第百六十一話 姉 VS 弟
「ルールは戦闘不能、降参宣告で勝敗決定形式でいいわよね? 」
「ああ、構わねえよ。 」
二人は峡谷を挟み、崖を足場にして向き合った。
「コールはどうすんだよ? 」
「朝日奈流にするわよ。 」
燈火は熱矢の問いかけに綺麗な桃色の髪を指で解きながら答えた。自由な方の手の指先に一つの灯火を具現する。
灯火。朝日奈家は代々、当主を選別する試合を行う。その試合では試合開始のコールを灯火が消える瞬間の目解きだけで判断し、試合を開始する方法が用いられる。
「久々だな、朝日奈流。炎魔法の提唱家じゃなきゃやらねえ方法だ。 」
「あまり外では知られてないのも理由の一つではあるけどね。そろそろ始めるわよ! 」
燈火は指先に灯した小さな火を頭上へ放った。燈火の指というよりどころがあった小さな火は其れを失ったことでゆらゆらと揺れて小さくなる。
そしてーー白い煙と共に空気の中へふわっと消滅した。
「朝日奈家の名の下にーー……っ!? 」
試合開始直後、熱矢は驚愕した。いつもの燈火なら高威力の魔法を瞬時に詠唱し、放ってくるはず。だが、燈火は開始直後、瞬間的に熱矢の眼前に現れ、強く握りしめた拳を腹部へぶつけたのだ。
「なッ……!! 」
「まだまだッ!これで終わらないッ! 」
熱矢側の崖を一瞬だけ蹴って跳躍。独楽のようにクルリと回転し、熱矢の首に足を掛けて崖下の峡谷目掛けて吹っ飛ばした。
「……があッ!! 」
崖下の峡谷の壁はゴツゴツとした岩の集結地。受け身を取ろうと方向を転換するが、燈火の放った蹴りの威力は高く、熱矢はそのまま壁に叩きつけられてしまった。
前のめりに落下し、まるで峡谷の中へ吸い込まれていくようだった。
「燈火先生が魔法じゃなくて体術を!? 」
「今までとは一転した戦い方ですのね……! 」
二人の勝負を観戦している倉橋と明刀も初手の燈火の立ち回りに驚愕していた。
燈火の戦い方は初手で高威力の魔法を放ち、相手との間合いを広げる形の手法を使うはず。だが、今日の燈火の戦い方はとある人物に酷似している。
「いつまでも守られてるばかりじゃ、私は前に進めない。だから、苦手も克服してこそよ! 」
酷似している人物、それはーー冴島夜十だった。
「私は体術戦闘は得意じゃない。どちらかと言えば、後方で攻めるタイプの魔法師。でも、もし魔法が使えなくなったら?想定外も想定内にしてこそのプロよ!熱矢……私を超えたいなら死ぬ気でかかってきなさい! 」
燈火の士気が上がり、魔力量も上がった。
熱矢は落下しゆく自分の身体に情けないと思いながら、姉の言葉を噛み締めていた。
「姉貴はやっぱ凄えな……俺が超えてえと思ってる壁は高すぎるわ。それでもーー」
ーー超えたいと思うから、壁なんだよ。
熱矢は両掌を突き出し、目を瞑った。
今、俺が出来る最善の反撃とは何だ……?
考えるだけ無駄だよな、俺はいつだって直感で動いてきてんだよ!
熱矢の両掌が爆発し、空気を揺るがすほどの振動波が放たれる。まるでジャンプ台の上で飛んだような爆発的な跳躍力が備わった。
頭上に見える青い空と白い雲、そして見える超えたくて仕方のない壁。
燈火は崖下を真剣な眼差しで凝視していた。
「これが……俺の死ぬ気の答えだッ!!《碧色の炎は静、緋色の炎は剛、交わり、鋼をも貫く一筋の矢となれ!碧炎の緋爆弓》! 」
両手を交差させ、其々の掌から相対をなす碧色と緋色の炎を具現。交差した腕を解放すると同時に熱矢の手には炎の弓が握られる。
弓に引かれている一筋の矢は燃え滾り、交わったと同時に紫炎に変化した。
「あの程度で終わらないとは思ったけど、これが熱矢の死ぬ気の答えなら……私は応えるだけよッ!! 」
熱矢は弓を強く引き、一矢を放った。
崖下から轟音が響き、矢は速度を加速。軌道は一直線に燈火へ。
「やれるもんなら、やってみろやァッ! 」
燈火の間合いに完全に入ったーーその瞬間。一矢は巨大な爆発を起こし、黒い煙幕を生み出した。
倉橋、明刀、燈火の三人は、ここに来ての技の失敗を疑った。だが、失敗ではない。
「俺の矢は壁を貫き、砕く為にある! 」
黒煙の中から現れたのは一矢ではなく、無数の矢だった。四方八方から迫りくる無数の矢に燈火は周囲を見回して冷や汗を流した。
真っ直線だった一矢の時とは一変して数が増えると軌道は其々。直撃は免れない。
燈火が足場にしている崖の岩場に一矢目が直撃し、二矢、三矢と次々に追い討ちをかける。
岩場に直撃したことで地面が抉れ、砂埃と爆煙が周囲を立ち込めた。
「はぁ、はぁ……致命傷じゃなくてもいい。何かダメージになってくれれば! 」
熱矢は燈火の居た崖と反対方向へ着地し、黒煙の中を眉を細めて凝視する。燈火に直撃したところを見たわけではない。まだ、油断は出来ないだろう。あの曲面で咄嗟に魔法を展開出来るとは思っていないが万が一があった。
「凄い威力の魔法を……!熱矢はいつの間にこんな技を生み出してたんですの?! 」
「熱矢、虎徹と毎朝自主トレーニングしてるみたいだからその時じゃないかな? 」
明刀は一瞬驚いた表情を見せ、次の瞬間にはクスッと笑った。
「どうしたの? 」
「いえ、皆やっていることは同じですのね。 」
「うん、そうだよ!皆、プロの魔法師になりたいと心から願ってるから。半年後の戦争のこともあるけどね。 」
「最初聞かされた時は驚きましたわ。先生達も最初は全員を参加させる気はなかったようですけど。 」
魔術師との戦争については夜十が一年生全員に話をしたことで周知されている。夜十自身も、つい数ヶ月前までは一般人だった彼らを戦争に出向かせたいとは思っていなかった。
選別して出向かせる方向で話を進めていたが、この話を聞いた時、一年生全員が参加したいと手を挙げたことで参加となったのだ。
「私の父上も最初は驚いていたけど、応援してくれると言ってくれたんですの。なら、その期待に応えなきゃ顔向け出来るものも出来なくなってしまうわ。 」
「うん、色んな人の期待に応える為に私達は今強くなることが出来る。その環境って滅多に作れるものじゃない。このチャンスを無駄にしないように頑張ろっ! 」
「もちろんですわ! 」
明刀と倉橋は目を合わせてニコッと笑い合い、熱矢と燈火の勝負の行方に視線を移した。
「……はぁ、はぁ、はぁ……っ!!あと少し魔法を展開するのが遅かったら負けてたわ! 」
黒煙が消え、中から現れたのは腕や足から血を流し、着ている服が破けているボロボロになった燈火の姿だった。
「削り切れるとは思ってなかったが、良いダメージになってんじゃねぇか!あと一押しだァッ!! 」
熱矢は地面を蹴り、掌を背に向けて小爆発を起こした。爆速ターボ、爆風で背中を無理矢理押すことで速度を加速させ、間合いを詰める熱矢流の特攻手段。
「……っ!!出し惜しみなんかしてる場合じゃないわ!《燈は小さく揺れ、暗闇を照らす導となる。焔は盾に、火炎は矛、熱は力を!燈の金蓮花》! 」
血が流れる掌を強く握りしめ、燈火は全身に流れる有り余った魔力を解放した。傷さえ癒えないが、身体から浮き出た魔力が身体を包み込み、ゆっくりと形を整える。
そして熱矢が燈火に到達する頃には、彼女の姿は一変していた。
「……負けるわけにはいかないのよ! 」
「俺だってそうだァッ!やっと亀裂の入った壁を貫きたくて仕方がねェ!! 」
さらに爆発を重ね、爆速で拳を掲げる。間合いが短くなると、熱矢の拳には緋色の炎が灯った。
「おらぁぁぁああああ!!! 」
熱矢は渾身を込め、必殺の意気で拳を振るう。
渾身を込めた拳は確実に燈火を射止めたはずだった。だが、燈火の手元にはあるはずのない刀が握られ、拳は鞘によって止められて弾き飛ばされてしまった。
なんとか受け身を取り、間合いを推し量るように警戒を咎め、燈火に視線を向ける。
「何だよその魔法は……ッ!! 」
「燈の金蓮花は私の心。背負える全てを守りたいという意志よ。意志は鎧となり、覚悟は矛となる。この状態の私に死角など存在しないッ!! 」
燈火の身体にはメラメラと燃える紅炎で具現化された鎧が纏われ、その手には赤い背景に橙色や黄色などの明るい色で巨大な花が彫られた刀身の長い刀の鞘が握られている。
柄の部分は黒と金で装飾され、上品で高級そうな見た目だ。
「……さあ、次で決着が着くわよ。私の大太刀の一閃、覚悟なさい! 」
「わーってんだよ!姉貴も覚悟しろ!その鎧ごと貫き砕いてやるッ!! 」
二人は、ほぼ同時に地面を蹴り、決着をつけるべく動き出したのだった。




