第十六話 仏と鬼
※2017/07/12
文法と誤字、脱字を修正しました。
アリーナでは、夜十の演習終了後に突如現れた《所属狩り》を沖が相手をしている。
緊迫状態の中、両者共に一度も手を出さず、十分の時が経過した……。
そんな戦闘を風見と店長は観客席で見守っている。
歓迎会の時に言葉を濁したが、沖の仏の顔は、普段通りの優しい人。
沖の鬼の顔は、怒りに満ちた気性の荒い人。
まあ、本人さえ気づいていないが、多重人格なのである。
二つの人格によって、剣筋はまるで違う。
鬼になれば、最後。
止められるのはーー風見だけだ。
「……沖、大丈夫よな。鬼になったら手がつけられなくなっちゃうから、その時はてんちょー、またよろしく」
「……はいよ。どうせまた、俺がやらなきゃお前。沖に斬られようとするんだろ?そりゃあ、ダメだ!あんな自爆特攻、許せるわけねぇ!」
彼らの会話にはどこか意味深なものを感じる。
過去に鬼へなった時の辛い事情が物語っているかのようだ。
十分も緊迫した状態が続くのは、お互いがお互いを認めながら、出方を伺っているからである。
特にその点、沖は相手の行動の綻びを探ることから剣が始まる剣筋。
何処かで緊張が取れて、歪みが発生さえすれば、死角をつくことが出来る。
死角をつくことに成功すれば、それをフェイクとして、多種多様な攻撃を仕掛けられるのだ。
このように、彼の剣は幾つもの行動パターンを分析し、想像を働かせて行動に移す、ハイクオリティの超攻撃型の剣になっている。
対する銀髪の人物はどうだろう。
特に目ぼしい武器も装備していなければ、脅威になる部分は存在していない。
だが、なんだろうか。不思議にも、相手にしたくないと思ってしまう様な違和感は。
「……君は去年、僕に背中を斬られて何も感じなかったのかい?」
二本の剣を持ち、重心を低くした沖は狐の面を被った銀髪の男へ問いかけた。
「ああ、感じたよ。痛みだけな。それ以外は特に何も無いぜ?あ、お前に対する殺意ってなら浮かんだだろうけどなー!」
風見は違和感を感じ取っていた。
目ぼしい強さが見当たらないのに、この気迫だ。
「クズめ、僕が粛清してやる!!」
「ふん、やってみろよ。青二才が!」
沖は地面を蹴って彼との間合いを一気に詰め寄り、二本の剣を交互に相手の腕や脚などの致命的な部分を狙って剣を振るう。
ーーだが、男はその攻撃を避けなかった。
「俺に刃向けるってこたぁ、自分の身は自分で守れるってことだよな?ふんっ!!」
避けもしない彼の腕や脚が切断されるのは確実、確証的だ!これで身動きが取れなくなれば、勝ちは確定!
ーーけれど。
「おい、ガキ!舐めてんのか?こんな弱っちい剣じゃ、俺を倒すことは出来ねーよ!」
男は、鬼の剣を両手で鷲掴みをして、止める。
刃の部分を握ることで、普通ならば手の皮膚が斬られ、血液が出るはずなのだが、彼の皮膚は傷一つつけられていない。
ーーま、まずい!
沖がそう思った直後、彼の顔面へ重機がのしかかってきたような威力の重みが乗った拳が襲う。
痛烈な痛みと、異常な威力の為に数メートル先の防御障壁まで吹っ飛ばされて静止した。
「……ぐあっ!!な、なんで……ペッ!」
右頬へモロに入った拳の影響で、口内出血が止まらない。
不意に口の中のゴロリと転がったモノを吐き出すと、血塗れの歯が二本、地面に落ちた。
「悪い悪い、少し強めに殴りすぎた。つーか、拍子抜けだな。お前、この一年で別人のように弱くなった?」
男の言葉に沖の心拍数は小刻みに早くなり始め、大きな音を身体の中に響かせる。
ーードクン、ドクン、ドクンッ!
「オイ、風見!!マズイぞ!……このままじゃ、鬼に!」
「うん、分かってるよ。もう……なってるから」
店長は彼女の言葉に驚愕し、沖へ視線を移した。
真っ赤に燃え上がるかのような高濃度な魔力が湧き上がるマグマの如く、噴出し、ブクブクと煮え滾っている。
彼の表情は先程までの仏の笑顔など一切感じられない鬼のような怖い表情に変わっていた。
「……弱いだと?俺は一番強い……剣豪が弱いわけねえだろッ!お前、適当なこと言ってんじゃねェ!!……殺してやる……ッッ!!」
彼の内部から湧き上がる密度の高い魔力によって、周辺の空気は凍りついたように殺気が漂い始めた。
空気感を感じれば、緋色に染まったような、そんな残酷な感覚だ。
「一瞬で場の空気を制すか。まぁ、化け物は俺が駆逐してやらねえとなぁ!」
男は手に持っていた沖の剣を握り締め、刃の部分を粉々に握り潰した。
だが、沖の瞳は動じていない。愛剣が破壊されたのにも関わらず、だ。
「テメェのクソみたいなツラ、グチャグチャに斬り刻んで、原型止めさせねえ程度に殺してやらあ!!」
彼の両手には、刀身が緋色の剣が発現され、禍々しい光を放っている。
それは、一太刀で場の空気を酷い展開に持って行くことが容易に出来るようなモノのようだ。
「汚ねえ言葉だなあ!さっきまでの清楚系男子みたいな勢いはどうしたよ?」
男は地面を蹴って加速し、右へ左へ、とフェイントをかけながら、鬼の姿へ変貌した沖へ近づいた。
ーーが、刹那。
「……なっ!?」
半径5m圏外だったのにも関わらず、男の面は一刀両断され、額には縦線の切り傷が入る。
銀髪の髪の青年は、血液の垂れた顔面を気にすることなく、ニッコリと微笑んだ。
彼は、夜十と同居人の才倍銀で間違いない。
夜十の読みは当たっていたようだ。
「良いねぇ、やっと顔見れたぁ!あんた、どこの生徒でどこの人?まぁ、誰でも良いや。ぶっ殺してやる!!」
沖は仏の顔に似合わない鋭い眼光で敵を睨みつけながら、口元を歪めた。
「俺の力ぁ、見せてやる!!」
その瞬間、彼の魔力が一瞬で膨れ上がった。
この状況が意味するのは、高威力の魔法が来るということだ。回数を消費した特殊な魔法がーー。
風見は、知っている。
彼の回数を消費した魔法であれば、"今の"防御障壁など意図も簡単に斬り裂いてしまうことを!
「てんちょー、沖が放つ方向の防御障壁の防御魔法圧縮度を全開にして!」
「わかってるさ……!!俺の……俺達の沖なら斬ってしまうからな!」
店長がリモコンをポチポチと押すと、アリーナを包み込む防御障壁の全体が薄れ、一部分を全力で守る仕様に変更した。
此れには、観客席側を驚きを隠せない。
「防御障壁が耐えられない魔法!?」
「だからって防御障壁の全てをあそこに注ぎ込む!?」
「あぶねえ、逃げろ!」
様々な声が上がっているが、関係ない。
風見が願うのは、全力で撃ち込んで欲しいという思い。
風見には、去年の彼が言った言葉がふと蘇った。
「……俺は本気を出してはいけない侍だ……」
大丈夫、お前は本気を出していい!!
その男を斬り伏せてくれ!
「《禍々し鬼は豪の如く、目の前の敵を悪と捉え、殲滅せよ!鬼の一太刀!》」
刀身の赤い剣から放たれた一閃の斬撃は、空気を切り裂き、銀へ直撃した。
凄まじい熱量と轟音が鳴り響き、赤く黒い光をアリーナ、一帯に分散させる。
「うぅぅぅううううう!!やっぱりだめだこりゃあ……!《吸収》!」
腕をクロスさせながら斬撃を食い止めていた銀だったが、無理だと思ったのだろう。
斬撃に両掌を向けながら、必死に叫んだ。
ーーすると、見る見るうちに彼の掌に吸い込まれていく斬撃。
暫くすると、音も無く消えてしまった。
「……嘘だろ!?俺の回数一回分の攻撃だぞッ!?」
沖は驚愕する。
自分の全力で放った一撃が、相手へ多大なる影響を及ぼすかと思えば、無音で消滅してしまったからだ。
普段使わない魔力量に禁断症状の現れなのか、剣は空気中へ消滅し、彼の身体は地面へ膝から倒れてしまった。
「クッソ……まだだ!!」
立ち上がろうと必死にうつぶせの体制から上体を起こそうと試みる。
だが、身体に力が入らない。
仏の状態で維持していた魔力を解き放って、怒りによって解放する鬼の状態。
その状態で繰り出される一回規模の魔法と言ったら、身体にかかる負担など計り知れないものになるのは確実だ。
「青二才にしてはよくやったんじゃないか?この俺に立ち向かうなんてよ。……まあ、未来ある生徒を殺しはしないが、この背中の傷の怨みだけは、返させてもらうか!」
地面にうつ伏せになり、身体の力が既に入らない沖の腕を掴んで持ち上げる男。
そして、拳を強く握りしめ、後ろへ引くと身体の重心と共に重い拳を沖の腹部に叩き込んで吹っ飛ばした。
「手応えありだな。コレで、肋は行っただろ!さて、俺の復讐タイムは終わった。後は、黒の番だ……!」
彼は暗闇誘う入口へ消えて行く。
防御障壁にめり込んだ沖は、口から血を吐きながら意識を手放したのだった。
医療班に搬送された沖は、風見の付き添いのままに、学園の外へ消えた。
才倍銀は、一体何者なのだろうか。
彼が見つめる瞳の先に見える光景とは。
ーー黒闇の控え室で仁科黒は囁いた。
「朝日奈燈火、火炎の為に死んでもらう!沖を潰したことで俺を止められるやつはもういない……!!銀、ありがとな、本当に!俺は、姉ちゃんの報いを!!」
彼が見つめる端末の奥には、笑顔でピースしている白髪の少女が映っていた。
端末の電源を落とすと、彼は入り口へ消える。
光煌めかせる赤い炎の光は、闇に斬られるか。
闇は、赤き炎に燃やされるのか。
残酷な一戦の火蓋が斬って落とされた。
十六話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
TwitterID↓
@sirokurosan2580
遅くなってすいません。
5日と6日の二日間の投稿が分かりません。
家の事情で投稿できない場合があるので、その場合は暖かい目で見守ってやってください!
因みに次回は、炎VS黒 ですよーっ!
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




