第百四十七話 虚勢と本音
「ミクル、コイツはお前と同い年だ。仲良くしなさい。 」
新木場は幼いミクルの頭をポンポンと優しく撫でる。ミクルは、黒髪の少年を前に笑顔で尋ねた。
「私はミクル・ソネーチカ!あなたのお名前は? 」
「冴島夜十、ミクルちゃんはどこから来たの? 」
「私は遠い国!ちゃん付けしなくていいよ!ミクルで!夜十、よろしくちゃん! 」
十一年前、俺は新木場さんに紹介されて、ミクルと初めて顔を合わせた。
最初はうるさい奴だと思ってたけど、歳を重ねる度に信用して信頼し始めた。自分と同い年の兄弟みたいな奴だと思ってた。
「はぁぁああああ!!! 」
怒号を叫び、猛進して夜十は剣を振るう。
ミクルが急接近して行おうとしていることへの牽制の動きだ。彼女は脚に力を込め、速度を遅めると、振るった剣をステップで華麗に避けてみせた。
回避行動の速度から、夜十が次の攻撃に間に合う防御は限られていた。彼女が狙う箇所によるが、その場所は未来が教えてくれる。
だが、「なっ……ぐっ、ぁぁあ!! 」
ミクルの鋭い蹴りが夜十の横腹へ突き刺さり、数メートル先へ吹っ飛ばされる。
未来予知では確かに腹部の中心への攻撃だったはずだ。防御を中心へ集中させていたのにも関わらず、当たったのは横腹。未来予知が出来ていない?
夜十の頭の中は、疑問で埋め尽くされた。
「余計なこと考えてる暇、あるの? 」
ミクルの余裕そうな言葉は夜十の頭上から聞こえ、瞬時に頭の位置を逸らした。
右耳に強い爆発音が伝わり、耳から血が吹き出る。右鼓膜の損傷。
ミクルは勢いよく地面を蹴って跳躍し、何らかの魔法を脚に付与した状態で夜十の顔面を踏みつけようと足を伸ばしたのだ。
「くっ……!お前、本当にミクルか!? 」
運良く首を逸らした影響で夜十は大事には至らなかった。もし、避けていなければ致命傷を負っていたに違いない。
体を仰け反らせて勢いよく立ち上がり、周囲の警戒を怠らずに構え直す。右耳からの流血など、気にしている暇はない。
「ミクルだよ、ずっと夜十の側にいた嘘吐きの化け物の名前。 」
ミクルは冷たく言い放ち、眼光を光らせる。
地面を蹴り、速度を上昇させ、一気に夜十との間合いを詰めた。だがこれは予知された未来が教えてくれた動き、夜十はミクルが足を伸ばして股を開くコンマ数秒を見逃さず、スライディングで彼女の背後を取った。けれど、ミクルの反応速度は異常。背後を瞬時に向き、裏拳で牽制しようと試みる。
「化け物なんかじゃねぇ!お前は俺の大切な家族なんだよ!! 」
この言葉に僅か数秒、ミクルの動きが鈍くなった気がした。気がしただけかもしれない、気のせいかもしれない。だが、夜十はその数秒の身体の停止を捉えた。
「頭を冷やせ、ミクル!!何度だって言ってやる!お前は化け物じゃねぇ!! 」
背中を仰け反らせ、裏拳を回避。前に頭を出す勢いを殺すことなく、右足を強く踏み込んで、ミクルの頭に頭突きを打ち込んだ。
「があっ……!! 」
想定外の攻撃にミクルの動きが更に鈍った。頭への打撃で視界が歪み、目眩が走る。頭を片手で抑え、下を俯いて安定させることに時間を使おうとした。
迫り来る殺気に怯え、彼女は目を瞑った。
夜十の怒りの一撃はーー、
「えっ……? 」
ミクルは何秒経っても攻撃が来ないことに驚いて、思わず拍子抜けた声音を上げる。
恐る恐る瞼を開くと、其処には真剣な表情の夜十が立っていた。
「ミクル、お前!! 」
夜十は右手を掲げ、ミクルの頭へ振り下ろした。"叩かれる!"そう思ったミクルは再び目を瞑って、痛みを待った。
だが、走った感触は痛みではない。頭の上に夜十が手を置いた感触だった。
「一人で抱え込むなって言ってんだろ!アイツらの心無い発言なんか気にすんな! 」
その言葉に彼女の瞳から透明な雫が頬を伝って首に渡り、落下した。
「お前は俺や神城さん、ATSに所属するメンバー全員の家族の一人なんだ!一人も欠けちゃいけない。何度も言ってるだろ! 」
夜十の言葉に彼女は、その場に崩れ落ちた。
「うん、ごめんなさい。でも、皆にこれ以上迷惑をかけたくない。私の国のケジメは生き残りの姫である私が付けなければならないんだよ! 」
「それをやめろって言ってんだよ。まだ、分からねえのか?俺らがいつ迷惑してるなんて言ったよ。いい加減、迷うのはやめろ! 」
「皆のことは信じてるんだよ。だからこそ、失うのが怖い!私一人なら、一人で勝手にーー」
「ーーいい加減にしやがれ、ミクル!! 」
彼女の声を遮るように、太く低く野太く強い声音が周囲を一喝した。
「信じていても不安、心配、それは募っちまうもんだ。人間なら辛いこと、悲しいことが自分の身に起こる度に全てに対して、疑心暗鬼になる。それは何もお前だけじゃねえよ。 」
先程とは打って変わって、弱々しく優しい声音で神城は目の前の少女に語りかける。
「この先、辛いことがあっても何も考えるな。お前は前だけ見てくれりゃいい。大切な娘のことを陰で助けるのが親の役目だからな。これは約束じゃねえ、義務だ。 」
「神城さんが私のパパ……」
神城が優しくかけてくれた言葉は、ミクルの胸に響き渡る。
「うん、ありがとう。パパ! 」
ミクルはクスッと笑って、神城に笑顔で言い放った。
神城は嬉しそうに笑って、
「ミクル!改めて、おかえり! 」
彼女を強く抱きしめたのだった。




