そうとも言いますよォ! 」
東條は若干苦笑い気味の鏡から目を逸らし、風の地図へ視線を移した。
巨大な魔力の反応がチカチカと点滅し、輝夜の周囲を動き回っている。
「小型アビス五体の反応やない。この凄まじいまでの魔力は……どちらの大型さんで? 」
輝夜は自分の周りをウロウロと動き回る"ナニカ"に気づいていた。気づいてはいても、実体のない相手に攻撃をすることは出来ない。下手に動かず、冷静さを怠ってはいけないからだ。
「……はぁ、問いかけにも応じずやな。それやったら、コッチにも策があるわ! 」
輝夜は飛び上がり、何もない地面へ詠唱を手向ける。
「《知は生、無は何も不生、力へは惨劇を。光明の惨劇》! 」
六つの光の柱が輝夜を囲い、詠唱が完成すると六角形の形に宙へ浮いた。そこから枝木のように派生の光が誕生し、光と光が惨劇への一歩を紡いでいく。
「……今俺が為せる技で最高火力や! 」
輝夜の言葉と共に枝木のように繋がれた光は、一つの巨大な魔法陣を作り出していた。そしてそこから紡がれるのは、強大なまでの魔力が収束した光柱。
その場にあった建物に地面、空気をも焼き切る威力なだけにビルの屋上で様子を窺っていた鏡隊は瞬時に別のビルへと移った。
「何しでかしやがった!あの新人! 」
「自分の周りを動き回る何かへの忠告と牽制の意味での火力技だね。ここまでのを一年目で出せるなんて怖い……」
永浜が冷静に分析していると、東條が不満げな表情を浮かべた。
「……ったく、危ねえなァ!一人で戦ってるわけじゃねえってのによォ! 」
東條達、鏡隊は輝夜の意向を知るべく、観戦を続ける。相手は大型アビス、魔法師がたった一人で倒せる相手ではない。
鏡とて、そんなことは分かりきっている。
だが、今の輝夜には辛辣なくらいが丁度いいと考えた。
「キールルルルルル、ルルルルリリア〜! 」
光魔法の高火力技を喰らったからなのか、分からないが真っ白く巨大な大型アビスが現れた。透き通る白いカーテンのようなヒラヒラとした身体、実態があるのか無いのかさえ分からない程の純白を放っている。
それでいて瞳の色は緋色に染まり、歌のような物を口遊んでいた。
「な、何やこいつ!!図鑑ですら見たことない……! 」
ATSの本部に置かれているアビスの図鑑に一通り、目を通している輝夜は驚愕した。
歌を歌うアビス?聞いたこともない。
「キールルルルルル、キルッキルー♪ 」
甲高い声で紡がれた歌は輝夜の耳に入るや否や、輝夜の意識を簡単に奪う。輝夜はその場で前のめりに倒れた。
「なっ……!?輝夜ァァァアアア!! 」
あまりに一瞬のことで鏡隊は驚きを隠せなかった。真下の大型アビスの放つ甲高い声音、意識をしっかり保っていないと持っていかれそうだった。
「……鏡さん、大型であの強さです。Cで良いですか? 」
「……ああ!あのアビス、見たことも聞いたこともない。ここ最近、新種のアビスの報告情報は無かったんだけどね……。これは骨が入りそうだよ。 」
そう言って輝夜はビルの屋上から真下へ飛び降りた。
永浜は掌に魔力を込め、自身の魔力で顕現した指揮棒と地図を手に取る。地図は大型アビスの位置と敵の攻撃範囲から、味方の位置までがしっかりと記されている。
「……さあ、正々堂々と勝負を始めよう。ウチの隊員を返してもらおうかッ! 」
鏡隊はその場から永浜を残して全員動き出した。ビルの屋上から飛び降り、東條が顕現した風の刃でアビスの頭上へ振り下ろす。
手応えは無し、実態が無いのだろうか。
だとしても、攻撃はやめない。東條は直ぐにその場を離れ、ツインテールの少女と入れ替わった。瞬時に双剣の剣舞がアビスを切り刻む。これを何度も連続で行い、敵の弱点を見極めるのだ。
「全然手応えがねェッ!! 」
「永浜ちゃん、Cじゃ無理かもッ!! 」
ビルの屋上で指揮棒を片手に地図を見つめる永浜は困り果てていた。
ここまでの攻撃的な連携で敵に傷ひとつ付けれていない始末。弱点を探すどころの話ではない。
「……はぁああああああッッッ!!! 」
ーーだが、一閃。
「ギュァァァァァァアアアアアアア!!! 」
鏡の持つ大太刀がこれまで一切の傷をつけられなかったアビスの瞳を斬りつけた。
断末魔のような高い声音が周囲へ響き、あまりの声音に永浜を除く全員の鼓膜が破れた。耳からツーと、一筋の流血が首を伝う。
「鏡さんッ!! 」
「やはりこのアビスは実体がないみたいだね。それも攻撃手段は声。なら、次は喉を潰すとしようか? 」
鏡は大太刀を振り払い、喉へ狙いを定める。
「鏡さんの効果付与はやはり強いなァ!どんな特殊な敵でも固有効果を付与しちまえば、効かねェなんて言わせねェ! 」
東條は我が自分のことのように笑顔で饒舌に話す。
「……はぁぁあああああ!!行くよ!化物! 」
鏡は地面を蹴って加速、捕捉した喉に刃を突き立てんと迫る。
「キルキルキルキルァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!! 」
凄まじい程の甲高い声は鏡を含めた鏡隊の破れた鼓膜の中へ入り込んだ。
「なっ……!な、なんだこりゃ……! 」
「くっ……がはッ……!!げほ、げほッ! 」
鏡は自分が今何をされたか、全く分からなかった。劈くような悲鳴を聞いた途端、身体の自由が容易にも奪われていく感覚が過る。
永浜を除く鏡隊は皆、血反吐を吐き、膝から崩れ落ちては瞳を閉じてしまった。
「か、鏡さん!!応答してください!東條君!皆ぁぁあああああ!!! 」
永浜は独り、横たわった隊の皆をビルの上で見ているしかない。自分は戦闘員ではない。全員を後ろから指示する程度の能力しかない。
「……輝夜君、君にまた役立たずって言われちゃうよね。最後くらい、勇気を出さなきゃ!! 」
永浜が覚悟を決め、ビルから飛び降りようと、指揮棒を片手に足を踏み出した途端だった。
永浜の背後に黒い人影(?)が現れたのは。
「……人間ってのは儚いモンだゼ。 」
「えっ……がはッ……!! 」
特徴的な男の声音が聞こえるや否や、永浜は背中から胸を貫かれた。口から大量の血液を流し、数秒後にはグッタリとした肉片へ変わってしまった。
「……儚い、儚イ。たった一撃で死んじまうなんてナ。 」
男はグッタリとした永浜を嘲笑し、死体をビルの上から投げ捨てた。ドサっと重みのある音を出し、永浜の体はあり得ない角度で地面に叩きつけられる。
「うっ……!! 」
輝夜は迫り来る足音で目を覚ましてしまった。手を使って起き上がろうと試みるも、腕に力が入らない。
「オイオイ、まだ生き残りが居るじゃン。ちゃんと殺さなきゃ駄目だロ?クソ雑魚! 」
ビルの屋上から飛び降りて全員の死体を確認しに来た男は、実体のないアビスを怒鳴りつけた。
「やア、人間。世界一儚く弱い生き物ダネ。 」
輝夜は顔を上げて、目の前の男の素顔を凝視した。男は真っ白い髪を腰にかかるまで伸ばし、黒いコートに黒いズボンを身につけた瞳の色が桃色の容姿をしている。明らかに魔力の量も質も段違いだった。何よりもアビスに指示を出している時点で人間ではない。
「……お前は、何者なんやッ……!! 」
力を振り絞り、男へ強めの声音を吐く。
「はははァ、どうせ死ぬんダ。答えてあげるヨ。俺は世界最強の種族、魔術師ダ。名前はブラム。さあ、答えたからナ。……死ネ! 」
輝夜はペラペラと自分の身上を明かす男の上で自分の命が転がされているのだと知ると、絶望した。顔は青ざめ、戦記も失せる。
自然と腕に込める力は解けていった。
「……じゃあナ。 」
ーー「諦めてんじゃねェぞ!若造がぁぁあ! 」
トドメを刺そうと剣を振り下ろすブラムの腕は凄まじい速度で接近し、罵声を上げる一閃の剣舞によって切断された。
「なッ……!?誰ダ!? 」
あまりに一瞬のこと過ぎたのか、さっきまで余裕の表情だったブラムは焦りからか、冷や汗をかいて動揺し始める。
「鏡隊が全滅か……どんな奴が相手かと思えば、魔術師とはな。オイ、ガキ。もう動けねェなら、後ろに下がれ! 」
輝夜とブラムの間に入った男は、輝夜を背に魔力の篭った二刀を構えた。
その巨大なまでの背中に輝夜は震撼する。
これが、あの伝説の魔法師……!!
新島鎮雄の巨大な背中なのだと……!
この男の後ろに居るだけで安堵感が心を満たしてくれた。状況は大して変わらないはずなのに、どうしてだろう。輝夜は新島の背中を視界から離さないように直視した。
「急に速度を上げて突っ込んだモンだから、どうしたのかと思ったらそういうことかよ。新島ァ!テメェ一人じゃやらせねェぞ! 」
「鏡隊が全滅だなんて……光明さんの読みは凄いわね。相手はあのアビスと魔術師か〜。 」
続々と新島の仲間が駆けつけてきたのか、安堵感は増して、輝夜はその場で気を失ってしまったのだった。




