第百五十六話 革命の風
引きこもりの空間内で夜十の危機を察したのか、燈火は真っ直ぐに空間を出た。
「このままじゃ、夜十が死んじゃうわ! 」
あの蹴りを二度と食らえば死は間違いないだろう。燈火が魔法を展開するが間に合わない。相手の速度はそれだけ早く、強い。
すると、燈火の横を焼けるような熱が通り過ぎた。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!! 」
ギルだった者はもう一度同じ蹴りを放った。前と同じ威力、速度なだけに防ぐことは不可能。ギルの勇姿にルーニーは頬を緩めた。
「なんやこいつ……自我も何もかも失っとるやん。どういうつもりや? 」
苛立った口調の関西弁は少し早口でギルだった者に問いかけながら、輝夜は鋭く素早い蹴りを防いだ。
「ぎゃぎゃぁぁ!? 」
「こちとら何年もアビス討伐しとんねん。その程度の攻撃、大したことないわ! 《光帝の聖盾》! 」
輝夜は咄嗟に詠唱をしている暇もなく、詠唱破棄で透明度の高い光の粒子が密集した巨大な盾を生成していた。
夜十の肋骨を軽く砕いた威力の蹴りでも、輝夜の生成した光の盾には傷一つ作れない。
「……仕方ないわ。あまり本気を出すと怒られんねんけど、今回はご愛嬌や! 」
輝夜は首と指をポキポキと鳴らし、黄色い瞳でギルだった者を捉えた。
「ぐぎゃぁぁぁぁあああ!がぎゃぁぁ! 」
「《速度は重さ、速度は強さ。光の如きを!雷光石火》! 」
バチバチと空気を焦がす電熱が輝夜の身体から放出し、彼の魔力量を一瞬で底上げした。これはまるで先程、焔が行った自分強化の為の魔法と酷似している。
「ワイの速度について来れる奴なんておらん!」
そう言って地面を勢いよく蹴り飛ばし、一瞬で加速した。ギルだった者を中心として縦横無尽に駆け巡ることで、ギルは輝夜を目で追うことが出来なくなっていた。アタフタと周囲を見回し、警戒を怠らない。
夜十にしたみたいに高速の蹴りをお見舞いしようと試みるが定める目標がいなく、彼は目で追おうと必死になっている。
「ぎゃっ、ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!! 」
断末魔のような叫び声が聞こえたかと思えば、ギルだった者の左腕が消えていた。
「まずは左腕からや、化け物でも痛みは感じるんか。 」
捥ぎ取った腕を強く握りしめ、光の粒子が腕を粉々に粉砕させる。
気がついた途端に腕を捥ぎ取れる火力と速度は随一、これが《光帝》と謳われた男の実力。実力差では新島や神城にも劣らない高火力の魔法と防御力の高い魔法も使える万能型の魔法師だ。超攻撃型の指揮官魔法師とも言われているが、単体になっても強い。
「あんま、舐めてもらっちゃ痛い目見るで? 」
捥がれた腕の断面からは夥しい量の血液が流れる。いくら化け物といえど、痛覚はあるようだ。
「ほう、あの速度は凄いの〜。じゃが、ワシの坊はその程度じゃ倒れん! 」
捥がれた断面がぶくぶくと膨れ上がり、腕が生えた。ギルだった者は声を上げることもなく、その場から姿を消す。
「さっきとは格段に早いんやが!? 」
「……|Black flame, harvest consciousness!(黒い炎よ、意識を刈り取れ!)黒炎の鉤爪! 」
凄まじい速さで高速移動を続ける化け物を目で追う。輝夜は加速する速度に驚愕し、目玉をゆらゆらと揺らしてポカーンと口を開けた。
ーーその時だった。どこからが現れた黒炎が凄まじい速度で縦横無尽に動き回る化け物に三連撃の強攻撃を喰らわせたのは。
誰もが黒炎が飛んできた方向を見た。
その先に居たのはルナールだった。ルナールと交戦していた焔も目を疑っているかのような表情だ。
三連撃を食らったギルだった者は白目を剥き、前のめりで倒れた。変化した部分が空気に溶けるようにして少しずつ元の姿へ戻る。
「ルナール!貴様、どういうつもりじゃ? 」
酷く怒った様子でルーニーは怒鳴った。
怒鳴り声など気にせずにズボンのポケットに手を突っ込み、中から一本の煙草を取り出す。口に咥え、指先の黒炎で火をつけた。
強く吸い込み、吐くと白い煙が立つ。
「父さん……いや、ルーニー。アンタのやり方と目的は俺には理解出来ない。 」
憎悪と怒りのこもった鋭い眼光でルーニーを睨みつけた。
「……貴様ら、親に逆らうか? 」
ルーニーの首には無数のナイフ、一太刀の刀、魔法陣の展開された掌が突きつけられた。ジャック、フェニキア、武蔵の三人もまた怒りと憎悪のこもった強い眼光でルーニーを睨みつけている。
「ルナール、ナイスだよ。もう父とは呼べないよ。親なんてどこも同じさ……子供のことを大切に想えないなら親なんて名乗るなッ! 」
「アンタには世話になったな。だが、ワシの家族を傷つける奴は親とて容赦はせん! 」
「盲目になっていく親を見るのはもう飽きたわ。いい加減にしてほしいものよ。 」
revoluciónの総幹部、ギル一家基、ギル隊のギル以外の隊員がルーニーに剣先を向けた。
「忠義を忘れてどうする?お前ら如き、ワシに勝てるとでも思うのか? 」
ルーニーは指を動かして全身から溢れる魔力を微かに震わせる。その瞬間、空間全域の空気が怯えているかのように寒々しく、悪寒のする空気が漂い始めた。
「……勝てるかどうか、やってみるか? 」
ルナールは掌から黒炎を発現する。
輝夜を含め、ATS側の人間からしたら国際魔法組織revoluciónが仲間割れを始めたのだ。
目的が重なった以上、加勢しない理由はない。
「ルナール、目的が重なったな。ココは一つ共闘するしかねェ!! 」
「ふん……勝手にしろ!だが、この戦いが終わったら、もう一度刻印の勝負をしろ! 」
「はいはい、分かったよ。 」
焔はルナールの異常な刻印への執着心に呆れて笑ってしまった。
「誰にでも家族はいるんだよな。……よっしゃあ!動ける奴は俺と一緒にルナールへ攻撃!夜十の回復は任せるぞ燈火! 」
「うん!任せて! 」
燈火のしっかりとした返事に嬉しかったのか、焔はホロリと涙を零した。
「なんで泣いとるん!?やるんやろ!? 」
「娘に返事してもらえたから……」
「普段無視されとん!? 」
輝夜に突っ込まれながらも、焔は袖口で涙を拭い、魔力を滾らせる。
「輝夜、お前は俺と一緒に指揮を出しながら交戦だ。分かったな? 」
「同じ帝を名乗る者同士、仲良くやっていこうや!その案、乗ったるさかい!! 」
ギル隊、ATS側とで共闘が組まれた。
その様子にルーニーは眉を細め、怒りを剥き出しで魔力を解放したのだった。




