第百六十四話 一領の鎧を纏いし炎の姫
破壊し尽くされた街の中で一人、真紅の瞳を大きく開き、目の前の強大なアビスに向ける。このアビスと戦うのは二度目、
狙った獲物を殺すまで永遠に追尾し続ける巨大な触手を無数に持ち、防御力も相当。
だが、そんな相手を前に彼女は怯む姿勢を取らなかった。ただ一点を見つめ、有り余る魔力を握りしめる。
「……《燈は小さく揺れ、暗闇を照らす導となる。焔は盾に、火炎は矛、熱は力を!燈の金蓮花》! 」
紅く燃え滾る炎が全身を焼き尽くすように包み込み、一領の鎧を顕現させる。手には刀身の長い大太刀の鞘。
「……私のこのッ……炎冠の一太刀が今の私に成せる最も高火力な武技よ! 」
黄色と橙色の巨大な大輪の花、ダリヤが煌々と緋色の背景の中心に描かれた鞘。燈火は、鞘から炎冠を抜き去った。
一領の鎧から流れる炎が炎冠へ身を投じる。
炎冠が纏った炎は燃え滾り、熱気だけで空間を支配した。その大火は父である朝日奈焔と面影が重なる程。
「はぁぁああああ!! 」
無数に伸びる触手が燈火を貫かんと襲い蝕むが、彼女はそれを紙一重で避け、鞘のある大太刀をそのまま振り下ろした。
ザクッと斬れ味の良い包丁で烏賊を切った時の様な綺麗な斬音が響き、触手は容易に両断される。
「グォォォオオオオオオオオオ!!! 」
断面から引火した炎が大火となって触手の先から大型アビスを蝕み始めた。
「炎冠の一太刀、驚いたかしら? 」
鞘のまま振り下ろした大太刀でありながら、見事な斬音と斬れ味。
「……って言っても、人形に言葉は通じないか。そろそろ終わりにするわよッ! 」
燈火は地面を蹴って大きく飛び上がると、空中で目を瞑り、居合の構えを取った。
「《朝日奈の名の下に、焔を従え、神火の如きで敵を貫け!焔弁の爆熱花》 」
無数の炎の鉾が顕現され、敵へ向けて放たれる。燈火は全くの同時に地面を蹴って、間合いを詰める動きを取った。
「グォォォオオオオオオオオオ!!! 」
放たれた鉾は縦横無尽に駆け回り、敵の精神力を削ぐが為に無数の触手を一本一本斬り落とす。敵も疲弊し始めたのか、反撃のタイミングを見失っていた。
そのコンマ数秒、燈火にとっては好奇の数秒。
「はぁぁぁぁあああああああ!! 」
敵の弱点である口の部分への侵入に成功し、地面を蹴って飛び上がる。燈火は、自分の身体の数十倍以上ある敵へ大太刀を振り下ろした。
「グォォォオオオオオオオオオ!! 」
激しい断末魔の果てに、敵の身体は空気に混じるように消滅し、燈火が纏っていた焔の鎧も少しタイミングが遅れて消えた。
「はぁ……はぁ、はぁ……っ!!私っ、一人で倒せたのね! 」
息を切らしながら勝利に喜んだ。
周囲の破壊し尽くされた街並みも消滅し、真っ白い天井に真っ白な床が広大に広がる特別演習場へと元に戻る。
背後から手を叩く音が聞こえ、振り向くと嬉しそうに笑顔でいる夜十が立っていた。
「よくやったね!一人で巨大烏賊を倒せるようになるなんて凄いよ! 」
「ありがとう!私も倒せるようになるなんて思わなかったわ!全部、夜十のお陰よ! 」
お互いに見つめ合い、ぽっと頬を赤らめる。
夜十は積極的に燈火へ歩み寄り、燈火は雰囲気を感じ取って目を瞑った。
ーーだが、その瞬間だった。
二人の良いムードを破壊する奴が現れたのは。
「ーーオイ!夜十、燈火ッ!緊急招集だ!ATSの本部に行くんだとよ! 」
それは燈火の兄にして、空気の読めない男。
朝日奈火炎だった。火炎は二人の様子に気が付いたのか、ハッとして入り口の壁に隠れる。
「火炎んんんんん!!今更隠れても意味ないじゃないの!出て来なさい! 」
「空気読んで欲しかったなぁ……。仕方ない、それで今日は何の招集?もう夜中の三時半だけど? 」
夜十が端末に目を移して、萎縮した火炎に問いかけた。
「……悪ぃ。ま、まさか、そんなことしてっとは考えられなかったわ。招集は、不自然な事件が起こったとかの話らしいぞ。 」
「不自然な事件? 」
「俺も詳しいことは知らねえが、焔の野郎が燈火と夜十を連れて来いって言ってやがるんだよ。新島さんと神城さんも招集で動いてるらしいけどな! 」
不自然な事件?何のことか、全く頭にピンと来なかった。
夜十と燈火、火炎は特別演習場を後にし、ATS総本部へ足を走らせたのだった。
彼らはこの時、とんでもない事実を知り得ていないことにまだ気付いていなかった。
魔術師と人間、そしてアビス、人類が存亡する道を夜十よ、切り開け!




