第百五十八話 《嘘憑きのリアン》
「リアン、何故ここにお前がッ……! 」
ルーニーから先程までの威勢は消えていた。
まるでリアンに本気で恐怖しているかのよう。
「遠き国の遠征任務を命じたというのに?ですよねェ? 」
「お前までワシを裏切るのか……? 」
「あはははははは!!裏切るだなんて、父上。最初に家族を裏切ったのは誰でしょう? 」
ルーニーの頬に冷や汗が流れた。このままではマズイと。その表情とその行動にrevoluciónに属する魔法師以外の全員は疑問を頭の上に浮かべた。
「新島隊長!あのリアンって奴はルーニーが恐れをなすほど強いんか!? 」
痺れを切らした輝夜が新島へ問いかける。
「リアンはrevoluciónの創設者だ。あのルーニーですら勝つことは不可能に等しい。 」
「revoluciónの創設者!?あの女の子がか!?そんなに老けてるようには見えへんのやけど? 」
《嘘憑きのリアン》この通称名で呼ばれるrevolución所属の魔法師は有名ではない。だが、光の王がルーニーとするならば、影でrevoluciónを支え、導いてきたリアンはrevoluciónの影の王である。
「ルーニー、君のことは最初から見限っていて良かったよ。私が大人になってから、君は極端な程力に拘っていた。その節々に私は愛を感じられなくなっていたんだ。 」
リアンは酷く怒った表情でルーニーを睨みつけた。
「待ってくれ……今までのことは謝る!だから、命だけは許してくれんかッ!! 」
「私は生憎そこまで器の大きい人間ではないんだよっ!だから、ルーニーしゃん!バイバイしちゃおっか! 」
ルーニーは最後の力を振り絞るかのように、魔力を昂らせた。彼の体内に埋め込まれた原石が光り輝き、膨大な力を秘めた魔力球を安易に創り出した。地面、空気が震え、一個の魔力球だけで天変地異が起き始める。
この威力は絶大、もし直撃すればタダで済まないだろう。
「ワシは誰よりも優れた力で……お前達を守りたかっただけなんじゃ……!許せぬのなら、この力で消し飛ぶがよい!! 」
「父上、僕の魔法を忘れました? 」
ハッとした表情でルーニーは歯を食い縛る。
「貴様ッ!ワシにその魔法の力を向けないと約束したじゃろう! 」
「同時にこうとも約束しましたよね。僕を裏切る行為は絶対にしないと。今の現状にお気づきでしょうか? 」
ルーニーは不服の表情で続ける。
「そうだとしてもじゃ……誰のお陰でこの組織が大きくなったと思うとる!全部ワシのーー」
「ーー違う!アンタの力だけじゃねぇ!ここに所属してる魔法師、全員のお陰だろうが!いつからこんな腐りきった人間になりやがったクソジジイ!! 」
ルーニーの苦し紛れの反論を遮ったのは、リアンでは無かった。
それはかつて、第一世代としてルーニーの右腕をしていた新島鎮雄の強い声音だった。
「鎮雄……君は成長したね。 」
「まあ俺は日本で最高の組織の長だからな。当然よ!俺一人じゃ出来なかったことも色々あったけどよ、家族が居たから出来たんだ! 」
ルーニーに暗殺未遂をされ、自分の組織を立ち上げることを決意した新島は完璧な家族を手に入れることが出来たのだろう。
だがそれは今のルーニーやリアンにとっては皮肉だった。
「やはり、失敗だった。力に傲慢だと思っていたがここまでとはね。ルーニー・パズ。クビだよクビ。斬られて死ぬ運命なんだよ。 」
「……ま、ま、待つんじゃ!! 」
「いーや、待たないよ。サヨナラ、父上。……ルーニー・パズは後五秒後も生きますよ。 」
「なッ……!!リアン、ワシを殺せば魔術師が人間に勝つのは厳しくなる!それでもッ……ゴボッ……よい……ゴボッ……」
ルーニーの創り出した魔力球は空気に混じるようにゆっくりゆっくりと消滅する。それと同時にルーニーは全身の穴から大量の血液を噴出し、出血多量で息を引き取った。
「リアン、テメェは猶予ってのを与えずに殺しちまいやがって……!あのジジイの言葉、最後まで聞くべきだろうが! 」
「家族の為にとか、お前達の為にとか、俺は自分勝手にしたことを他人の為だと言い張り、同情や罪悪感を誘うような言い方をする奴は大嫌いだッ……!! 」
リアンはいつも口調や言動の全てが毎度変わる変な奴だと思っていた。だが、この時ばかりは本当のリアンが言っている。これは真実ではないが、何故か確信出来た。
付き合いの長い新島は不思議にもそう感じた。
「……終わったのか? 」
あまりに呆気なく息を引き取ったルーニーを前に新島とリアン以外は困惑していた。
revoluciónに所属している魔法師でさえ、驚きを隠せない素振りを見せている程だ。
「ギル一家は、よく頑張ったね。ルナール、ギルの回復を急ぐんだ!もし間に合わなければ私に言ってくれ。 」
「……リアン様、ありがとうございました! 」
「いいよ、お礼なんて。ルーニーの事なら謝りたいこともあるんだ。私はね、ルーニーと二人で家族を作っていく過程が楽しかった。本当の家族じゃなくても繋がれる。そういう証明が出来たような気がして満足していたんだ。 」
哀しげな表情でリアンは続ける。
「けれど、結果として家族を悲しませてしまっている。100%幸せで埋めることなんて私には出来ない。辛い思いをさせたね、本当にすまない。私は……」
大きく息を吸い込み、笑顔で言った。
「ーーrevoluciónを解散しようと思うんだ。 」
「……っ!! 」
ルーニーを含めたギル一家は瞳を丸くした。
「私は過去辛い事が百とあったけれど、一番悲しいのは家族を大切に出来なかったコト。でも、君達と離れるのは悲しい。だから、新組織を結成したい。私と共に道を歩んでくれるのなら、familiaに入ってくれないかい? 」
次からは二度とこんな思いをしないように、革命軍として生きていくのは変わらないが、仲間という部分よりも家族という部分を強くしていくために、revoluciónの解散は必要不可欠だと判断した。
「……勝手すぎますよ、リアン様! 」
「ああ、そうだね。でも私は強制しているわけではないよ。君達が別の道を歩みたければ、それで構わない。決断は早くなくていい。今は仲間の介抱を優先するんだ! 」
そう言ってリアンは新島の方を歩いて行った。
「……《全回復》! 」
ルナールの身体に刻まれた刻印が鮮やかな緑色に光り輝き、周囲にもその輝きを届ける。
負傷した兵士達の傷口が塞がり、彼らは当然のように閉まっていた瞳を見開いた。
「私は……寝て、いたの……? 」
「ルーニー様が……!?どういうことだ! 」
ジーナとグリフは目を覚ますなり、ルーニーの死体を見て怒りを露わにした。
流石は暗殺部隊、忠誠は強いモノだ。
「ルーニーは私の判断で殺させてもらった。私利私欲の為に家族を殺す野蛮人だったからね。君達も辛い思いをしただろう? 」
「……っ!? 」
「その話は後でも出来るからね。今はゆっくり休んでくれ! 」
リアンは哀愁漂う空気に心の中で一言呟いた。
"父上、私は貴方に一任し過ぎた。それは私の責任でもある。だから、安らかにお眠りください。"
その声は誰にも聞こえず、リアン本人の中で記憶の片隅にしまいこまれたのだった。




