第百三十一話 聞きたかったコト
《追憶の慧眼》は、通常の《追憶の未来視》がより鋭く、強力に標的の情報を索敵する能力を得ている。
視界に捉えた標的の記憶に潜入し、全ての情報を一つのデータへ収縮。
全てのデータを得た状態で《追憶の未来視》と同じ、未来予知を働かせる。
これによって、夜十は、情報収集をする動きを取らずに済むことになるわけだ。
「……なんで俺の魔法が分かったんだよ! 」
「それが俺の新しい魔法、《追憶の慧眼》だよ。……さてと、反撃開始だ。」
夜十は、受け止めた拳を左手で握りしめ、右足を強く踏み込む。今の間合い、剣を使う必要はあまり無い。
いつも使っている剣は間合いが遠い場合の武器。つまり、今は素手で充分。
捻った身体の遠心力を拳に乗せて、力一杯に虎徹へ振り下ろす。
「……がはッ!!! 」
殴る瞬間に右手を放し、虎徹を遠くへ吹っ飛ばすと、瞬時に地面を蹴った。
「……遅いよ、防御。間に合ってない。 」
飛び蹴りで腹を蹴り飛ばし、地面に叩きつけた。
「ぐっ……がぁっ……!! 」
腹部を蹴られまいと、両腕を組んで防御に徹しようとするが、夜十の蹴りの方が早かった。
今の攻防だけで圧倒的な力の差に、周囲の観客及び、虎徹さえも震撼した。
「さ、さっきと……まるで、べ、別人の動き! 」
直ぐに立ち上がり、《詠唱破棄》で相手との間合いを取る牽制の動きを取ろうと試みる。
だが、掌から出るはずの炎と氷、二つの属性を併せ持った魔法は出なかった。
虎徹が詠唱破棄で魔法を完成させようと思った時にはーー"斬られていた"のである。
「……無駄だよ。 」
更に次の魔法を打とうと考えている最中、夜十は低く野太い声で言った。
その言葉に嘘は何もなかった。事実だけを言っている。
虎徹は諦め始めていた。
ここまでの強さ、自分が行おうと思った一手は読まれ、その先を考えても読まれる。
どうにも出来そうになかった。
「……くっ、降参だ。アンタには負けた……」
虎徹は両腕を上に挙げ、降参の意思を見せた。虎徹は生涯初めて、一対一での勝負の敗北を経験した。
アビスに家を追われた時、彼は恐怖心でいっぱいだった。逃げることもした。
逃げることが敗北ではないというのなら、絶対勝利を持っていた。
けれど、今回は夜十の方が一枚上手だった。
「……戦意喪失か。約束は守ってくれるよね? 」
夜十の瞳から金色の輝きが消える。
夜十は、ニッコリと笑って、虎徹に拳を突き立てる。新島と新木場との挨拶だ。
「人類の為に……戦うだったか。分かった。アンタが勝ったんだ、俺は従うだけよ。 」
虎徹は立ち上がり、夜十の拳に自分の拳を重ねた。
二人は笑い合い、ステージから去った。
控え室へ向かうと、既に風見達が集まり、待ち構えていた。
風見は二人が立ち止まると、口を開く。
「紗雪虎徹君、君はアビスなのかい? 」
後ろのメンバーも冷や汗をかきながら、風見の問いかけに対する答えを待っている。
「俺はーー」
「風見先輩。少し時間をくれませんか?俺と虎徹だけで少し話したいんです。 」
真剣な表情で風見へ懇願した。
「……わかったよ。夜十君が言うなら仕方ない。私達は先に校舎に戻るよ。皆、生徒達の呼びかけを頼むよ。但し、夜十君! 」
「……何ですか? 」
「私達に納得のいく回答をよろしく頼むよ。 」
「はい!任せてください! 」
風見はその返答だけ聞くと、後ろのメンバーと共にアリーナを去って行った。
「ははは、風見先輩はやっぱ怖いや。じゃあ、中に入って話をしよっか。 」
「あぁ、わーったよ。 」
二人は控え室に入ると、青いベンチに腰を下ろした。
「単刀直入だよ!俺の姉は生きてる? 」
本当に単刀直入だった。
この質問には、流石の虎徹も呆れ顔で苦笑いしてしまうほどだ。
「前置きも無しに俺の姉が生きてるかって……んなもん、まあいいや。俺はもうこの世界の理に従うのはやめる。 」
「それはどういう意味……? 」
その質問は回答されなかった。
虎徹は真剣な表情で夜十へ口を開いた。
「アンタの姉、《戦場の歌姫》だろ?……生きてはいる。アビスとして、だけどな。 」
「……ッ!! 」
もうその言葉を聞けただけで幸せだった。
夜十の瞳から自然と大量の涙が流れていた。生徒の前だけに止めようと必死に腕で目を擦るが、一向に止まる気配はしなかった。
「泣くなよ、とは言えねえや。もう俺が聞こえてた声は聞こえなくなっちまった。兄貴、安らかに眠ってくれよな。 」
虎徹は誰にも聞こえないくらいの声でボソッと呟く。
その呟きは、涙を必死に拭い続ける夜十には聞こえていなかった。
「……はぁ、やっと止まっ……ダメだ。止まらっ、うぅ、ぐす、止まらぁ……うぇ、 」
「泣きながら聞いとけよ。俺の予想じゃ、アンタら人類は魔術師には勝てねえ。 」
虎徹はきっぱり言った。
「魔術師の数は尋常じゃねえし、その個体の魔力は異常だ。アンタみたいな所持者じゃ、何とかなるかもしれねえが、そうじゃない奴らは厳しい戦いになるだろうよ。 」
「……はぁ、ぞ、ぞうじゃなぐでもざ……」
涙と鼻水を拭い、夜十は答える。
「俺は目の前で大切な人を二度と失いたくない。だから、負けない。魔術師、打倒だ! 」
そう言って、夜十は青いベンチから立ち上がる。
「はぁ、バカだとは思ってたがそれ以上を行くかよ。アンタ、教師向いてねえよ。 」
「はぁっ!?そんなことないだろ!? 」
「いーや、向いてないねバーカ!! 」
虎徹は心の底で少しの可能性を感じた。
もしかしたら、夜十なら、この世界の残酷なまでの理を変えてくれるかもしれない、と。
「じゃあ、戻ろっか。風見先輩には俺から話しておくよ。虎徹君はーー」
「今更、君付けもねえだろよ。虎徹でいい。 」
照れ臭そうに夜十と目を合わせないようにそっぽを向く。
「じゃあ、俺のこともアンタ呼びはやめろよな。先生ってのは、まだ慣れないから、夜十でいいよ。虎徹。 」
「けっ……!やっぱり、夜十は、教師向いてないんじゃねえの?生徒に呼び捨てで呼ばせるとか、普通じゃありえねえよ! 」
普通に呼んでくれたことに対して、夜十は思わず笑った。
「ははは、確かにそうかもな! 」
「そこは怒るとこだろうが、クソ教師! 」
「誰がクソ教師だぁぁぁ!!! 」
平穏な日常の再スタート。
夜十との新たな絆が結ばれた瞬間である。




