第百五十話 新木場の思い出話
朝日奈光明。朝日奈焔と結婚する前は、由緒正しい魔法師の家柄に生まれ、魔法師を志す身として学園にも通っていた。結婚後は家を離れ、前線で指揮を振るう指揮官魔法師として活躍の幅を広め、最強としても名高い女性魔法師になった。
「燈火さんがお世話になっていると聞きまして、一度ご挨拶をしたかったのです。お会いできて嬉しい限りですわ。 」
夜十は、上品そうに話す光明の視線が自分の身体中を舐め回すように捉えていることに気がつき、青ざめた。
「お母様、許可なく視るのはどうかと……」
すると燈火が気がついたようで、光明に言った。
「私が今何をしていたか、分かったのですか? 」
「俺の本質を見極める瞳をしていましたね、大方、見破る能力でしょうか? 」
「ふふふ、半分正解で半分不正解ですわ。でも、その歳でそこまで感知できるのは素晴らしいことですよ。 」
ふふふ、と光明は笑った。
「近いうちにATSの本部に訪ねると思います。新木場さん、新島さんに伝えておいてくださいませんか? 」
「おう、分かった。……って、もう行くのか!? 」
「少しだけ立ち寄っただけですから。数百キロ圏内に大型アビスの出現を私の魔力が感知しています故、長居は出来ないのです。また次の機会にお願い致しますわ。 」
数百キロ圏内!?そんなところまで魔力の感知が出来るのか?!
その感知能力は異常すぎる。
「では燈火さん、頑張ってくださいね。 」
「はい!お母様!ありがとうございます! 」
燈火が深々と頭を下げる様子を確認して、光明は夜十の方に視線を移した。
「夜十さんも燈火さんのこと、頼みましたよ。 」
「はい!任せてください!! 」
元気のいい返事を返すと、暖かく心地のいい温風が肌を撫でてきた。瞼を下ろし、満足げに温風を感じていると、その頃には光明の姿は無かった。
「凄い方だったな……」
「でしょ!?お母様は私が唯一尊敬している魔法師なの! 」
燈火は、さも自分のことように嬉しがる。
「嗚呼、とんでもない魔力感知だね。俺が出会った魔法師の中でダントツじゃないかな。 」
夜十が感心していると、新木場が「それは違う」と言いながら否定してきた。
「あの感知力を超える魔法師、俺出会ったことありますか?! 」
「……ああ、ある。美夏だよ。 」
「え、姉ちゃん!? 」
《戦場の歌姫》と謳われ、数々の戦場を魔力を乗せた歌声で味方問わず敵も魅了し、前線を勝ち抜いた伝説の魔法師。
新島とも肩を並べるほどの実力者だと、話だけでは聞いたが、いつもしっくり来ない。
自分の姉がそこまでの強さを持った魔法師だったということに実感が湧かない。
「美夏は光明の永遠のライバルだからな。同学年ってこともあってか、学園時代から競い合ってお互いを高め合ってたんだ。 」
「それでも、姉ちゃんのが凄かったんですか? 」
「いや、感知能力に関しては美夏は飛び抜けてたが、魔力消費量はコントロール力は光明の方が武があったな。俺は二人と別の派閥だったが、有名だったよ。 」
改めて姉の偉大さを知る。実感が湧かないのは、自分と過ごした時間が短かったからだ。それでも、魔法師という職業につけたのが最近でもよく分かる。
"護る"ということはとても難しいことなのだと。
「新木場さん、夜十のお姉さんの話聞かせてもらえませんか!お母様との接点も聞いてみたいです! 」
燈火は新木場へ期待の眼差しを向ける。
「ああ、いいぞ!となると、酒が足りねえな!酒持ってこい!! 」
「新木場さん飲むとヤバイじゃないですか!ダメですよ、俺が標津さん怒る騰さんみたいになってもいいんですか? 」
新木場の顔が一瞬で青ざめた。酒を飲む口実が出来たと喜び、顔を赤らめた直後のことだ。
「ああ、今日はやめておこう。今日は燈火ちゃんが満足するまで話をしようか。 」
「本当ですか!!やったー! 」
両手を掲げ、笑顔で喜ぶ姿を見て夜十は、微笑ましいと思った。
「二人はKMC魔法学園の派閥制度の振り分け試験を知っているだろう? 」
「はい、知ってます。俺の場合、燈火とサシで戦うことになった試験でしたから。 」
「俺は当時、戦闘派のボスを務めていたんだ。色んな強い奴と拳を合わせてた俺としては初めてだったよ。歌声だけで敵も味方も魅了する奴は! 」
新木場は雄弁に語り始めた。
「美夏は新島とのサシだったんだ。新島は当時ズバ抜けてたからな、勝負は簡単に終わるかに見えたがーー」
ーー数十年前。
KMC魔法学園の入学生の総数が歴代最多数を超えると話題になっていた世代だ。今思えば、黄金期だったとも言える。当時の卒業生は皆、名を馳せる人物だったからだ。
「新島君、私が勝っても文句は言わないでよ! 」
「当たり前だ、サシの勝負で文句なんざあるわけねえだろ!正々堂々来い! 」
当時、二人とも十六歳という年齢で見た目も若かった。新島は茶色い髪を短髪で纏め、それでいて尖った髪型をしていた。美夏は、黒く長い髪をゴムで縛り、ポニーテールで纏めている。両者共、動きやすそうな髪型だ。
スタートコールと同時に二人は武器生成も行わず、高度な格闘のみで戦い始める。
攻撃、防御、攻撃、素早い格闘と防御は紙一重で出来るものではない。才能?いや、この二人はそういう括りで纏めるべきではない。
「一年生でこのレベルか……」
審査として試合を見ていた新木場は腕を組んで、二人の戦いを分析していた。
すると、新島は美夏の強烈な蹴りを瞬時に判断して、後ろへ後退して避け切り、飛び上がって目を瞑った。
「……終わりにする。《神々なる剣聖よ、聖は光に、剣は力へ!赦されし聖剣》! 」
両手を広げ、詠唱を完成させると、新島の背後に無数の白色に光る大剣が生成された。
それらは浮遊し、新島の詠唱を驚きの表情で目視し続ける美夏へ放たれた。
この量に、この威力、当たれば尋常ではない。
「凄い魔法……!でも、私は負けない。最後まで諦めない!《声の波、音の波、歌の波。静寂を淘汰することお許しを。叫びの荒波》! 」
詠唱を終え、目を瞑って、美夏はスーッと息を吸い込む。"ここだ!"と言わんばかりに目をカーッと見開き、口から耳が劈く程の高音を叫び始めた。人間が出せるレベルの高音ではない。どちらかというと機械音に近いか。叫び声というのは、人を不快な気持ちにさせる傾向があるが、彼女のは何故か胸に高揚感と癒しが与えられた。
「なっ……!?なんだこれ!! 」
凄まじいまでの高音で鼓膜が破れそうなのにも関わらず、叫び声はだんだんと歌になって頭を流れ込み始める。
新島は歌に魅了されてしまったのか、浮遊していた剣を消滅させ、美夏に一歩ずつ近づく。
「何とか行けた!やっぱり、私の歌を前にすれば誰だって平等になるんだ。強いとか関係ない!」
そう言って美夏は近づいてきた新島の顔面に鋭い蹴りを放ち、勝負は幕を閉じた。
「ーー今思えば、あの時の二人が同じ組織に入るなんざ、人生は何があるか分からないもんだな。 」
新木場は辛気臭そうに笑った。
「姉ちゃん、新島さんに勝ったんですか!?す、凄い……!! 」
「新島さんを倒すほどの実力者なんて、やっぱり《戦場の歌姫》は名ばかりじゃないのね。学生時代から凄いなんて! 」
その後も燈火と夜十は、新木場の話す美夏と光明の話に耳を傾け、真剣に聞くのだった。




