第百二十九話 《虎徹》の目覚め
「人間がアビスになるのは当たり前……」
紗雪虎徹の中身を知ってしまった夜十は、様々な事実に瞳を揺らして驚愕した。
上限回数を消費して消滅した人間はアビスとして生まれ変わる。
この言葉の意味は夜十に大きな希望を持たせた。
「姉ちゃんが生きてる……!? 」
首を横に振って、目の前の銀翼の竜に視線を移した。竜はまだ悶えているだけで、襲って来ようとはしていなかった。
今は目の前の戦いに集中すべきだ。
姉のことは後で考えよう。そう暗示して、夜十は臨戦態勢に再び入った。
「……グルルル!!ッ!!?! 」
すると、銀翼の竜は苦しむように悶え始めた。白い煙幕が周囲を再び包み込み、次の瞬間には、元の姿に戻った紗雪虎徹が仁王立ちをしていた。
「……アンタが冴島夜十か? 」
明らかに前の雰囲気とは違った。
紗雪虎徹、基、その兄の人格ではない。
「そうだよ、君は虎徹君だよね? 」
「嗚呼、俺は虎徹だ。アンタが俺の中を覗いて掴んだ情報は他言するな。それは流していい事実じゃねぇよ。 」
虎徹は苛立った様子で言った。
「……それはどういうこと? 」
「知らない方がいいこともあるんだよ。 」
そう言って紗雪は臨戦態勢に入った。
拳を構え、武器生成を試む動きを見せない。
「……ただ、アンタは人類の為にと話すタイプだ。ここで生かしてはおけない!! 」
虎徹は右手から炎、左手から氷の球体を生成し、二つの球体を一つの球体へ合成する。
「魔法を合成……!? 」
初めて見る光景に驚きを隠せない。
炎と氷、対になる二つの球体を合わせる、その考えは浮かばなかった。
「……出し惜しみはしない!《慈悲の無い氷炎》! 」
一つに入り混じった球体は、真っ直ぐ夜十の方へ飛ばされた。
膨大な魔力が篭っているのは、その周囲、空間に居るだけで手に取るように分かった。
"直撃する"
そう分かった瞬間、後ろへ飛び、後退した。
膨大な魔力を秘める球体は、地面へ直撃すると、その威力を飛散させた。
「……っ!! 」
燃え盛る炎が爆撃を起こし、爆発した場所から瞬間的に凍りついた。
つまり、爆撃を食らった場合は、爆発でのダメージを負いながら凍結されるということ。
凍結されれば、次なる攻撃に備えることも出来ない。
ハナからそれが狙いだったのだろう。
虎徹は不満げに夜十を睨みつけた。
「今のを避けるかよ、アンタ。意外と強えじゃねぇか!褒めてやるよ! 」
余裕綽々と、虎徹は夜十へ笑いかける。
緊迫した戦闘の場面のはずなのに、彼は焦る様子も見せない。
「《追尾する雷撃》! 」
虎徹の掌から放たれた雷撃は、地面に突き刺さりながら、夜十へ追尾する。
夜十は鋭い洞察力で雷を見極め、確実に回避しようと試みる。がーー
「……ぐっあぁっ!! 」
完全に避けきったはず、夜十の思考は一瞬それだけで埋まった。
けれど、身体に残るのは避けきった感覚ではなく、雷の燃えるような痛みと痺れる感覚。
身体を吹っ飛ばされ、仰向けの体勢で倒れる前に両手をつき、上体を起こした。
崩れたアリーナの床の隙間から防御障壁の青い床が見える。
床を貫く程の雷撃、それが決して避けきれない状態で迫ってくる。
「あの雷撃……厄介だな!! 」
「《追尾する雷炎撃》! 」
虎徹は更に強力な合成魔法を放つ。
先程の地面を貫く雷撃が雷光の速度で追尾、そして炎柱を創っている。
今、アレを避ける術は夜十にはない。
「……情報を集める為には仕方ない。 」
ボソッと呟き、夜十は動くことを停止した。
真剣な表情、真剣な瞳、それらで迫り来る魔法を受け止める覚悟を決めた。
「ぐっ……ぁぁぁああああ!!! 」
先程とは比べ物にならない痛み、衝撃、重さ。全てが格段に強い。
宙に打ち上げられた夜十は、もはや無防備だった。
「……《全色の不死鳥》! 」
それを狙っていたかのように、虎徹は次の魔法を完成させていた。
虹色、基、属性魔法を全て合成させ、ソレを不死鳥に具現化させる。
不死鳥は真っ直ぐ羽ばたき、その虹色の身体を周囲の人間へ見せつけた。
「あの魔力……マズイ!夜十君がッッ! 」
観客席の上部で試合の様子を見守っていた風見は声を張り上げた。
流石にあの威力はマズイ。
二つの魔法を合成させただけでも、絶大な威力を誇っているというのに。
全ての属性魔法の合成?そんなもの、生身の人間が食らっていいわけがない。
「……流石にコレは無理だな。 」
周囲は夜十が諦めて、目を瞑ったように見えた。虎徹も確実に仕留めたと笑みを浮かべる。
「…….私の魔法をそんな風に使うのは、夜十だけだよ。 」
吹雪は少しだけ笑いながら言った。
「とか言って、吹雪。喜んでるんじゃない? 」
笑みをこぼしている吹雪に、燈火は疑問げに言う。
「私の魔法、使い勝手が悪いのになぁ……」
吹雪、燈火、基、風見も含めて全員が分かっていた。夜十が負けるわけがないと。
だから、絶体絶命のピンチでも信じられる。
絶対的な信頼関係は決して折れない。
「はぁ……危ない危ない。 」
不死鳥は飛躍して爆散。
確実に夜十の命は射止められた。
「なっ……!? 」
でも、それは幻想の中の世界で起こった話。
夜十が創り出した幻想の世界で見た光景。
決してそれは真実ではない。
「危なかったよ。でも、まあ把握完了。 」
実際問題、本当に危なかった。
あの威力にあの速度、少しでも空間生成が遅れれば間に合わなかっただろう。
けれど、《追憶の未来視》を発動するまでの条件は充分に揃った。
相手の癖、計り知れない魔力の量、音、空気を揺るがす振動。それは今まで戦ってきた、どの相手よりも強く、重いモノだった。
「背負うものが多いから……俺はそんな簡単に負けられないんだよ。 」
夜十の闘志が萌え滾った。
掌を合わせ、白い雷撃の中から黒い短剣を手に取る。
「さあ、やろうか。さっきのように、簡単にはいかないよ。 」
彼はゆっくりと瞼を下ろした。
《追憶の未来視》全てに異常ナシーー。
ーー発動完了。




