第百五十五話 ギルの変貌
「ルナ、下がってろ……!コイツは俺一人で充分だ! 」
「今回ばかりは聞けない命令だな。俺はコイツを倒し、完璧を手に入れる! 」
二人の魔力量が格段に上昇した。空気が歪み、地面が揺らぐ。
「あんまり舐めた態度は取らねえ方がいい。俺はそんなに甘くねえよ。後、夜十。いつまで休んでやがる。テメェは新島の一番弟子だろうが、さっさと来やがれ! 」
一人では分が悪いと感じたのか、焔は《引きこもり》の空間の中で治癒を終えた夜十へ叫ぶ。
「焔さんも手厳しいな……」
夜十は立ち上がり、空間に出口を作った。
一歩を踏み出そうとするタイミングで燈火は口を開いた。
「夜十……!絶対、生きて帰ってきてね! 」
燈火の言葉に、
「ああ、当たり前だ!!! 」
と、力一杯に返答し、夜十は空間の外へ出た。掌を勢いよく叩き、黒剣を生成すると焔の隣に並んで構え直した。
「夜十、お前は赤目をやれ!禁忌は俺に任せろ! 」
「分かりました!! 」
夜十の前に立ち塞がるは緋色の瞳で睨みつけてくるギルだ。彼はさっきの攻防で夜十の存在を自分の敵ではないと認識しているだろう。だが、今からは前とは違う。
「お前なんかを相手にしている暇はねえんだよ!次は息の根を止めてやる! 」
ギルが殺意剥き出しで叫ぶ。だが、夜十には彼の言っていることなど、どうでも良かった。今はただ、ギルを倒すことだけに集中する。黄色く光沢のある瞳は眩く、殺意だけの塊であるギルとは対をなす存在。携えた黒剣を振るい、数秒先の未来を見据えた。
「お前の速度、大したことはない。俺の眼はお前の行動を手に取るように分かる! 」
地面を蹴って一気に加速、ギルの狙いは夜十の足だ。手足を捥ぎ、動けなくなったところをという魂胆。今の夜十には、ギルに関する全ての情報が激しい滝の礫が如く流れ込んでくる。
ギルは、身体の重心を低くし、脚部に強烈な蹴りを叩き込もうと試みるが、
「そんな蹴りじゃ俺には当たらねえッ! 」
見据えた未来が全てを教えてくれる。地面を蹴って、蹴りが足に当たる前に跳躍。然程高い跳躍ではないが、避けるには十分な高さ。
「……なっ!? 」
避けられたことに驚きを感じ、ギルは急いで方向転換と態勢を整える動きを図る。だが、それで間に合いはしない。ギルの脚に強烈な熱と痛みが走った。感じたこともないような痛烈な痛みに思わず叫び声を上げる。
「ぐっ、ぁぁああああああ!!! 」
ぼとりと、重いモノが落ちる音が聞こえた。ギルの右足である。ふくらはぎから骨と肉ごと真っ二つに両断されている。足からは血が大量に溢れ出て、ギルは足を抑えながら痛烈な叫び声を上げ続けた。
「ぐぅっ……あぁ、い、痛ええええ!! 」
「蘇生魔法で蘇ったみたいだけど、お前に俺が負けることは絶対にない!! 」
「痛え、クソがぁぁぁああ!! 」
跳躍し避けたことでギルに大きな隙が出来た。そこを突いた攻撃、右足を失ったことでギルに前のような速度も攻撃力もないーー。
「ほう、そろそろか。ギル、お前の本当の力を見せてやるんじゃ! 」
腕を組み、笑いながら観戦を続けていたルーニーが口を開いた。何かを感じ取ったのだろうか、笑みは黒みを帯びる。
「なっ……あっ、ぁぁぁぁあああああ!!! 」
ぼこぼこと両断された足の断面が膨れ上がり、ギルの右足の断面に自らくっ付いた。まるで引き寄せられたような速度だ。ギルは普通に立ち上がり、目を瞑る。
「骨と肉ごと断ち切ったのに、回復した!?なんだよその回復力は……!! 」
だが、ギルに声は届いていないようだった。
「うがぁぁぁぁぁぁああああ!!! 」
ギルは目を大きく見開き、叫びというよりは獣の咆哮に近い声を上げた。綺麗な緋色だった瞳は黒く塗り潰され、目の奥が真っ暗な空洞へ変化した。まるで奥まで吸い込まれてしまいそうな虚無感。
「……この魔力、おかしいだろ!! 」
先程の何倍、何十倍にも膨れ上がった魔力に夜十は違和感を感じた。
この魔力量、そしてこの感じ……。
「うがぁぁぁぁぁぁあああ!! 」
筋肉に肥大化し、身体も一回り大きくなった。これでは、まるでアビスのよう。
「なっ……何なんですか!父さん!これは!! 」
「ギルの怒りが左右して原石の力を呼び起こしたか。素晴らしい結果だ、ふはははは!! 」
ルーニーの隣に立つジャックが焦ったような声音をあげる。が、ルーニーは焦っている様子もなかった。何処となく楽しげ。
そんな反応にルーニーを横目に、ルナールは眉を細めた。
「がぎゃぁぁぁぁぁあああ!! 」
どうやら自我を失っているようで、よく分からない叫び声を上げながら地面を蹴って加速。あり得ない速度は夜十の未来予知を大きく上回った。
「なっ……この速度、間に合わない! 」
腕を交差して防御の構えを取る。その一秒後、防御した夜十の身体ごと吹っ飛ばす強烈な蹴りが叩き込まれた。
「がっ……がはっ……!! 」
腕で防御したというのに、腹部までダメージが届く貫通力には胃が圧迫され、吐血する。
「オイ!夜十、大丈夫かァ!!! 」
焔はルナールの攻撃を避けながら、夜十へ声をかけた。
「《|Black flame, show power to me(黒炎よ、我に力を示せ)黒炎の雨》! 」
ルナールの右肩に刻まれた炎の紋章が黒く光り、焔の頭上に巨大な魔法陣が展開。
黒い炎の礫が無数に流れ落ち始める。
「よそ見してる余裕があるのか!なら、これじゃどうだよ。食らいやがれ!! 」
黒い炎の礫は地面に近づくにつれ、爆炎へ変貌し、焔を襲った。
「くっ……なんだこの炎はッ!! 」
「はははははは!!お前の炎で消せるか?この呪われた炎をッッ!! 」
ルナールの黒炎に焔は視線を向けるしかなかった。夜十に気を配れる余裕はない。
「……クッソ、俺はまだ……!! 」
黒剣を杖代わりに上体を起こすが、身体を動かしただけで再び喉の奥から血が込み上げてくる感覚が走った。
「あ、肋が逝ったってことかよ……! 」
膝をつき、警戒を怠らないようにと目の前の未来を目視する。
「な……これは流石に死んーー」
夜十の目にした未来は数秒後に全く同じ蹴りが自分に叩き込まれ、絶命する未来だった。
何にせよこの身体では、もう防御することは出来ない。
俺は来たる絶望を前に目を瞑り、自分の未来を待つのだった。




