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追憶のアビス  作者: ezelu
第2章 組織編《revolución編》
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第百三十八話 倉橋の才能

夜十は頭の中で、アビス討伐の参加者を絞り始めていた。

当初は、虎徹と熱矢は確定にしていたが、今回の戦闘演習で考えが変わった。


虎徹と熱矢は、自分達がライバルで二人で強くなっていってくれるだろう。

実戦経験はクラスのメンバーの中でも長けていると言ってもいい。


やはり、討伐参加者はーー、



「この状態で俺に致命傷を与えられるかな? 」


夜十は余裕綽々としていそうで、そうではなく、周囲の警戒を怠らない。

常に自分の眼で標的の動きを確認する。


ーー突如、二人の生徒が動いた。

真横からの挟み撃ちによる奇襲だ。

だが、夜十には奇襲にはなっていない。

二人が動くことは予知していた。



「挟んで避けたところをっ……か。それなら……! 」


夜十の予知では、上に飛んで避けると二人の仕掛けたトラップの手中に収められてしまう。つまり、上以外で避ければいい。

そう考えた時、頭に違和感が走った。



「爆散させるしか……!《緋色の情熱花(アンスリューム)》!」


夜十の足元が赤く高熱を帯び始める。

靴の裏がジリジリと溶け始め、次の瞬間には爆散した溶岩が噴出し、二人の連携を崩した。


バチバチと火花が散り、巨大な爆発音で周囲には黒い煙が立ち込める。

やはり、あの位置には大量のトラップが仕掛けてあったようだ。

迂闊に動けば身動きを取れなくなり、連携技をモロに食らっていただろう。



「今のは燈火先生の……!! 」


咄嗟の判断能力だけで言えば、夜十は歴代の魔法師の中で一、二位を争う程の判断能力を持っている。

今の局面で時限式の床型罠を使おうと思う辺りが優れていると言える。



「そうだな、一気に黙ってもらうか。 」


夜十は態勢を低く、重心を落とした。

黄色く光る瞳で周囲を見据える。



「お前ら構えろ!何か来やがる!! 」


熱矢が何かを察知したのか、一人佇む夜十の方向へ視線を向けた。

全員、集中力を咎めようとせず、彼の動きを見ることだけに集中した。




ーーだが、ずっと見ていたはずなのに。

見えるは、青白く光る残像。

数秒前は確実に居たであろう、その場所にはくっきりと残像だけが残っていた。



「いやっ!かはっ……! 」

「ぐっ、ぁぁぁ!! 」

「がぁっ……!! 」


熱矢と虎徹の周囲で断続的に起こる味方の断末魔と、倒れる音。

今の一瞬で五人はやられてしまった。


「倉橋、見えてるか!? 」


マイクで倉橋輪廻に確認を取る。

けれど、彼女も見えてはいなかった。

見えるのは、夜十が移動する際に少しずつ出来る青白く光る残像だけ。



「この魔法はあまり使いたくなかったんだけど……出し惜しみをしてる暇はないよな。なあ、見てるか?久我……」


夜十は、か細い声で呟いた。

久我祐一(くがゆうい)、夜十の元クラスメイトだ。《正義派(ジャスティス)》の十柱として学園を救出に来た夜十と交戦。

敗れ、この世から還らぬ人となった存在。


夜十にとっては、数少ない笑い合える友達だった。


「全然ダメ!私の索敵魔法でも追いきれない! 」


倉橋は切羽詰まった様子で答える。

虎徹も熱矢もどうするべきか、思考回路を巡らせて考え続ける。


「ぐぁっ! 」

「がはっ……!! 」


時間が経つにつれて仲間はどんどん気絶させられていく。

気がつけば、残り八人になっていた。

二十二人はあっという間に気絶させられてしまったのだ。


圧倒的なまでに強すぎる力。

虎徹はただただ思った。

この人を越えるためには、どうするべきなのか。と。


倉橋もどうするべきか、考えていた。

今、自分を討ち取るためには三人の魔力を混合させた羅生門を破る必要がある。

だが、壁の外の残り四人の仲間はどう動けばいい。考えるしかない、最善策を。


司令塔だけが残っても勝てる選択はない。

倉橋は必死に思考を練った。


そして、とある秘策を思いつくーー。



「……虎徹!貴方が秘策よ!! 」


虎徹の頭の中に倉橋が考えた秘策が流れ込んだ。そして説明が終わる頃に、虎徹は楽しそうに口元を歪める。


「……ったく、ウチの司令塔は面白いことを考えやがる!! 熱矢、協力しやがれ! 」


熱矢の頭にも倉橋の作戦が流れた。

そして熱矢もニヤリと微笑む。

他の二人には少しだけ二人から離れた位置に避難しろと通達が行く。



「即興で出来ることかよ?新技だって結構練習したじゃねえか。 」


「ウチの司令塔様がもうそれしかないって言うんだから弱音吐くんじゃねえよ。いつもの爆弾みてぇな勢いはどうした? 」


「……ったく、仕方ねェ!やるぞ、虎徹! 」


二人は拳を合わせ、お互いのことを信じきることにした。

今、倉橋から通達された作戦には二人の信頼関係と即興による合技が必要不可欠。



夜十は光速で移動し、特に注意が必要な虎徹と熱矢の観察をしていた。



「今は動く時じゃないか。何をする気か知らないけど、全力で叩きのめす!! 」


夜十は再び決意し、自分の中の滾った気持ちを奮い立たせた。俄然、やる気が出てきた。


虎徹と熱矢は深呼吸をして、互いの拳で魔力と気持ちを重ねながら、標的であり教師である夜十へ詠唱を手向ける。


「《数多に重ねる力、理を爆し轟け! 》 」


虎徹の禍々しく強い魔力は、紫色の球体として具現化される。

そこに熱矢の振動を帯びた赤い魔力が交わった。球体は激しく揺れ、今にも爆発しそうな勢いを見せる。


「(……くっ、少しでも気を緩めたら持ってかれちまう!!) 」


虎徹はかつてない魔力の量をコントロールすることに手が震え始めていた。

少しでも気を抜けば、この合技は不成功となり、熱矢と虎徹は失敗作の爆発を受ける。


失敗は許されない。



「(集中しろ!もう俺を蝕むモノは何もねェ!虎徹を、仲間を信じろ!朝日奈熱矢!!) 」


熱矢は必死に自己暗示をして、虎徹との魔力に全身全霊の集中を注ぎ込んだ。



「はぁぁぁぁぁあああ!!! 」

「うぉぉぉぉぉおおお!!! 」


二人が全身全霊で魔力を注ぎ込んだ球体は、バスケットボール程の大きさにまで膨れ上がると、爆発しそうな勢いも揺れも治った。



「「……クソ教師、食らいやがれ!《重力爆轟(グラビ・インフィジャール)》!! 」 」


熱矢と虎徹は紫色に輝く球体をアリーナの中心で爆散させる。

凄まじい破裂音と生み出された衝撃波は高さと広さを関係なく、アリーナの全領域に甚大なる被害を与える。


三兄弟で作り上げた羅生門にヒビが入り、残りの二人が爆発に巻き込まれて気絶。

光速で移動していた夜十もアリーナ全域への攻撃ということもあってか、避ける事も出来ずに直撃してしまった。



「……俺らの魔力、合わせるとロクなことねぇな。 」


虎徹と熱矢は、爆発の瞬間に虎徹が展開していた反射魔法で無傷だった。

それも倉橋の作戦の一部だ。



「……大したダメージにはなってない。でも、よく考えたな。俺の動きを止めに来るとは……!! 」


反射魔法を解き、熱矢と虎徹は目の前に立っている夜十の様子を見て、嬉しそうな表情を見せる。

夜十は先程のような凄まじい速度による移動を封じられてしまった。

まるで足枷でもつけられてしまったかのようだ。



「ぜーんぶ、倉橋の作戦だ! 」


虎徹は悔しそうな、哀しそうな表情で夜十へ言ってのけた。


そう、これは全て倉橋輪廻の掌の上の話。

壁の奥で彼女は、次の手次の手を考え続けている。

今、最善すべきことは夜十の動きを止めることだった。光速かそれ以上で動く夜十は、認識することは愚か追う事も不可能。


ならば、それをどうにかして止めるしかない。

彼女はそう考え、虎徹と熱矢の力を借りた。



「広範囲に渡って上からの重力を強く感じるように出来ないかってな。俺は重力魔法を使える。そこで熱矢の爆発を利用したってわけだ! 」


虎徹は余裕綽々と話を続ける。


「倉橋輪廻、策略は神がかってやがる。女としての魅力はゼロだが……」


「はぁ!?ちょっと、虎徹!最後の一言余計でしょ!? 」


「ははは!ジョークジョーク!さて、仕切り直しといこうか! 」


虎徹と倉橋、三兄弟、熱矢と残るメンツは限られている。

しかしながら、彼らは緊迫した戦闘中でも楽しげに笑う。


これで、暫く夜十を含めた虎徹と熱矢の三人は、高く跳ぶことも、速度を上昇させることも出来なくなってしまった。

仲間を巻き込んでの作戦だが、倉橋としては想定内。壁の中には重い重力はない。



「やっぱ、倉橋さんは厄介だな。先ずは……っと、! 」


夜十は白く黄色い光を放ち始める。

膨大な魔力、自身の中にある余りある魔力を瞬時に具現化、刀身の長い剣を発現した。



「……はぁぁああああ!《光の神刀(アンスウェラー)》! 」


光を発する刀剣を握りしめ、力一杯に振り下ろす。空気を焦がし、空間を歪ませる程の破壊力を持った斬撃が真っ直ぐ羅生門へ向かった。



「なんだよあの魔力は……!! 」


地面の防御障壁に軽い傷を付けながら進み、斬撃は強固な壁、破る事はそう簡単に出来ないはずの羅生門を一刀両断した。



「なっ……!! 」


倉橋は壁が破られたことよりも、夜十の底知れない魔力に驚愕していた。

索敵魔法で体内の魔力量の上昇などは手に取るように分かる。

それでこそ感じる力の圧倒さに思わず、震撼して手が震えた。


「今の斬撃で三人共同時気絶……!! 」


合技である羅生門は、決して破れない強固な壁だが、破られて仕舞うと術者は同時に気を失ってしまう。

自分の意識、仲間との意思疎通、魔力のコントロールを主軸とし、全てが完璧に交わった時に完成する技なのだ。

高難度の魔法こそ、繊細。

時としてそれは、一発で崩れてしまう。



「まずい……!!残りは虎徹と熱矢と私! 」


夜十は、やっと壊れた壁の中の焦っている倉橋を見て、微笑んだ。


まだ、何か策を講じられるか?

壁の中で安全に指令を飛ばしてきた彼女が、壁を破壊され、いつ戦いに身を講じるか分からない状況下で何かを出来るのか?


夜十は彼女の咄嗟の判断力を知りたかった。

十分に策を練り、予定外のことがあっても秘策を考え抜く力。まだ、上があるはずだ。



「……倉橋!俺と熱矢で時間を稼ぐ!その内に何か考えろ!熱矢、やるぞ! 」


「ああ、壁が破られるのは想定外。俺らに出来るのは時間を稼ぐことしかねェ!!頼んだぞ倉橋ィ!! 」


熱矢と虎徹は、夜十へ視線を向け、構える。


「そうは言っても、そろそろ疲労もダメージも蓄積されてくる頃だ。俺も早期に決着をつけないと、ヤバイからな。 」


夜十は満身創痍、とまでは行かないが、ダメージも疲労も蓄積され始めている。

多少のダメージや疲労の蓄積なら意識次第でどうにかなるが、生徒達の連携や倉橋の秘策が少しずつ夜十の身体を蝕んでいた。



「ダメージと疲労が蓄積……? 」


倉橋は夜十の言葉を拾い、頭を捻る。



「はぁぁぁぁぁあ!! 」


地面を蹴り、夜十は走って向かってくる熱矢と虎徹の二人に牽制の蹴りと殴りを入れる。

吹っ飛ばされる二人だが、すぐに起き上がって再び殴りかかる。


無闇に攻撃をし、夜十の視線や意識を倉橋に持っていかせない為だ。



「……そっか。疲労とダメージの蓄積!私なら、先生を仕留められる!! 」


ここ数週間、倉橋は夜十に頼み込んで、とある魔法師に体術と筋力トレーニングを仕込んで貰っていた。

人間、アビスなどの生態の限りを知り尽くし、知識と体術を駆使して戦うATSきっての変人と呼ばれた才倍銀(さいばぎん)

夜十とは丁度、時期的に会う機会がなく、KMC魔法学園で出会った。



「はぁ……!はぁ、はぁ!!もうそろそろ俺は限界だ!! 」


「何言ってやがる、虎徹!弱音吐くんじゃっ……!! 」


二人とも限界が来ていた。

虎徹に至っては、熱矢よりも魔法特化なこともあってか、体力が少ない。

今にも意識が飛びそうなほどの疲労感が身体を侵食する。



「二人共……!!お待たせ!もう少しだけ、力を貸して!! 」


「やっと来たか、わーってるよ。さっさと指令を寄越せ! 」


虎徹は口悪く倉橋に言った。

だがそれは、嫌味を込めて言ったわけではない。何故なら、虎徹は笑っているからだ。



「うん、頼んだよ!二人共!! 」


二人の頭の中に新しい指令が流れる。

その指令を聞いた途端、虎徹と熱矢は倉橋の方を振り返ってグッドサインをした。



「《おら、クソ教師!凍てつけ!氷の大地(アイスフィールド)》! 」


夜十は跳ぼうと踏ん張るが、上からの重力の壁はまだ解かれていない。

氷の大地に足を凍結させられてしまった。

必死に動こうとするが、身動きが取れない。


「《閉じ込めろ!振動壁(シュヴィング)》! 」


細かく繊細な振動が空気を揺らし、空気の壁で挟み込み、夜十の動きを更に拘束する。

これで夜十は完全に動けなくなった。



「まだ俺は……《全反射(フルカウンター)》! 」


虎徹は、ほぼ最後の力を振り絞り、自分の位置から強く地面を蹴って跳躍する倉橋の頭上に反射壁を展開する。

倉橋が立つ場所は、重力の重みが感じなくなった。



「これが私の……!!破痛拳(はつうけん)! 」


腹部、胸部、腕部、脚部、首に渡る五箇所のツボに一ミリのズレも生じさせず、確実に素早く、迅速に鋭い突きを連続させる。



「がぁっ……!!ま、まずい!! 」


夜十は一瞬、自分の意識が飛びかけた。

倉橋が繰り出す突きで、身体に蓄積された疲労感とダメージが格段に上がっている。



「ごほっ、ぁぁ、……!!ぐふっ……」


倉橋は胸部に強い蹴りを入れ、夜十の肺に溜まった空気を一瞬で口から出す。

息を吸い込もうとするタイミングで、ワザと体勢を崩し、足の甲で正面から顎の下に強い蹴りを放った。


「はぁ、はぁ、はぁ……先生、私達の勝ちです!! 」



氷の大地からも、振動壁からも解放された夜十は前のめりに倒れ、気を失った。

顎への強烈な一撃、それはどんなに修行しても鍛えても鍛えられない位置だ。


才倍銀からの教えを倉橋は思い出した。



「勝った……のか? 」


「ああ、勝った……みてえだな。俺も身体が、思うように……動かねえがっ、! 」


虎徹は仰向けに倒れ、天井を見上げた。

全員で勝ち取った勝利で胸が震える程、嬉しさがこみ上げる。

思わず、涙が溢れるくらいに。



「はぁ……、まさか勝てるとは思わなかったわ。今日のMVPは間違いなく、倉橋。お前だよ、凄えよお前……ははは! 」


熱矢は本心から倉橋を褒めた。

仲間の動きを瞬時に把握し、状況に合わせて策を練り直し、策を講じる。

司令塔が凄くカッコ良く思えた。


まだ動ける熱矢と倉橋は、纏を呼びに保健室へと向かったのだった。



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