第百三十話 《追憶の慧眼》
「あんな大口叩いておいて、諦めてんのかよ?目なんか瞑って、余裕じゃねぇか! 」
紗雪虎徹は、全知全能の魔法師。《願いの十字架》に願ったとして、その願いが100%叶ったと言えるのだろうか。
叶っているのだとしたら、当然、《追憶の未来視》のことだって知っているはずだ。
なのに、あの態度。
ひょっとすれば、魔力と魔法、体力は上がったが、知識までは反映されてないのかもしれない。夜十は彼をそう読んだ。
「《追尾する雷撃》! 」
一度通用した手、虎徹は夜十が魔法を回避することが出来ないと分かっている。
「……二度目は流石にな。 」
少し呆れたような物言いで、虎徹の雷撃を黒い刀身で斬り捨てる。
魔法を斬る力、《魔法破棄》だ。
斬り捨てられた雷撃は、次第に弱々しくなり、空気に混じるように消えた。
「なっ……!? 」
虎徹は困惑した。
魔法を斬ったことに関してではない。夜十が虎徹の魔法を見切ったことにだ。
「アンタ、それだけの消費魔力でよく立ってられるな?まさか、《魔源の首飾り》持ちか? 」
虎徹は自分の懐から銀色に輝く十字架を取って見せた。
それは正しく、夜十が持つ《願いの十字架》と同じものだった。
「……だったら何だよ?そんなことは今、関係ない!紗雪虎徹、お前は俺に負けて人類の戦力になってもらう!! 」
「……ふーん。やれるもんならやってみろよ!! 」
余裕綽々と笑みを浮かべ続ける虎徹に、夜十は意にも介さず、地面を蹴った。
次の攻撃は、間合いを詰めた夜十へ炎と雷の魔法を合成した壁で牽制する動きだ。
「……ふん! 」
虎徹は《詠唱破棄》で、《追憶の未来視》の未来通り、雷炎の壁を作り出し、行く手を阻まんとする。
「……学習しない? 」
夜十が放つ黒い刀剣での斬波は、虎徹の創り出した雷炎の壁を豆腐でも斬るように、容易く一刀両断する。
雷でも炎でも魔法で出来ているならば、その効果を無視して一刀両断する技。
それが《魔法破棄》である。
「……またッ!? 」
壁を斬り伏せた夜十は、一瞬で虎徹の懐へ潜り込む。
相手は刀剣を片手へ、虎徹は顔を引きつらせた。このままでは負ける。
虎徹がそう思った時には、夜十の刀身が迫ってきていた。
「…………………」
「……っ!!がはっ……!! 」
血を吐き、地面いっぱいを赤く濡らす。
胸部への衝撃に耐えきれず、肺が呼吸困難を起こし、夜十は、前のめりに倒れた。
「……な、何がぁ、ごほっ、ごほごほ! 」
見上げると、虎徹は目の前まで迫ってきていた。近づく足音が危険を教えてくれている。
「……あまり使いたくねえんだけどな。まあいいや、アンタ相手には必要か。 」
「はぁ……はぁっ……ぐっ、はぁっ……」
息を乱しながらも、夜十は立ち上がる。
今、何をされたのか、反応すらも出来なかったことに対して危機感を覚えた。
《追憶の未来視》による未来予知は完璧。
なのに寸前で、一瞬で未来が変化した。
「何をされたか、分からないって顔だな? 」
「……くっ! 」
険しい表情を見せる夜十を、虎徹は嘲笑した。
「答え合わせの時間はねーよ。先生?先生なら、自分で答え導き出せんだろ! 」
……来る!次こそは、見切ってみせる!
ーーだが、その攻撃は突拍子もなく、
夜十の身体を蝕むように襲いかかった。
「ぐっぁぁぁ……!! 」
胸部の次は腹部。強い衝撃、打撃。
到底、拳から繰り出される攻撃とは思えないほどの重さ。
だが、何かの魔法を使っているのは確か。
それが分かれば、どうにかなるかもしれない。
夜十は目を瞑り、とある記憶に干渉する。
それは、夜十が先生になって間もない時の話だ。風見と沖と三人で教員室に居た時の。
「それで夜十君、私と沖にしたい話ってのは? 」
職員室に置かれている冷蔵庫からプリンを取り出すと、風見はプラスチックのスプーンで表面をつつく。
「あ、風見!それ、俺のプリンだろ! 」
「いや、これは私のプリンだよ!ここに名前が……」
プリンの蓋にはしっかりと「沖」と名前が赤文字で書かれていた。
「あれ……沖のじゃないか!私のは、夜十君、食べたのかい!? 」
「……食べてないですよ。風見先輩、昼食の時にノリノリで食べてたじゃないですか。 」
夜十は、昼食の時、風見が「食後っのデザート ♪♪ ふんふん ♪♪ 」と歌いながら、頬張っていたのを覚えていた。
「それより本題なんですけど……」
思い出して落胆した風見に、夜十は呆れ気味で話を振った。
「夜十君、呆れながら質問するのはおかしいよ!!私はただ、学園長っぽく、話を聞きながら優雅にプリンを食べたかっ……ぐふっ! 」
「話が進まないな。話していいよ。 」
沖が肘打ちで風見の熱弁を止めると、優しくニッコリと微笑んで夜十に会話を求める。
「はい。風見先輩の六神通は言葉で説明するならどういう力ですか? 」
「ん……あぁ、私の六神通は、《視界に捉えた相手の中に潜り込む力》だよ。 」
「潜り込む力ですか? 」
「そう。だから、最低でも五秒から十秒は瞬きせずに相手を見続けなければならない。 」
夜十は顎を触って深々と考える。
「じゃあ、戦闘中に六神通を使う事はほぼ不可能って事ですか? 」
「あぁ、無理だよ。それなりに集中しないと使えないモノだからね。夜十君がやりたいのは、相手の思考を読むことだろう? 」
夜十は考えていることを見透かされ、苦笑いで頷いた。
「俺の使っている《追憶の未来視》は、相手の癖、音、感覚、得られる全ての情報を瞬時に纏めて、次の未来を導き出す技なんですけど……」
「その未来予知を超える相手との衝突がこの先、あり得るかもしれないってことかい? 」
「そうです。現に早乙女拓哉の時間干渉魔法を察知することはできませんでした。 」
早乙女拓哉は、時間を操る《魔源の首飾り》を所持していた相手。
一時期の共闘をしていたが、最後は裏切られてしまった。
彼にも彼の思いがあったとは言え、あの件は夜十にとって最高に腹が立った出来事。
あの時でさえ、時間干渉を読むことは出来なかった。
もし、虹色の魔法が無ければ、何度死んでいただろう?頭の中にそんな不安が過ぎる。
「俺の魔法は記憶魔法です。一般的には強い魔法じゃないですが、技術と組み合わせれば化ける魔法。《追憶の未来視》がもう一段階強くなれるとしたら……」
「つまり、分析をせずに一目で相手の癖などが分かる。未来が読めるようになると。 」
低めのトーンで沖が言った。
「そうです……でも、イメージが湧かなくてーー」
「無理にイメージをする必要はないよ。見ようとするから見れないんだ。冷静に、落ち着いて……ね? 」
あの日の記憶の中に答えがあるとするなら、風見の言葉。
「見ようとするから見れない……」
夜十はボソッと呟いた。
これ以上、虎徹の攻撃を食らえば、マトモに立つことさえ許されないだろう。
……来る!それは本能と未来予知が教えてくれた。でも、攻撃方法がーー!!
いや、落ち着け。こんな時こそ冷静に。
見ようとしない。見ようとしない。
見ようとしない。見ようとしない。
無理に《追憶の未来視》で見ようとしない!
「これで終いだ!!アンタの最期だぁぁ! 」
「はぁ、はぁ……間に合った! 」
「……っ!? 」
虎徹は驚愕した。止められるはずがない攻撃、自分の拳が夜十の右手に受け止められていたのだから。
開けられた夜十の瞳孔は、金色に光り輝いていた。遠くから見ても分かる、その瞳の輝きの異常さは、周囲を驚かせた。
「……君の魔法は振動魔法。へー、そんな応用も出来るんだね? 」
「なっ……!? 」
「《追憶の慧眼》俺に隠せるモノは何も無いよ。 」
夜十はニッコリと笑う。
驚き、恐れをなした虎徹が夜十を睨みつけた。
「……どこまで進化しやがる!コイツ!! 」
虎徹の怒りは最高潮に。
けれど、それは関係ない。
今の夜十には、彼の考える全て、記憶の中にある技、方法、それら全てが見えている。
勝負の終焉は直ぐにーー。




