第百五十二話 荒れる吹雪
前線を輝夜と冴島隊に任せた光明は、ATSの総本部に足を踏み入れた。ATSの隊員達は、光明が来たことでザワザワと騒ぎ立てる。
滅多に前線以外の場所でお目にかかることは出来ない人物だけに、見れたことでさえ奇跡を感じる程。
「光明、久々だな。俺の顔を見るのは何年ぶりだ? 」
新島の部屋へ続く廊下の壁にもたれかかり、光明を待っていた神城は咥え煙草を右手で下ろした。
「神城さん、お久しぶりです。そうですね、二年ほどでしょうか? 」
「二年か、長いな。悪い、お前もこんな野暮話をしに来たわけじゃないんだろ?新島なら、中で待ってるぜ。 」
光明は神城にお辞儀をして、新島の部屋の扉を開く。中では椅子に座った新島が煙草をふかしていた。部屋の中は煙草の匂いで充満している、1日に何本も吸っているのだろう。
「光明、お前がここに顔を出したってことは前線で何かあったってことだろ? 」
「お久しぶりです、新島さん。勿論です、最近の前線での戦闘は実に難度を極めています。一週間置きに出現するアビスに対応するのがやっとで、ケアは出来ていないのが現状。 」
光明が言っているのは、最近の大型アビス出現頻度についてだ。以前ならば、数ヶ月に一体出るか出ないか程だった。だが、魔術師の宣戦布告があった日から、一週間に一度のペースで居住区への侵入が多く見られる。
「大型アビスが一週間に一度のペースか。全盛期の俺でも厳しいと思うぜ、中々にな。 」
「ふふふ、新島さんなら一太刀で大型アビスを何体も屠れるでしょう。 」
光明は不敵に笑った。
「魔力の消費回数が多い魔法はそれだけ身体に負荷が掛かるもんだ。 」
「まあ、それはそうですね。今、居住区に出現した凍槍龍を冴島隊と輝夜隊に任せました。 」
そう言えばと、光明は思いついたように言う。
「成る程、面白い采配だな。冴島隊は今日、護衛任務だったか。前線の安全確保の為に、一番危険なとこに放り出すとは!ははは!アイツらなら大丈夫だろ! 」
「ふふふ、お褒めに預かり光栄ですわ。 」
新島と光明は笑い合った。それはいがみ合いとかではなく、純粋な笑顔。
「新島さん、revoluciónのことなんですが、ルーニー筆頭に幹部達が拠点から出撃したとの情報があります。 」
「そうか、警戒は怠るな。奴らは、紛れもなく俺らの敵だ。日本で見つけ次第、捕縛してくれて構わない。 」
「分かりました!……っ!! 」
光明は何かを察したように笑顔を閉ざした。
「ああでも、もう日本に居ますね。丁度、凍槍龍の付近に巨大な魔力がいくつも確認出来ました。 」
光明は焦ったような素振りは見せず、真剣な表情で言った。
「まさかお前、それが分かっていながらここへ来たのか? 」
「ふふふ、そうカリカリしないでください。感知したのはたった今ですよ。彼らならきっと大丈夫です。保険で焔さんへ出撃命令を出していますから。 」
光明は再び口元を歪め、笑顔を浮かべた。
ーーその頃、冴島隊と輝夜隊は。
接近するに連れて温度は下がり、吹き荒れる吹雪で視界は真っ白に閉ざされる。
これが災害龍と呼ばれる大型アビスの力、強大さのあまり、一瞬でも気を抜けば氷漬けにされてしまいそうだ。
「帳、近付く為の突破口は? 」
「この吹雪をなんとかしなきゃ、なんとも」
帳は首を振った。吹雪の影響でマトモに近付くことさえ許されない。近づかなければ、装甲を剥がすことは不可能に近い。
「ただ、吹雪の中に標的が居るのは分かっている。つまり、吹雪に一瞬だけ大穴を開けるような一撃を加えることが出来れば! 」
帳の言葉に夜十はニコリと笑った。
「分かった!皆、俺から離れていて!穴が開いたら、俺の指示した瞬間に魔法を打ち込んで! 」
夜十の言葉通り、全員が夜十との距離を取る。全員が一定の距離に離れてくれたことを判断した夜十は、自らの魔力を上昇させた。
眩く発現する白と黄色の光。その輝きの中心には、一太刀の刀が宙へ浮かんでいる。
閃光の輝きは使用者に"握れ"と叫んでいるかのように、傲慢で強い魔力を周囲に散らす。夜十が力強く握り締めると、刀は光り、更に魔力を増幅させた。
「はぁぁあああああ!!!《光の神刀》! 」
大きな一振りは天変地異、全てを一直線に切り裂き、消滅させる。
夜十の狙い通り、吹雪に大穴が開けられ、凄まじい爆発音が鳴り響いた。
「手応えあり!燈火、鳴神先輩、輝夜さん!今です!! 」
夜十の指示通り、彼らは魔法を展開する。
三つの異なる魔法が放出され、吹雪の主に直接的なダメージを与えた。氷の装甲は破壊され、内部の装甲にも亀裂が入った。
「この流れは完璧だ!今の瞬間なら!黒! 」
三人が魔法を放出したタイミングで刀を投げた黒は、燈火の放った炎魔法で刀の下に出来た影へ移動。瞬時に影から出て、刀を握り直すと、凍槍龍の装甲の亀裂へ振り下ろした。
「装甲が割れたら全員で攻撃だよ!」
夜十の指示から数秒後、音を立てて標的の装甲が崩れ落ちる。この時、夜十は違和感を感じた。出来すぎてはいないか?偶然、奇跡が起きていい感じのムーブになっているだけ?
いや、この違和感は信じてもいいかもしれない。
「ストップ!皆、退避するんだ! 」
全員の動きが静止し、目の前の凍槍龍が消滅して消えた。いや、元々その場所に存在していなかったかのような。いつの間にか、吹雪も消えていた。
「こんな僅かなことにも気づいちまうとは、冴島夜十。お前はやっぱり脅威だな。 」
夜十が困惑しているとそこへ、黒い髪に赤い瞳の男が現れて言った。夜十はその男の顔を見て、腹を立てた。
「……ギル・リブロ!! 」
「借りを返しにきてやったぜ、冴島夜十ォォォ! 」
revoluciónの幹部、《赤目》の通称で知られるギルだった。彼の背後には強大な魔力を持つ集団が立ち尽くしていた。
夜十は突然の強襲に驚愕したのだった。




