第百四十話 本当の目的
夜十と帷以外の隊員、及び生徒には学園への帰還の指示を言い渡し、彼ら二人はrevoluciónのギル隊を本部に案内していた。
長いエレベーターを降り、地下の施設内に辿り着くと、夜十は後ろを振り返り、目を瞑る。
「……んあ?何だよ、テメェ? 」
セッカチなのか、痺れを切らしたギルがややキレ気味で夜十を睨みつけた。
「……別に何でもないよ。さあ、行こうか。 」
警戒心は強めに、夜十は瞳を見開いた。
黄色く輝く瞳で五人のギル隊の隊員を見続け、来賓客との取引を主とした用途で使われる待合室に彼らを通す。
"ミクルに会いたい"そう願う彼の気持ちが本心なのか、推し量るだけだ。
「少し待っていてください。 」
帷は夜十を残して、ミクルを呼びに行った。
「……今なら仕留められる。そう思っているのなら諦めた方がいいよ。 」
夜十はギル隊の全員へ忠告した。
彼らの未来、感情、心の中を見てから言ったことだ。今、五人で一斉にかかれば狭い部屋の中で夜十を押し潰すことは容易。
彼らは殺意を剥き出しにしていた。
revoluciónは、殺意を隠すことさえもできないのか?と、疑問に思った。
「気づくのが早いな。まさか、その黄色い眼が関係してんのか? 」
「答える義務はないよ、ギルさん。 」
ギルは「チッ」と舌を鳴らした。
夜十の態度が気に入らないのだ。
「連れてきましたよ、ミクル。」
待合室の扉が開き、帷が勢いよく入ってきた。扉の外には俯いたミクルの姿。
その横には虹色と奏多が立っていた。
「あっは!こんなに早く、目的に辿り着けるとは思わなかったぜ! 」
ギルは嬉しそうな表情を浮かべ、黒い瞳を緋色に染めた。紅く綺麗な丸い瞳から発される魔力は禍々しく、場を圧倒する。
夜十は一度、あの魔法を食らったが、身体は跡形もなく消滅してしまった。
それがギルの魔法なのか?
「死ねえええええ!!! 」
ギルの言葉と共に消えるは、ミクルの身体。
空気に酸化するように、みるみるとミクルの身体は消滅した。
「……」
ミクルが死んだ?
その場に居た誰もがそう思ったはずだ。
何故なら彼女は何も発することなく、目の前で消滅したのだから。
「目的達成だ!ははははははは!! 」
高らかに笑うギルに、夜十は凄く嫌悪感を覚えた。
「それがお前達の目的か。事前に分かって良かったよ。 」
「は?何を言ってやがる?お前らの目の前で消えたろうがよ。笑わせんな! 」
ギル隊の一人、赤い髪をツインテールで纏めている美しい姿をした女性が口を開く。
「今の魔法生物だったわよ。ギル、嵌められたわね。父さんに叱られてしまうわ。 」
だが、女性は焦ったような素振りは見せない。ギルのことを馬鹿にして笑っている。
「チッ!フェニ!分かってんなら教えやがれ! 」
「ギルなら分かると思ったんだけど、まだその辺はお子様ね。で、どうするの? 」
ギルは、女性の馬鹿にした態度に呆れたのか、溜息を吐いて、後頭部を掻いた。
「バレちまったもんは仕方ねェ!テメェのしたミスをテメェで埋めれなきゃ、隊長名乗ってんのも阿呆らしいよなァ!! 」
「ここは俺らの総本部、お前らの領域じゃねぇが、覚悟は出来てんだろうな? 」
夜十は相当キレていた。
滅多に怒らない温厚な夜十だが、大切な人の命を奪おうとしていた連中だ。
「……あぁ?テメェなんざ、俺の足元にも及ば……ッ!? 」
夜十の拳がギルの顔面へ捻じ込まれる。
ギルは、狭い部屋の中、机と椅子を巻き込みながら地面へ叩きつけられた。
「やりやがったな、テメッ……!! 」
立ち上がり、反撃の構えを取るが、そんな隙も与えない。
直ぐさま、ギルの腹部には鋭い蹴りが突き刺さり、振り上げた夜十の拳が頸を直撃した。
「許されない行為をしたお前達が悪い。俺の怒りを受け入れろ!! 」
次の攻撃、ギルの顔面へ再度蹴りをお見舞いしようとするが、夜十は途中で攻撃をやめた。一歩後退し、距離を取る。
「何じゃ、今の初動の動きでワシの動きが読まれたんか? 」
今もし、ギルに夜十が蹴りを行なっていれば、背後からの居合い斬りに反応出来ず、斬られていた。
夜十の眼は空間全ての未来を把握している。
「この部屋から何回貫けば……。あぁ、成る程。やるしかねえか!虹色、奏多さん、帷!引きこもってください! 」
「はぁ?!何する気っすか!分かったっすよ。吹雪、帷さん!入るっす!! 」
奏多の魔法、《引きこもり》は、固有空間を生成し、周囲の害為す存在からの攻撃を一切受け付けない力を持つ。
「この角度なら……」
ーー瞬間。
夜十の周囲を真っ白く黄色い光が包み込み、ギル達は眩い光で何も見えない状態になった。
光の中、掴むは刀身の長い刀。
これまでも幾度となく救われてきた新島鎮雄の伝説の技。
「《光の神刀》!! 」
大きく振り降ろすと、刀身から凄まじい威力の衝撃波が放たれ、待合室の壁を容易に貫いた。爆発音と破壊音が交差する中、夜十は壁に空いた穴に向かって歩みを進める。
「付いて来い! 」
ギル隊の全員は疑問げな表情で、壁に空いた穴の中を進んだ。
暫くすると、空間全てが真っ白な広い部屋に辿り着く。
「ここでなら、思う存分暴れられる。アンタら、五人でかかってこいよ!! 」
夜十は両掌を叩きあわせると、黒剣を生成して重心を落とす。
「俺ら五人を一人で相手しようってのか? 」
ギルは嘲笑し、夜十の大真面目な態度に逆上した。
「ふざけんなっ!!テメェ!!後悔させてやる、その言葉を吐いちまったことをなァ! 」
ギルは一歩を強く踏み出し、夜十との間合いを一瞬で詰める。
その間、他の四人も一気に駆け出した。
「……そういう連携か。 」
夜十はボソッと呟き、一瞬で間合いを詰めてきたギルが放つ拳を弾く。
一度、しゃがんで立ち上がる動作と同時にギルの顎へ強撃を放った。
直後、夜十の背後に刀を引き抜かんとする武蔵が現れ、鋭い眼光を揺らす。
流れるように白刃が夜十へ突きつけられた。
「ワシの刀とアンタの判断、どっちがキレるか、試してみるかい? 」
武蔵は確実に射止めたとさえ、思った。
今の間合いで、初動の動きは確実に武蔵が上回っていた。
だが、宙に浮く無数の赤い光を纏った剣に武蔵の刀は受け止められた。
「……《焔弁の爆炎花》! 」
ボソッと呟き、自由自在に炎の剣を操る。
力む武蔵の首元へ既に炎の剣が突きつけられていた。無言の圧力だ。
「刀を下ろさないと、首が飛ぶよ? 」
「ははははは、関係ないんじゃワシらには! 」
武蔵はそれでも動き続け、突きつけられた《焔弁の爆炎花》が身体に突き刺さろうとも、夜十へ眼光を浴びせ続ける。
まるで猪?いや、鬼のようだった。
猪突猛進に突っ込み、刀捌きを見せる。
簡単には彼は止まらないようだった。
ーー「何をしてるんだい? 」
演習場の扉が開き、殺伐とした戦闘の最中に入ってきたのは夜十も見たことがない男女四人の集団だった。
「……《魔を愛する者よ、一度とて離れることを知り、己を見るがいい!束縛結界》! 」
集団の中の一人である女性、黒い髪の女性は目隠しをしている。
それで見えているのか?と疑問が浮かんだが、彼女は御構い無しに詠唱を完成させた。
ギルを含めた隊全員に黒く太い拘束具が全5箇所に渡って強制装着される。
彼らは重心を保つことが、ままならなくなり、芋虫のように地面へ転がった。
「何じゃ……!?これは!! 」
「あぁ?邪魔してんじゃねェ!こちとら、殴られたままなんだよ。クソがぁぁ!! 」
ギルと武蔵は驚愕し、吠えていた。
後の三人は仕組みを理解したのか、首を傾げてガクリと俯く。
「貴方は《赤目》ですね。まさか、日本の国際組織の演習場に有名人がいるとは思いませんでしたよ。 」
「あぁ?誰だテメェ! 」
ギルは憤怒し、黒い瞳を赤く染めようとする。だが、目の色は変わらなかった。
「でもこれは凄いメンツですよ。不知火さん。 」
「確かにな。《赤目》に《国潰し》、《魔斬り》、《禁忌》、《不死》か。revoluciónの幹部連中に匹敵する戦力だろ? 」
不知火と呼ばれた男は、金色の髪の爽やかな好青年といった感じで、おでこの部分が抉れたような酷い傷跡があった。
「あー、アンタ。俺の彼女……ごほん!吉良ちゃんの魔法の前じゃ、人間以下だよ。 」
「誰が彼女ですか!付き合ってません!!《赤目》、魔法で消滅させようとしても無駄です。私の魔法で拘束されている以上、貴方は魔法を使うことが出来ませんから。 」
ギルは怒りに満ちた表情で吉良と不知火を睨みつけた。
「あの……誰ですか? 」
突如として入ってきた四人の人物に、夜十は敵意を向け、真顔で問いかける。
「嗚呼、冴島君だよね。俺らは敵ってわけじゃないんだなこれが! 」
「はあ……? 」
微妙な返事の夜十を無視して、不知火は続ける。
「俺は不知火勝人。どこの組織にも属していない魔法師、所謂、単独魔法師やってる。 」
国内魔法師は騰と標津が交渉して、承諾を得たんだったか。
この四人はその国内の魔法師なんだろう。
「同じくソロの吉良椎菜です。先程、新島鎮雄さんとの話し合いを終了し、通りかかったところを《比翼》ちゃんにサーチしてもらって助けに来たという次第です。 」
「《比翼》……!? 」
あまりにも有名な魔法師の名前が出てきたことで、夜十は思わず困惑した。
《比翼》とは、日本のソロの魔法師でありながら、現役時代の新島と何ら遜色ないほどの力を持っている人物。
何回かATSも勧誘しているが全て断られて終わっていた。
「どうも!《比翼》って通称で呼ばれてる葛城日南だよ!よろしくね! 」
そう言って夜十の前に顔を出したのは、黒い長い髪を黒いゴムで縛って、ポニーテールで纏めた女性だった。
彼女は活発そうに話を進めるが、夜十は彼女の顔に凄まじい違和感を覚えていた。
誰かに似てる……?
そんな中、彼女は思い出したように言う。
「それと、私!冴島君とは深い繋がりがあるんだよ!!それはね……」




