第百三十九話 ギル隊との接触
あの日から数日が経ち、夜十を含め、生徒達の身体の傷も癒えた頃。
夜十は四人の生徒を選抜し、自分の部隊と共に学園外へ来ていた。
「近隣住民の避難は確認済み。輪廻、帷、敵の数の確認を頼むよ。 」
冴島隊は、隊長を夜十とし、燈火、鳴神茜、仁科黒と、攻撃的な魔法師が揃い、索敵などが専売特許の元新島隊、霜月帷を引き入れた様々な場面で臨機応変に立ち回れるように、バランスを意識した隊員構成になっているATSの新隊だ。
「大丈夫っスよ、緊張せずにいつも通り、自分のペースでやるといいっス! 」
倉橋にとって、霜月は自分と同じ系統の魔法を持った先輩に当たる。
歳こそ離れているが、彼女の潜在能力は霜月帷の学生時代の数値よりも遥かに上。
霜月は出会った時、あまりの強さに嫉妬して苦笑いをしてしまった程。
それでも霜月は、彼女に優しく接する。
才能はあれど、この間までは魔法師志望として生活していた一般人だ。
戦闘経験は当然からっきし、自分が注ぎ込める情報は譲渡するつもりでいる。
「帷、嫉妬してるの? 」
夜十が帷の様子に勘づき、茶々を入れる。
「し、してないっスよ!俺っちは俺っちのスタンスでいくっス! 」
遠距離でも索敵が可能な輪廻とは違い、霜月は近距離からの索敵が得意。
自分自身を透明化させる透明魔法は、気配も姿も消すことが出来る。
霜月の姿が消え、気配も、足音も消える。
「先生!アビスの反応は何も……!ただ、五名の人型生命体を確認しました。増援ですか?」
倉橋は五人の人影を索敵し、見つけた。
「隊長、魔法師を五人確認したっス!それも見たことない連中っスよ。増援の知らせは? 」
夜十は横に首を振った。
魔法師の増援?そんな話は新島から聞いていない。ただいつも通り、指定の場所に向かってアビスを討伐しろと命じられただけだ。
「近くで任務して奴らがついでに片しといてくれたんじゃねぇの? 」
クロの言葉に夜十は違和感を覚えた。
この近く一帯以外でアビスの出現報告があり、今日は夜十が任された管轄区域内を帰り道にする隊は存在しないはず。
一体、何が起きている?
「俺がコンタクトを取る。クロ、鳴神先輩、影で。燈火、帷、光で頼むよ。生徒組はここで待機。 」
「……御意! 」
「分かった……」
夜十は街の中へ入るべく、歩みを進めた。
隊員達は各々の役目を果たす為、行動へ移す。
真っ直ぐ、街が見える車道を歩いていくと、交差点の真ん中に立つ、一人の男が見えた。
黒いスーツに赤いインナー、黒髪の美形な青年はイラついたように、右手に持っている端末の画面を見ている。
近づくに連れて、声が聞こえるようになってきた。彼はこちらの様子に勘付いている筈だ、だが、視線も向けてこない。
「……なんで俺がこんな役回りよ。 」
「すいません、この辺の魔法師じゃないですよね?どこの管轄ですか? 」
丁寧な日本語で夜十は男へ声をかけた。
すると、夜十は違和感を感じた。
彼はこちらに気付き、さっきまでは黒かった瞳を緋色に変え、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「あぁ?うるせえよ、消えろ! 」
夜十は何の反応も出来ず、男の瞳に全身を捉えられてしまった。
そして感じるのは熱さと痛み。
最初に見られたのは顔、次に全体だ。
夜十の身体は赤らみを持ち始め、次に消滅した。消滅する意識と身体の中、夜十は青年の表情を見つめ続けた。
男は大声をだして笑い、目の前で消滅した少年の死を嘲笑う。
「はははははは!!!気安く話しかけんじゃねぇよ!新島の犬風情が!! 」
空を見上げて笑っていた男は完全に油断していた。だから、背後に現れた人物の凄まじい蹴りに反応出来るわけがなかった。
「……最初から交戦目的か。 」
背中を蹴られ、吹っ飛ばされながらも上体を正面に向けながら立ち上がる男。
反応の良さと判断力の高さから中々の手練れであることは間違いなさそうだ。
「へぇ〜、消えてなかったのかよ。あの至近距離で俺の魔法を回避したのはお前が二人目だぜ。……面白え!! 」
男が楽しげに笑っていると、夜十の背後から鋭く強い殺意が刃物に乗って迫る。
けれど、夜十は後ろを振り返らなかった。
別に気づいていないわけではない。最初から五人いると分かっているのだ。
それなりの警戒は怠る気はない。
カ、キンッ!と、金属と金属がぶつかり合う甲高い音が背後から聞こえる。
後ろを横目で見てみると、黒が自身の剣でビルの屋上からか降ってきた和服姿の男の刀を止めていた。
「ほう……中々やるの〜。じゃが、ワシとお前では経験が違ごうて話にならん! 」
和服姿の男は、刀から一度手を離し、草履を履いた足でクロの腹部へ蹴りを放つ。
「それはどうかねぇ?テメェの攻撃なんざ避けるまでもねぇよ! 」
クロは敵の動きを瞬時に判断し、剣の峰を滑らせて蹴りを受け止めた。
「これは中々……」
「上から目線でモノを言うんじゃねぇ!クソボケがぁぁぁああ!! 」
峰を飛ばし、相手の体勢を崩す動きをすると、クロは重心が後ろにかかった相手の足をかけ、尻餅をつかせる。
そして瞬時に軽く飛び上がると、柄の部分で上から腹部を押し潰した。
「うっ、ぐはっ……!! 」
口から血を吹き、和服の男はクロを睨みつけた。
「武蔵を圧倒するとはよ。だが、お前らはその程度の人間ってことか。 」
夜十の眉間に凄まじい速度で空気を切り裂く刃物が無数に放たれた。
とても普通の状態の瞳で追いきれる量じゃない。
「全く、ダメじゃないか。二人共〜! 」
声のする方を向くと、金髪の白肌の青年が立っていた。青年の雰囲気はどこか、誰かに似ている気がした。
向かってくる刃物は、夜十へ届く前に全て地面に音を立てて落下した。
コンクリートに落ちる金属音が周囲の音を支配する。
「刃物投げるの早いね〜!君達の目的は何? 」
鳴神の手によって、刃物は落とされていた。
空気中に無数に存在する静電気の質量をあげ、壁に具現化。
軌道を変えない刃物は、見えない壁によって行く手を阻まれたというわけだ。
「オイ、ギル。こいつら、只者じゃねぇぞ。やり合えば何回かは死ぬ。 」
「そうよ、ギル ♪ 無駄な戦いはしないって、父上に言われているでしょう? 」
その金髪の青年の背後から二メートル以上はあるだろうという身長に、屈強な身体の至る所に無数の紋章が描かれている男と、白と青が混ざった雪のような綺麗な長い髪の女性が歩いてきた。
「なんだよ、ルナ。こっからが面白そうなのによ。 」
ギル、と呼ばれた男は緋色に染めた色を黒色へ戻すと、戦意を消した。
クロを睨みつけている和服姿の男もだ。
立ち上がり、持っていた刀を腰に挿している鞘へ戻す。
「戦闘を控えろって言ってても、やっちゃいけないとは言われてないだろ。ルナのケチ! 」
「ケチ!じゃねえんだよ。あのままやっても、ビルの屋上に二人待機がいたろ?そいつらの魔力が凄えんだよ。 」
燈火と帷のことだろう。
気配を消していたはずなのに勘付かれていたことに驚きを隠せない。
「お前らの力量を測ろうと思ってのことだったんだ。すまない、俺はrevoluciónのギル隊所属のルナールだ。よろしく頼む。 」
「revolución……!? 」
夜十はその名前に嫌悪感を抱き、苦虫を噛み潰したような表情で睨みつける。
「魔術師と大戦争が勃発する日本から救援を頼まれた組織の名前を聞いて、何をそんな嫌な顔してやがる?テメェ! 」
ギルは怒りを露わにした様子で夜十へ怒鳴った。
「……ルナールさんと、言ったかな。俺は冴島夜十。ATSの冴島隊の隊長をしてる。ここに居たアビスの駆逐は礼を言う。が、俺の前にもう二度と姿を見せないでくれ! 」
それだけ言って、夜十は仲間全員に帰還の指示を言い渡し、振り返って帰ろうとすると、金髪の青年が口を開く。
「僕の名前はジャックと言います。どうか、話だけでもさせて貰えませんか?冴島さん、先程の無礼はお詫びします。すみませんでした! 」
好戦的な様子は一切見せず、ジャックと名乗った金髪の青年は深々と頭を下げた。
それと同時にルナールも頭を下げる。
「ギルも謝れって……! 」
ルナールはギルの頭を無理矢理、下げさせる。横に居る女性も頭を下げた。
「……ジャックさん、貴方の下の名前は何ですか? 」
夜十はふと、ミクルがあの日、あの場所で全員に話したことを思い出した。
「下の名前ですか……?ソネーチカですけど、何か問題でも? 」
その時、夜十の表情が曇った。
ソネーチカ?それは、ミクルと同じ名前だ。
「あぁ。貴方は、あのお姫様に何か聞いてるんですか? 」
ジャックは不気味な笑みを浮かべ、夜十へ問いかける。決して笑うような場面ではないのだが、彼は何故か笑った。
「お姫様……? 」
「その様子だと細かいことは聞かされてないみたいですね。居るんでしょう?そちらに、ミルク姫が。 」
ミルク姫?誰のことだ?
夜十は意味が分からなかった。
「ミルク……?ミクルのことか? 」
「ああ、失敬。ミクルでしたね。ミクル・ソネーチカ。それは僕の妹の名前です。 」
金髪の青年は平気な顔で言ってのけた。
「ミクルの兄? 」
「そうですよ。生き別れの妹なんです。僕は妹の身元をずっと探してきました。そしてやっと、日本の組織に所属していることが分かったんです。妹に会わせてください。 」
さっきとは打って変わって、ジャックは哀しげな表情をした。
まるで一つの人格が変わって居るかのような違和感を感じる。
「こんなに丁寧にお願いしてんのに、日本の組織はこっちのお願いを蹴るのかよ!あぁ? 」
「ギル、良いんです。貴方が怒りをぶつける必要はありません。どうか、お願いします。冴島さん……! 」
夜十はジャックに強い違和感を感じたが、そこまで言うのならと本部に案内することにした。新島と契約を結んだのは事実だし、この組織との協力関係を断つことはできない。
「分かりました。但し、条件があります。 」
夜十達は本部へとrevoluciónのギル隊を案内するべく、帰路に着いたのだった。




