第百二十五話 白銀のアビス
あけおめですー!
「この爆発で流石に吹き飛んだろ!お前が強いことは認めてや……っ!! 」
紗雪は煙幕が立ち込めるステージ上を見回す。正方形状に貼られていた防御障壁にヒビが入る程の高威力につき、地面はクレーターのように穴がぽっかりと空いている。
その中心で、消し飛んだと思った人物の魔力を感じた。
しかも、弱まっている様子はない。
「店長先輩の防御障壁にヒビを入れるなんて、凄い魔法だ!判断が遅れてたら、死んでた……! 」
両掌を突き出して、火炎と同じ反射壁を貼ることに成功した夜十は無傷も同然だった。
「なっ……!?今の魔法で死なないだと? 」
反射壁の展開で魔法を弾き飛ばし、身を守ることに成功はしたが、範囲の広すぎる魔法故に反射で反撃とまではいかなかった。
しかし、紗雪への精神的なダメージには繋がったことになる。
それが良い方向なのかは別としてだが。
「……こっからは俺も本気だよッ! 」
両掌を勢いよく合わせ、パンッと乾いた音を立てる。強大な魔力と共に手にした剣を構え、眼前の紗雪に視線を移した。
「……俺の力では力不足なのか?教えてくれ、虎徹!虎徹!! 」
なにやら様子がおかしかった。
紗雪は自分の名前を小刻みに呼び、焦っているよう。
身体から蠢く黒い煙幕が漏れ始めている。
「あぁ……自我が保てない!嫌だ、虎徹!置いていくな……やめてくれ!! 」
次第に煙幕は濃く、量も増え始める。
紗雪の表情に焦りと哀を感じた。
「……ぁぁっ、やだ、嫌だ!俺を一人にしないでくれ……虎徹! 」
紗雪の瞳から大粒の涙が溢れ、流れは止まらない。濁流のように、滝のように、地面を濡らした。
「……何だよこれは! 」
夜十は気が付き始める。
紗雪が涙を流し、煙幕が濃く、量も多くなってきた時から、魔力の量が異常をきたしていることに。
この魔力量、1個体として数値としておかしい。
これじゃまるでーー、
「……もう抑えられねぇ!! 」
濃くなった煙幕で何も見えなくなった。
紗雪の姿も何もかも。周囲の空間が別の色に変化したかのように。
「……この感覚、やっぱりか。《無敵》の正体って……」
ドクンドクンと夜十の心拍数が上がる。
鼓動の音と脳裏に湧き上がる悲しい過去。
抑えられなくなりそうな溢れ出す殺気。
「グォォオオオオオオ!!! 」
そこに紗雪虎徹の姿はなかった。
煙幕の中、唸り声を上げて現れたのは、一体のドラゴン。銀色の鱗と羽を広げ、真紅の瞳を夜十へ向ける。
「……人間がどうしてアビスに!? 」
驚きを隠せなかったが、やはりそうだった。
煙幕に包まれた時、紗雪虎徹の魔力量は正しくアビスのソレになっていた。
体長さえ、そんなに大きくないが、ステージ上にアビスが現れたとなれば観客席はパニックになる。
「まって、あれアビス!? 」
「いやぁぁぁ!! 」
「きゃぁぁぁ!!! 」
「冴島先生、逃げてください!! 」
観客席から立とうとする新入生徒達。
在校生はマジマジとステージを見つめている。夜十が勝てると信じているからだ。
学園の英雄、冴島夜十はあのドラゴンよりも倍以上ある巨大アビスを駆逐したことがある天才魔法師。
彼の前に立った以上、どんなアビスでも倒される。そう思うのは必然だった。
「……落ち着いてください!大丈夫です!アビスの攻撃は防御障壁で弾かれます。生徒の方々はその場で待機をお願いします! 」
風見が急いでアリーナ内にアナウンスを流す。他の教員組も大急ぎで立ってしまった生徒達を席に戻すよう誘導し始めた。
アビス出現で混乱するのも無理はない。一般生徒からの新入生が多い為だ。
アビスと戦う魔法師を目指しているとは言えど、全員が全員、燃え滾るような闘志を持っているとは限らない。
「風見、俺も加勢するから入れてくれ! 」
アナウンスルームで声を流していた風見に、そう言ったのは火炎だった。
先程の戦いでかなりの消耗をして、医務室で纏に治癒を受けていたはずだがどうしたというのだ。
それに、何故ここにいるのか。
「纏ちゃんに許可は得たのかい?! 」
「得るわけねえだろ!逃げてきたんだよ!あの鬼医ッ……っ!! 」
直後、火炎の後頭部に強烈な飛び蹴りが放たれた。あまりの衝撃に火炎は前のめりに倒れ、嗚咽を吐き出す。
「……誰が鬼医者だ?俺はお前の為を思って治癒してんだぞ?文句あるか?! 」
飛び蹴りをした時、そのまま後頭部と背中に足を乗せ、体重をかけて倒した為、纏は火炎の上で怒鳴った。
あまり重くない纏の全体重だが、怪我人の火炎にはそれでも充分な痛みが走る。
「いてててて、この所業、医者じゃねえだろ!鬼医者!どけえええ!! 」
「うるせえな!テメェが悪いんだろ!さっさと医務室戻るぞコラァ! 」
服の襟元を掴まれ、火炎は医務室にひきづられて行った。
まるで嵐が過ぎ去ったかのようで、風見はやれやれと首を傾げる。
確かに火炎の言う通り、アビスとの戦闘で夜十だけでは少しだけ心配になる。
昔からアビス退治を中心に任務として行ってきた彼なら心配はいらないだろう。
だが、今回は普通のアビスではない。
人間がアビスに変化したのだ。それも最強と言われた《無敵》が変化したアビス。普通のアビスとは桁違いに強いに違いない。
「そもそも、人間がアビスになるっておかしすぎる。 」
アビスが人間に化けていた?と考えるのが妥当なのかもしれない。
偶々、《無敵》の正体は、人間に変身出来るアビスで人間に変身し、この学園に侵入した?最早、どれだけ考えても真相はわからない。
「……これはマズイな。戦闘演習でアビス発見なんて意味不明だ! 」
周りのざわめきを気にしている夜十。
だが、眼前の敵への警戒は怠らない。ドラゴン系統のアビスは何度と戦ってきたが、白銀に輝く鱗を持つ竜は初めて出会った。
どんな攻撃をしてくるのか、分かったものではない。
ドクンドクンと脈打つ鼓動が目の前のアビスに対する怒りなのだと自身で確信する。
この世界を歪めているのは二つの種族だ。
人間は平和を求めているのに、アビス、魔術師、お前らは何故、平和を奪おうとする?
どうして大切な人を簡単に奪おうとするのか、夜十はそれがたまらなく許せない。
「……死ぬ気で倒すしかない! 」
「グォォオオオオオオ!!!! 」
低く野太い咆哮が耳を劈き、頭蓋の内部まで響き渡る。一瞬、圧倒されそうになるが、未だ竜は何もしてこない。
この状態の紗雪虎徹には、自我があるのか?そんな疑問が頭を過る。
ーー刹那。
夜十は地面を蹴り、剣を片手に白銀の竜へ目掛けて容赦無く振り下ろした。
加速の伴った攻撃だけに重い一撃。竜の前足は斬り落とされ、赤色の体液を周囲に飛散させる。
だが、白銀の竜は停止したままだ。
真紅の瞳で夜十のことを睨みつけてさえいるが、特に攻撃はしてこない。
「グォォオオオオオオ!!!! 」
再び、耳を劈くような咆哮を上げる。
すると、斬り落とされた前足が切断部分から生成され、何も無かったかのように治った。
「回復力は大型アビス並み、なのに何故攻撃してこない! 」
夜十の調子は正直な話、狂っていた。
いつもなら、反撃してくるはずなのにしてこない。その意味が何なのか、特に何もないかもしれないが、嫌な予感が脳裏を過って集中が怠りそうになるのだ。
「グォォォオオオオオオ!!! 」
白銀の竜がけたたましい咆哮を再び吐き、周囲を震撼させる。だが、何もしてこない。
「……何かと葛藤してる?覗けるか、風見先輩の六神通で! 」
夜十は一度目を瞑り、大きく見開いた。
紗雪虎徹の実態を知る為にーー。
百二十六話目を拝見頂きありがとうございます!
次回、紗雪虎徹の過去に迫ります!
紗雪の正体はアビス?虎徹は?
追憶のアビスの大切な部分を明かしていくことになります!
それでは、次回もお楽しみに!




