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追憶のアビス  作者: ezelu
第2章 組織編《revolución編》
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第百三十七話 倉橋の完璧な策

旧校舎を離れ、寮の自室へ一度帰宅した。

もうここに銀は住んでいない。

ATS魔法学園が設立されると同時くらいに、新島に普通の魔法師としての任務について欲しいとお願いされ、今は輝夜達と前線に立っている。


荷物も今は夜十の分だけだ。

二段ベッドの上段はいつも真っ白いシーツに取り替えている。

いつ、帰ってきてもいいように。


壁に立てかけられている愛剣の黒い刀剣の手入れを始める。戦争で魔術師と戦った時、魔法を封じられてしまうかもしれない。

非常事態に備えられるように、魔法を使わないことを最善と考えた上での行動を常、日頃から取り続けている。



「……最初から何も変わらない。俺の目標は、アビスの居ない世界を、魔術師の居ない世界を作ることだ。その為なら……」


夜十は黒い戦闘服を身に纏い、手入れをした刀剣を腰に挿して、部屋を出た。

集合の場所はアリーナ、防御障壁のある環境下ならどんだけ威力の高い魔法を行おうが、実践のように動き回ることができる。



「三十人相手か、久々だな。しかも相手は素人じゃない。洗練された兵士と同格かそれ以上の連携を取ってくる。手加減してる余裕もないよな……する気もないけど。 」


夜十はアリーナに向かう途中、独りでに笑って呟いた。

今思えば、この学園は平和を取り戻せた。

何かと問題ばかりで血の気の多い学園だったが、今は生徒全員が日々精進している。




「オイ!クソ教師ィィ!!おせーぞ! 」


入り口に着くと、虎徹が叫んできた。

まだ約束の時間の数十分も前だ。

決して遅くはないが、全員集まっているようだった。



「皆、やる気満々だね。じゃあ、早速始めようか。集まってくれるかな? 」


夜十がアリーナに入ると、全員が真剣な表情で駆け寄る。

出席番号順で四列に綺麗に並び、視線の中心を夜十に傾けた。



「倉橋さん、まず、提案ありがとう。俺も決めなきゃいけないことがあるんだ。だから、全力でかかってくること。いいね? 」


「はい!こちらこそ、いつもありがとうございます。私は強くなったことの証明をしたいんです。先生に私達全員が本気で勝って!! 」


倉橋輪廻は、赤色よりも暗めな赤茶色の髪を短髪にして纏めた髪型に、両頬にそばかす、丸い大きな眼鏡をしている優等生。

筋力と体力が少なく、索敵能力だけが取り柄だった彼女は、ここ最近の稽古で体力と筋力アップを中心に努力を重ねてきた。

今では戦闘時に臨機応変に立ち回ることの出来る、クラスの司令官だ。



「そのマイクで全員に作戦を伝えるんだね。 」


全員の耳に入っているのは、店長先輩特注の耳栓式マイク。

強度が高く、並みの攻撃では外れることも壊れることもない。

沖の斬撃でも壊れなかったほど。



「じゃあ、始めよう。スタートコールは、このコインが地面に落ちた時だ。 」


夜十はそう言って、銀色のコインを親指で弾いた。ヒラヒラと空中へ舞い上がるコインは、一定の高さまで行くと落下し始める。

全員の緊張が昂り、夜十は瞳を閉じた。



ーーカ、ツン!

地面にコインが落下する甲高い音が周囲に響き、夜十は目を見開く。



「……っ!! 」


すぐ目の前に拳が迫ってきている。

これは虎徹の拳だ、先制の一撃を任されたのはアイツだったのか。


直ぐに右手で弾き、左手で牽制の一撃を腹部に入れる。身体を独楽のように回転させ、回し蹴りを当て、距離を取った。


「ぐぁっ……!!今の……! 」



気を楽にする暇もない。直ぐ背後にバチバチと空気を焦がす音が聞こえ、振り向きざまに腕を掴んで攻撃を止める。

しかし、それこそが罠だったらしい。


夜十は突然、身動きが取れなくなった。

掴んだ腕を解こうとしても解けない。完全に無防備な状態になってしまった。


その時ーー、


「《我が雷鳴よ、天地をも焦がす一撃となれ!雷獣の剣(サンダー・ビースト)》! 」

「《朝日奈の名の下に、焔を従え、神火の如きで敵を貫け!焔弁の爆炎花(アキメネス)》! 」

「《鮮血よ、具現化し、捕らえよ!鉄血の監獄(アイアンプリズン)》! 」


夜十を取り囲むように無数の鉄格子が発現し、身動きが取れない夜十の逃げ場を完全に失わせた。

そこに無慈悲な高威力の魔法攻撃。

完璧な連携だ、最初の虎徹は囮だったのか。


魔法は夜十を直撃し、盛大に爆発した。

黒い煙幕が周囲に充満し、夜十の姿は見えない。



だが、一人だけ見えていた。



「……皆、構えて!全然効いてない!! 」


倉橋輪廻だ。あの完璧な連携、今の指示は全て彼女が行ったものだろう。

そうでなければ、虎徹が自ら囮に回るはずもない。



「手加減する気は無かったよ。でも、まさかここまで上がってるとはね。思わなかったよ、じゃあここからは……!! 」


腰に挿した剣を抜き、強い魔力を込めた剣を生成する。片手剣を両手で持ち、二刀流で構え、宣戦布告をする。



「指揮官潰し、それは当然だよな。 」


指揮官は複数人で戦う場合、無くてはならない存在だ。プロの魔法師でも指揮官型の魔法師は多く、中でも指揮官攻撃特化の輝夜は極めて強く優秀。

複数人を相手を前にして、側や指揮官が居ると分かれば確実に潰しに来る。

それは容易に分かることだ。



「……やっぱり、そうですよね。皆、作戦B! 」


夜十は地面を蹴って、真っ直ぐ加速し、倉橋との間合いを詰めようと試みる。

だが、行く手は容易に遮られた。


「これは簡単に破らせてくれそうにないな〜」


三人の大柄な少年、顔も似ていて、顔と名前を一致させるのに時間がかかった三つ子の大黒柱(だいこくばしら)兄弟が立ちはだかった。全員が190cm超えで巨漢である。


「先生、通しませんよ。 」

「リーダー、取らせるわけにはねぇ。」

「突破出来るものならやってみろ!! 」


三人が地面に手をつき、同時に詠唱を始める。


「《三兄弟が一人、岩郎(いわろう)。作り作れるは岩の壁!》」

「《三兄弟が一人、土郎(つちろう)。作り作れるは土の壁!》」

「《三兄弟が一人、鉄郎(てつろう)。作り作れるは鉄の壁!》」


それぞれの手をついた地面からは、まるで液体のような岩と土、鉄が絡み合い、巨大な一つの壁を作り出した。



「《決して破れん強壁!羅生門(らしょうもん)》! 」



鬼の顔のような見た目の壁は高さも広さもあり、指揮官を倒すには壁を破壊しなければならないようだ。



「指揮官潰しは読んでるよなぁ……っと、ひと息つく暇もねえか! 」


三人の力が織り成した羅生門を見て、戦略を立てていると、背後から無数のナイフが雨のように降り注いだ。

当然、突破されるわけにはいかない。

止まっている相手など、恰好の的だ。



「チッ……!! 」


二刀流で降り注ぐナイフを弾き、牽制の動きを取る。だが、流石にこのタイミングで至近距離から攻撃が来るとまでは読めなかった。

夜十の腹部に鋭い蹴りが捻じ込まれた。



「ぐっぁ……!!この蹴りは……! 」


当然、今の夜十を蹴るということは、ナイフの雨を食らうことを前提としている。



「この連携なら先生も動けませんよね。蹴り放題ですわ! 」


黒色の綺麗な髪をストレートで整え、長い睫毛が特徴的な色白の少女。

彼女は如何にもお嬢様といった感じの印象で、使用する魔法は透過魔法(ステルス)

任意の場所を物理攻撃の効かない透過体に変化させる事が出来る。

つまり、使いようによっては壁も天井もすり抜けられるのだ。



明刀六花(めいとうりっか)か、この連携ではキーマンになりうるか……! 」


明刀は、日本のお菓子会社でトップを誇る「め〜っちゃ、うまいよ〜!メイト〜!」のCMでお馴染みのMEITOOの社長の一人娘。

立派なお嬢様だ。



「この連携の為とまではいかないですけれど、蹴り技を練習してきたんですもの! 」


次々に繰り出される蹴り技は腹部に突き刺さるように直撃する。

頭上からは無数のナイフ、夜十は完全に行く手を阻まれた。



「くそ、どうすれば……っ!がぁっ! 」


やむ終えない、まさかここまでやってくるとは思わなかった。夜十は、決して手加減をしていたわけではなかった。

それでも、生徒に全力を出すことの意味を理解して、どこかストッパーをかけていた。


ゆっくり目を閉じて、大きく見開く。

光沢のある黄色い瞳で明刀を捉えた。


「……使うしか、ないか。 」



夜十の腹部に連続で蹴り技を放っていた明刀は、驚愕した。いつの間に、目の前の教師の姿はどこにもなかったのだ。

ナイフを避け、蹴りを避け、どこに消えた?

そんな疑問が頭を過るが、周囲を見回してもどこにも見当たらない。



「気配を感じないとダメだよ、明刀さん。 」


倉橋は壁の中から、夜十の動きを観測し、予測して対策を整えてきた。

なのに、夜十はどこにも居ない、見えなかった。

だから、誰にも指示を与えることは不可能。



「きゃぁっ!!がぁっ……!! 」


明刀の身体が吹き飛ばされ、地面に大きく叩きつけられた。



「さて、こっからは本番だよ。先生も手加減は無しって約束だったし、本気で行くよ! 」


夜十は壁の前で全員を挑発した。

生成した剣を空気中に消して、自分の持つ愛刀のみを構える。



「明刀さん、大丈夫ですか!? 」


倉橋の呼びかけに応じない。

どうやら、一撃で気絶させられてしまったようだ。明刀は、仰向けで動かない。



「君らの連携、もう一度見せてもらうとするかな。 」


夜十は地面を蹴って、加速した。

先程とは比べ物にならない程の速度、目で捉えることが出来るのは指揮官の倉橋、虎徹と熱矢だけだった。


「熱矢、あの連携行くぞ!! 」

「……ったく、しゃあねぇ! 」


加速し、壁の外の全員を対象に動く夜十に狙いを定め、二人は詠唱を始めた。



「俺らの新技、食らいやがれクソ教師! 」

「オラオラオラァ!死ねええええ! 」


暴言を吐き、彼らは生成した魔力を一つの魔法に圧縮させる。

それは熱矢の持つ炎と、虎徹の持つ青い炎を掛け合わせた合成魔法。



「「《赤帝の碧炎(ヴェルメリオ・アスール)》!! 」」


巨大な球体の赤と青の炎が混じり合い、紫の異形な炎の球体が夜十へ襲いかかる。

まるで太陽が落ちてきたかのような高熱は、夜十を思わず立ち止まらせた。



「成る程……その魔法は周りの味方を巻き込む大技だな。 」


何度も爆発し、夜十との距離を速度が伴って縮めていく。



「その技は終盤って言ったでしょ!乱すような真似はやめてよ!! 」


倉橋からの注意喚起が虎徹と熱矢の耳に届くが、彼らはこれを無視する。

乱すような真似かもしれないが、今どれくらいこの教師に届いているのか知りたいのだ。


爆発が何度も続き、それは軈て夜十に直撃する。爆炎の中、夜十の気配が消滅するが、虎徹と熱矢は油断していなかった。

夜十は、虹色の魔法が使えるからだ。



「……いやぁ、危ない危ない。 」


声が届いたのは虎徹と熱矢の真後ろ。

咄嗟に蹴りと殴りを同時に入れまいと振り向くが、彼らの動きはワンテンポ遅い。

二人共、身体が浮き上がるような攻撃を受け、数メートル先に吹っ飛ばされた。



「俺に勝ちたいんだろ?だったら、死に物狂いでかかってこいよ!! 」


夜十は立ち上がる二人に喝を入れ、刀剣を構えた。


その姿に二十九人の生徒達は震撼する。

確実にこの人を倒すには、一丸となるしかないと。








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