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追憶のアビス  作者: ezelu
第2章 組織編 《新入生編》
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第百二十八話 銀翼の過去 ②

ーー崩壊した家の中で目を覚ました。

俺を呼ぶ弟の声は走馬灯ではなく、現実なのだと俺の持つ聴覚がそれを教えてくれた。


俺は俺の隣に横たわる遺体を見て驚愕する。

崩壊した家屋の瓦礫の上に血塗れの母と父が横たわり、動かなくなっていたのだ。



どうして、父と母が死んで俺は生きている。

どうして?!何故だ?!

それに俺は上限回数を全て消失させて、極大魔法を放ち、身体は消滅したはず。


あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。

今から数分前くらいの話だと身体が、脳が感じているからだ。

それは思い込みなのか?俺は死んでいなかった?


様々な疑問が増え、俺の思考回路がショートしそうになる。

目を瞑り、首を横に振って考えるのをやめた。今どれだけ考えても何も分からない。


俺に出来るのは、この場から虎徹を逃がすこと。

アビスが何体も蔓延る場所を抜け出さなければならない。そうしなければ、未来はない。



「父さんと母さんが……」


「……虎徹、逃げるぞ。父さんと母さんは俺が守れなかったんだ……でも、お前だけは守ってみせる!! 」


強い覚悟を自分の信念に叩き込んだ。

虎徹だけは絶対に守ってみせる。

救えなかった父と母の分までお前には生きてもらいたい。俺はそう願った。



「……絶対に(はぐ)れるな!まずこの場所から出るぞ!! 」


「……うん。 」


虎徹の手を引いて、俺は崩壊した家を飛び出した。家を飛び出した直後、家の近くにいた大型アビスによって家屋が叩き潰される音が聞こえた。


だが、振り向いてる暇はない。



「……なっ!? 」


すると、目の前に大型のアビスが立ち塞がった。一体だけではない。合計で三体だ。



「マダ、リカイシテナイヨウダナ、コイツ? 」

「ソウダソウダ、ジブンハシンダコトニナ」

「オマエ、ソノガキヲワタセ! 」


なぜ、アビスの言葉が理解出来たのか俺には分からなかった。それでも彼らが言っていることは、間違いなく俺宛なのだと理解した。


俺は死んだ?

もし、そうなのだとしたら今考えている胸のつっかえるような気持ちに説明がつく。


でも、生身の体はあって、人間だ。

それに何故このアビス達は俺と話が出来る?

意味が分からなかった。

それでも話せるなら、交渉してみる価値はあるかもしれない。



「頼む!俺の弟だけでも逃がしてくれ!俺はどうなっても構わない!! 」


俺は必死に懇願した。



「……ソレハ、フカノウダ!! 」

「オマエ、ジカクシロヨ! 」

「バカニツキアッテラレナイ!! 」


三体のアビスは戦闘態勢に入った。

最早、無謀でもやるしかないようだ。


「虎徹、俺もすぐ後を追うから逃げろ! 」


「で、でも、兄ちゃん!! 」


虎徹は勝てっこないって目で訴えてきた。

分かっている、俺も勝てるとは思ってないさ。

でも、死んだはずの俺にもう一度のチャンスがあるなら、お前を守るために使いたい!



「後ろを振り返るな!虎徹!逃げろ!! 」


「絶対約束だからね!待ってるから! 」


虎徹の言葉に返事はしなかった。

俺が帰れる保証はないからだ。

もう二度と会えないかもしれない。



「……三体纏めて相手してやる!! 」


掌に込めた魔力を一瞬で槍の姿へ具現化させると、背中の後ろで独楽のように回転させる。集中力も万全。



ーーだが、アビスは俺を攻撃しようとしなかった。寧ろ、呆れたように溜息を吐いた。


すると、白い煙幕が周囲を立ち込めた。

周囲が全く見えない状態になり、俺はキョロキョロと警戒を怠らずに佇む。



「……家族を守ったつもりかィ?(あん)ちゃん。 」

「全く、成り立ての方はなかなか気づかないものですね〜」

「それは誰でも一緒ッスよ!だから、俺らが教えてあげないとなんス! 」


白い煙幕が消えると、三体のアビスの姿はどこにも無かった。

ただ、代わりとして三人の男が立っていた。



「……君達は? 」


先程までの大型アビスがどこに行ったのか、最早、訳がわからなかった。



「お兄さん、弟さんを守れたとでも思ってるんスか? 」


金髪の少年は調子に乗った様子で俺へ問いかける。

見た目だけで言えば、中学生くらいか?

大人ではなさそうだ。



「虎徹はああ見えて強い奴だ!アビス如きに屈する奴じゃない! 」


「ぷっ……く、はははははははは!! 」


少年は俺の真面目な回答に腹を抱えて、笑い始めた。



「チョー、ウケる!何こいつ、はははははははははは!! 」


「アルバ、その辺にしとけ!あまり時間がねェ! 」


見るからに強そうな強面の男は、笑いが止まらない金髪の少年の頭を引っ叩いて、真面目な顔を俺へ向けた。



「お前、上限回数を全て使ったか? 」


「えっ?あぁ、使ったよ。それが何だ? 」


俺は真面目に回答した。

でも、この男は何故そのことを知っているのだろう。様々な疑問でいっぱいだった。


だが、この男の次の一言で俺は運命を知ることになる。



「人間は上限回数を使い果たすと、アビスになっちまうんだィ。 」



は?どういうことだ?

確かに俺は上限回数を使い果たして消滅した。なのに何故アビスになる?


「細かい話は後でしてやる。お前は自分の運命を受け入れねばならねェ! 」


再び白い煙幕が周囲を満たし、暴風によって弾き飛ばされた。



「……ワカッタロ? 」

「コレガ、ツミノダイショウダ! 」

「アトモドリハ、デキナイッスヨ! 」


三体の大型アビスが姿を現した。

そうか、俺はアビスになってしまったのか。

だからこいつらと話が出来て、コイツらは俺を襲わないのか。


自分なりに解釈して納得していると、自分の胸の鼓動が大きくなっていくのを感じた。



「うっ……!! 」


頭が割れるように痛み出す。

胸が張り裂けるように鼓動を打つ。

皮膚が千切れるようだった。


数分間の痛みを制すと、俺は既に人間の身体をしていなかった。


銀色の鱗を全身に纏い、四足歩行で背中に付いた巨大な羽を羽ばたかせる銀翼の龍になっていた。


「オマエノシメイハ、ニンゲンヲ、コロスコトダ! 」


そう言って三体のアビスは俺の元から去っていった。

まるで、俺が刃向かっても負けることはないと絶対の自信を見せているかのようだ。


確かに奴らに勝てる道はない。

それに俺はもう死んだのだ。

自分の運命を受け入れるしかなかった。



銀翼の翼を羽ばたかせ、虎徹の逃げた方向へ向かう。

虎徹、お前を殺すことは俺には出来ない。

だから、安全な場所まで俺が逃してやる!




「……はぁ、はぁ!! 」


虎徹は来た道を振り返るなという言いつけを守り、町から遠く離れた原野で立ち尽くしていた。

そろそろ、迎えが来てもいい頃だ。

昇っていた太陽も既に落ち、今は月と夜が世界を支配している。


虎徹は恐る恐る後ろを振り返った。



「……っ!! 」


すると、そこには大量の大型アビスが蔓延る街の姿があった。

先程、兄と交戦していたアビスが街を破壊している姿が瞳に映る。

つまり、兄は勝てなかったことになる。



「うわぁぁぁぁぁぁ!!! 」


誰もいない場所で独り、悲しさのあまり叫んだ。家族は全員殺され、残るは自分だけ。

どうにもならない程の孤独感と哀愁が心を支配した。





「……なんだよ、そんな辛そうな顔して! 」


悲しみに耽っていた虎徹は、聞こえるはずのない人物からの声に戸惑いを隠せなかった。

声が聞こえた方を恐る恐る振り向き、そこに居た俺の姿に感動して涙を溢れさせた。



「兄ちゃん!!!生きてたんだね!! 」


傷だらけ俺を介抱しようと虎徹は、慌てて歩み寄ってきた。

虎徹を安心させたかった俺は、頭を優しく撫でてやった。



「……もう死んじゃったのかと思って心配したよ!傷の手当てをさせて! 」


その言葉に胸の中が熱く滾った。

辛い、痛い、苦しい。そんな感情が俺の頭の中にまで熱を与えた。

虎徹、悪い。俺はもう居ないんだ。



「ああ、虎徹。俺は死んじまった……」


「……え?だって、兄ちゃんは生きてーー」


「ーー違う!俺の身体はもう俺のものじゃない! 」



ーー瞬間。

銀色の鱗が俺の頬に浮かび上がり、口は巨大で凶暴に、優しそうな瞳には狂気が宿った。

背中から膨れ上がった胴体にも鱗が付き、俺は忽ち銀翼の竜、アビスの姿になっていた。


「……え、あ、アビス……!? 」


困惑した虎徹は、背後へ後退りするが、俺は銀翼をひらつかせるだけで襲おうとはしなかった。むしろ耐えていた。

自分の中に宿るアビスの意思が目の前の人間を殺せと殺戮を本能的に実行したがっているからだ。



「ゴォォォォォ……ォォォ……」


俺は弱々しい咆哮を吐き、虎徹を見つめる。

虎徹にはどう見えているだろうか。

頼むから逃げてくれ、俺はそう願った。



「……はぁ、はぁ、はぁ!! 」


何とか元の姿に戻ることに成功する。

息を切らし、怯えた様子の虎徹に俺は、最後の忠告を言い放った。



「頼む、俺から逃げてくれ……!これ以上は耐えきれない!! 」


俺は自分の中に眠るアビスの意思が強くなり始めているのを感じていた。

もうこれ以上は自分自身の自我を確実に保てる自信がない。


虎徹には逃げて欲しかった。

たった一人の家族だからと、なのに。




ーー怯えていた虎徹の雰囲気が変わった。

全体の空気そのものが変わったのかもしれない。




「……逃げろだって? 」


普段の優しげな虎徹からは想像できないほどの荒々しい声音が俺に届く。



「こ、虎徹? 」


「僕は逃げない。ここで兄ちゃんを……アビスを殺す!! 」


その瞳に宿る狂気は正に復讐心を表していた。家族全員をアビスに殺され、兄が助かったと思えばそれは無い。

幼い少年には辛い現実だろう。


だから、自分に力が無くても勇気を振り絞ってアビスに立ち向かおうとしてしまっている。



「うぐっ……虎徹、逃げろ……これは最後の忠告っ……ぁぁっ!! 」


再び、銀色の鱗が身体を纏い、俺はアビスの姿に戻ってしまった。

もう抑え切ることは不可能。

目の前の人間、虎徹を殺さなければ止まらないだろう。




「何度でも言うよ。僕は逃げない!兄ちゃんは知らないと思うけど、僕には秘密がある! 」


そう言って虎徹は、服の中に手を突っ込み、銀色の十字架のネックレスを取り出した。



「《神聖なる光、闇夜を照らし、全ての太陽となれ!願いを叶えろ、願いの十字架(アウグリーオ)》 」


虎徹の取り出した十字架のネックレスは、強く白い光を放ち始める。

それが何なのか俺には分からなかった。



「僕は全知全能の魔法師になる。どんなアビスにも負けない、強い魔法師に!! 」


虎徹が言い放った言葉を反映するかのように、十字架はより一層強い光を見せた。



そして、次の瞬間にはーー



「力が漲る!!これなら!! 」


虎徹は凄まじい力を手に入れていた。

そして俺は命を落とした。


残りのアビスもきっと助からないだろう。

それは当然だ、全知全能の魔法師。

虎徹が願った力は、世界を揺るがす最強の力なのだから。



俺は空の上で虎徹の様子を見物しようと思った。天国に行けるかどうかなんて分からなかったけど。



でも、何の間違いか。

俺は虎徹の人格の一部になっていた。

虎徹に話しかけ、正しい道を教えられる唯一無二の存在になっていたのだ。


だから、俺は虎徹を尊重した。

自らの名は名乗らず、正体も明かさずに。





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