第百六十六話 悼み
静寂が包み込む屋上。辺りはすっかり暗くなっていて、寒風が頬を叩く。
そんな中、輝夜は独り寂しく、柵の上に腕を置いて俯いていた。
「……浅沼!あの時、俺がついて行っていれば…‥! 」
結果は変わったのだろうか?
部下の死、何度も経験したはずなのに、これだけは絶対に慣れない。ATS内でも三本の指に入る輝夜隊に所属が出来ている時点でだが、輝夜にとって浅沼はかけがえのない部下の一人だった。
「……何や、何か用か?夜十……」
輝夜は背後に立つ気配へ声をかけた。
「輝夜さん、話聞きますよ。 」
「くッ……お前、相変わらずええ奴やな。到底、弟とは思えへんよ。 」
夜十が優しく手を差し伸べるような言い回しをすると、輝夜は微笑んだ。
怒りの感情を上手く引き剥がせたらしい。
「輝夜隊の浅沼さん、尊敬出来る方でした。輝夜さんの指揮に一番多く貢献してきた方ですから……」
「新島隊が途中分解してからの半年間、俺についてきてくれると言うた五人の部下達と前線で気張ってきててんけどな。浅沼、彼奴は俺の指揮に揺るぎない安心感をくれる、ええ奴やった……」
たった半年間かもしれないが、それでも毎日前線でアビス達を倒し続け、死と隣り合わせの命の駆け引きの中で共に命を預け合った大切な仲間だ。輝夜の表情から曇りが晴れることはない。
「部下の殉職は、上司の罪や。俺に責任があるのは分かっとる。やけど、新島さんに頭を下げられてる自分が情けなくて……それで会議を抜け出してしもうた……」
輝夜は両手で顔を覆い、か細い声で言った。
「……夜十、お前の隊には毎度毎度迷惑ばかりかけてごめんな。 」
「気にしないでくださいよ、新島さんの判断ですから。それに、familiarからの増援もありますしね。 」
資料には原因不明の遺体の追及について、前線組を除く、確かな実力のある隊に任せる。ーーという規定から、冴島隊へ一任すると資料に書かれていた。と同時に、各組織は代表者何名かの増援隊を編成するルールがある。
「俺の隊は暫く前線を離れることにしたわ。だから、夜十!万が一は任せたで! 」
魔術師の領土と人間側の領土を分ける、僅かな土地の間で起こる争い、前線戦争。
大型アビスが蔓延り、小型アビスは当たり前のように地に足をつけている状態。
アビスを倒しても倒しても現れるだけに、キリがない。
輝夜が魔法師になってから、前線を離れるのは実に五年ぶりだ。
前線の安定については、凄く心配な点の一つ。だが、それは輝夜とて同じことを思っているだろう。
自分の居ない前線を想像は出来ないはずだ。
「……任されました!冴島隊、浅沼さんの無念を必ずや晴らします!この事件の真相の追及も! 」
「ああ、頼んだで。 」
輝夜は安堵したのか、さっきまでの怒りに満ちた雰囲気とは一変して、落ち着いた雰囲気で真っ暗な空を見上げた。
「少し一人にしてくれへんか?もう俺のことは大丈夫や。心配せえへんでええよ。 」
「……分かりました!輝夜さん、ゆっくり休んでください! 」
「おう、ありがとうな! 」
夜十は手を振って屋上から去って行った。
「……っ!? 」
輝夜は一瞬、夜十の背中に見覚えを感じた。
真っ直ぐ誰よりも前を向き、仲間を思いやる心を忘れない。自分の信念を貫く為に、さながら小さな身体で頑張っている姿が。
ああ本当に、よく似ている。
輝夜がATSに所属したのは六年前。
現在の年齢は二十五歳、所属し始めたのは十九歳の時だった。
ATSの所属し始めの一年は下積みで、どんなに強くとも大型アビスの討伐任務が任されることはない。小型を倒し、技を磨く毎日。
その中で仲間との絆を育み、連携を取れるようにする。そうでなければ、自分の体長の何十倍以上の大型アビスには勝てない。
それは新島が決めた絶対的な掟だった。
"市民を守るのは俺達の役目。自分を守るのは自分の役目だ。"
どんなに強い魔法を持っている人物であろうと、何事にも"経験"は最も重要。
輝夜は六年間の経験を生かし、日々を乗り越えている。強く、仲間想いで優しい輝夜だが、彼は最初から強かったわけでも、仲間想いで優しかったわけではなかった。
ーーどちらかといえば、真逆。
「オイ、新入りィ!!何で永浜を殴り飛ばしやがった!先輩だぞ!言ってみろォ! 」
紫の髪をオールバックにした男は、輝夜の胸倉を掴んで怒鳴りつけた。
「小型も倒せん先輩なんざ、俺と行動してほしくないわ! 」
「永浜は戦闘向きじゃねぇんだよ!サポートって言葉をお前は知らねェのかァ!! 」
「あぁ、知らへんわ!大型を一人で倒せとは言ってないんや!小型やで小型!!小型! 」
輝夜は激しく憤りを感じていた。
今日、小型アビスを討伐する任務を輝夜と永浜の二人で出動した際に、小型アビスを全て討伐したのは輝夜だった。
永浜は黒髪マッシュルームヘアーの冴えない少年。歳は輝夜の一個上で隊の中で戦闘は全く出来ないがサポート面ではかなり役職を得ていた人物だ。
「小型とか大型とか関係ねェんだよォ!テメェ、舐めてっと上に報告すんぞオラァ! 」
「報告したらええんちゃう?戦闘も出来やんヤツが所属しとる隊に居りたないわ! 」
掴まれた胸倉を振り払って輝夜は出て行った。
「あっ、オイ!テメェ!戻って来いやァ! 」
男の声は輝夜には届かず、部屋の中で反響しただけだった。
「何やねん!やっとの思いで隊に所属できたと思うたら甘ったれが許されとる隊やったとか……!ホンマ腹立つわ!! 」
施設内廊下の壁に寄り掛かって輝夜は俯いた。こんなはずではなかった、と。
もっと強くなって、自分一人で大型を何体も倒せるような魔法師になりたい。いや、ならなければならない!
輝夜の向上心は自分自身を悪い方向へと導いていっていることに、彼はまだこの時気づけていないのだった。




