第百二十四話 《無敵》の力
「……次は俺の番だ。《無敵》紗雪虎徹、手加減はしないよ。 」
夜十は、独りでにそう呟いた。
現在ステージ場で行われている一澤と新入生の試合が終了すれば、夜十は紗雪虎徹と一戦交えることになる。これが最終試合だ。
ここで勝利を収め、魔術師との戦争の為に必要な戦力を一人でも増やさなければならない。夜十に変な緊張がひた走る。
今まで通り、普通にやれば勝てるだろう。
風見が事前に今回の問題児三人組には、事情を説明して声を掛けたそうだが、帰ってきたのは否定的な言葉だったらしい。
朝日奈熱矢の目的は、火炎を殺し、朝日奈家を終わらせる。魔法師の名家を潰すことだったからに、断る理由は分かる。
白永桃も自分の親が柳瀬刀道という点でそれを殺した仇であるATSの協力をしたくないという気持ちも理解が出来る。
だが、紗雪虎徹は?
《無敵》と謳われた彼は、特に何の意味もなく断ったそうだ。興味がない、とか、どうでもいいとか適当な言葉を吐いて。
ただ同時に、彼はこうも言った。
自分を倒す程の強い人物が現れたら考えても良いと。
ならば、夜十は《無敵》を超えるしかない。
電気の付いていない薄暗い控え室で《無敵》と呼ばれる少年は、椅子に腰を下ろしていた。
虚ろになった瞳で広げた右手を見つめる。
「……」
「なあ、虎徹。俺は一度消えた身だ、お前に何もしてあげられなかったから恩返しのつもりだった。なのにお前、何でだよ? 」
「……」
無言を貫き通すもう一人の人格へ紗雪は、怒り混じりの声音を吐いた。
虚ろだった瞳に潤いと輝きが戻り、心は闇に染まる。
「はぁ……。もう時間か。虎徹がプロの魔法師になりたいと言ったから、この学園に来たのにな。風見という女の交渉も適当に返答したが、まさか俺を超える人物をこの学園が見出せたのか? 」
「……」
「いや、そんな訳ない。俺を超えられるのは我が君主だけだ。二度と近づかないように無惨に斬り刻む。……後悔させてやる。 」
紗雪は黒い笑みを浮かべると、控え室から鍔きを返し、後にした。
ステージ上の試合は既に終わったようで、次の試合が最終試合ということもあってか、観客席のテンションのボルテージがマックスになりつつあることを感じる。
歓声がまるで鳴り止まないのだ。
まだ試合が始まってさえないのに、観客は何かを期待して喜びの声音をあげ続ける。
気が狂ったかのようだった。
「……ふぅ。さあ、続いては最終試合!! 」
最後の試合ということもあってか、茜のテンションも最高潮に達している。
ゼェゼェと息が少しだけ乱れ始めているが、ここで諦めるほどヤワではない。
轟音の意思を受け継いだ者だからだ。
「ATS所属冴島隊隊長、及び、ATS魔法学園教員の冴島夜十!!学園最強の男の前に立ちはだかるはーーッ!! 」
控え室から真っ直ぐに歩いてきた夜十は、ステージ上に上がり、真剣な表情でお辞儀をした。まだ、紗雪虎徹は目の前には居ない。
なのに、緊張の昂り方が尋常ではなかった。
「歴代最強を誇る《無敵》の異名を持つ少年!紗雪虎徹ーーッ!! 」
紗雪は気怠そうにステージ上に上がる。
やる気はゼロに近く、瞳も虚ろ。なのに、どうしてだろう。夜十が感じるのは、殺気。
そして、全くと言っていいほど隙がない。
《追憶の未来視》を使わずとも分かる。
今、気の抜けた少年に立ち向かって殴りかかりでもすれば、自分に命はない。
《無敵》と称されるだけのことはある。
複数の殺気を秒単位で使い分けている。
「……お前が俺の相手か。俺より強いかどうか証明してみせろ!! 」
紗雪は虚ろになった瞳に輝きを与え、狂気的な表情で夜十を睨みつけた。
そして続けざまに拳を握りしめ、口を開く。
「まあ、出来ないだろうがな。俺と互角に渡り合うことなど不可能だ! 」
紗雪は余裕綽々と夜十を見下した。それは現時点の夜十が持つ魔力量を見ての事だ。
「そんなこと、やってみないと分からない!俺がお前に敗北を教えてやる!そして、意地でも戦力になってもらう! 」
「はっ、笑わせんなよ。格の違いってのを教えてやるよ。戦力?お前が俺に勝ったらの話だろ!うるせえ、さっさと始めんぞ! 」
両者が啀み合う中、時間は刻々と進む。
実況者の鳴神は、夜十に対しての応援の気持ちを抑えて、実況へ専念する。教員組、在校生は全員、切に願っている。
夜十に、《無敵》を倒して欲しいと。
「さあ、両者啀み合う中、もう試合開始まで三十秒はない!残り十秒前〜!!
9
8
7
6
5……」
刻々と迫る時間の中、夜十は思考を駆け巡らせていた。どう戦うべきが一番最善か。
《無敵》と称され、全ての魔法を司る人物と名高い眼前の少年へは、生半可な気持ちと覚悟ではそう簡単に倒せないだろう。
「
4
3
2
1
START!! 」
開始直後、夜十はその場から一歩も動かなかった。虎徹も同じく、眼前の相手の瞳を見つめ合うだけ。今、迂闊に動くのは得策ではない。敵の動きを把握しようと二人は動かなかったのだ。
あんなに余裕綽々と強い言葉だけ並べても、戦いは恐るべきほど慎重。
朝日奈熱矢と表裏くらいの差はある。
「……なんだよ、怖気付いちまったか?? 」
紗雪は挑発的な発言で夜十の心を揺さぶろうとする。だが、夜十にそんな単調なモノは通用しない。
夜十の慎重さを見兼ねた紗雪は、口元を歪めて、勢いよく地面を蹴り飛ばした。
先に動いたのは紗雪。だが、それでも夜十は動かない。彼の動きを"視ていた"。
「武器の具現化もしない、動かない!戦う気あるのかよ、雑魚! 」
紗雪は加速した速度のまま、夜十の懐に潜り込むと重心をワザと低く崩して、下顎に強烈な蹴りを放った。
「……がぁっ!! 」
確実に顎へ入った蹴りで夜十は空中へ吹っ飛ばされる。天井へ届くか否やの所で、吹っ飛ばした時点で空中へ飛び上がっていた紗雪に蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「何だよ、今のも避けねえの?雑魚じゃん。 」
口から血を吐いて、夜十は立ち上がった。
お次は自分の番と言いたげに地面を蹴り、あっという間に紗雪の懐へ潜り込むと拳を握りしめ、強く振るう。
「何だそのパンチは!こうやって振るうんだよボケがッ!! 」
夜十の拳はすり抜けるように避けられ、紗雪の拳が顔面を捉える。
ーーそして、吹っ飛ばされた。
「ぐっ……!! 」
仰向けの体勢で地面に再度叩きつけられた夜十に追撃を掛けるよう、紗雪は距離を詰める。
素早く起き上がろうとする夜十の胸板を右足で強く踏みつけ、地面に固定した。
「何だよ、大したことねぇじゃねぇか!お前、俺のサンドバックな? 」
紗雪の背後に数百の数々の属性魔法で具現化された鉾が発現される。
そしてそれは、紗雪の足の下で踠く夜十へ向けられた。完全に夜十のことを下に見始めた紗雪は狂気的に口を歪める。
「……死ね!雑魚が! 」
ーー瞬間。
数百の鉾が夜十へ雨のように降り注いだ。
観客は無惨で一方的な戦いに口元を押さえ、見開いた瞳で一点を見つめる。
砂埃と煙、爆発音が周囲に鳴り響き、その発信の源に位置していた夜十は助かっていないだろう。新入生はそう思っていた。
「あの野郎、紗雪虎徹を舐めてんな! 」
「黒、舐めてるわけじゃないよ。今、夜十君は"視ている"途中さ。 」
「それでも、あそこまでズタボロにやられるっていう演技は凄いな。新入生は騙されてるよ? 」
黒、風見、沖を含めた教員組と在校生は気がついていた。
夜十の一連の動きの意味を。
「……跡形も無くなっちまったか? 」
紗雪は夜十の遺体を確認せんと、煙を掻き分けて、足の下を確認する。
だが、夜十の遺体はない。跡形もなく、地面と同化するように消滅したらしい。
「……ふっ、はははははは!!!これで俺に敗北を教えてくれるって言ったのかよ!ただの雑魚じゃねえか!ははははははは!! 」
夜十の完全な敗北によって、戦いは終了した。そう思ったのは、新入生と紗雪虎徹。
「……さて、把握完了。どんなに魔法に特化してても所詮は青二才の餓鬼か。 」
背後から聞こえるはずのない声が聞こえた紗雪は、驚愕の表情で絶えることのなかった笑いを止め、背後を確認する。
すると、そこには血塗れの夜十が余裕綽々と立ち、準備運動をしていた。
手を伸ばし、掌を関節と逆の方向へ、ポキポキと乾いた音が周囲を支配する。
首を左右に振ると、同じ音が響いた。
「死んでなかったのかよ、雑魚。まあいいや、おまっ……!? 」
紗雪も反応出来ない速度で懐へ潜り込んだ夜十は、握り締めていた拳を力一杯に振るった。
顔面を確実に捉えた打撃が突き刺さり、吹っ飛ばす。仰向けの体勢に転がりそうになるが、両足を付け、ブレーキをかけた。
「さっきと、速度が全然違ぇっ……!はぁっ、ぐぁっ!! 」
ブレーキをかけて踏み止まったが、背後に移動していた夜十へ気がつかなかった。
それも束の間、威力のある蹴りが背中に放たれる。
「があっ……!!効かねえなッ!! 」
前のめりに倒れそうになるが、右手を地面について身軽に飛び跳ねると地面へ両足を着けて降り立った。
「……少し本気を出したらコレか。《無敵》って名を捨てた方が良いんじゃないのか? 」
夜十の煽りに腹を立てた紗雪は、動きを加速させる。地面を蹴って、一気に夜十の懐へ潜り込もうとするが、背後へ一歩後退され、潜り込むことが出来なかった。
物理攻撃が不可能と分かると、背後に属性魔法で具現化した鉾を数本発現させる。
「……うるせぇ!これでもっ……!? 」
だが、鉾は既に弾かれていた。
夜十は鉾を瞳に捉えるなり、直ぐに《焔弁の爆炎花》を鉾と同数展開し、ぶつけていたのだ。
「くっ……! 」
夜十よりも少し反応がズレ、紗雪は眉間に蹴りを放つ。確実に間に合わない。
そんなことは分かっていた、だから苦し紛れの攻撃だということも理解していた。
けれど、放つことに意味があると思った。
「……遅いッ! 」
夜十の放った蹴りが紗雪の眉間を捉え、数メートル先へ吹っ飛ばす。
紗雪はこの時、夜十が今まで何の力も出していなかったことを改めて知る。
肉弾戦の腕前だけで言えば、素人がいきなり師範代レベルに上達したかのよう。
反応速度は段違いに違う。
「息つく暇もねぇ……! 」
直ぐに夜十の猛追が紗雪へ迫る。
あり得ない速度で迫り、高威力の攻撃を放ってくる相手に紗雪は何も出来ない。
反応が出来て、避けることは出来ても攻撃にまで繋がることはなかった。
「クッソ!ウゼェんだよ雑魚がッ! 」
懐へ潜り込もうと速度を上げたタイミングだった。攻撃はヒットしているし、紗雪の消耗も魔力が低下していることで分かっていた。
なのに、彼が声を張り上げた瞬間。
周囲が金色の光に包まれ、空中へ無風の魔法陣が展開された。
そして、光は収束し始める。何かを放出せんと、力を溜めているみたいだ。
「なっ……!こ、これはやばいッ!! 」
踏み止まった夜十は、光の収束で眩しくて瞳を開けられなかった。右手で顔を覆い、光から逃れようとする。
観客側もステージ内が何も見えない状態に陥った。
「《光明の惨劇》! 」
張り上げられた紗雪の声と同時に放たれたソレはステージ上を真っ白く黄金の輝きで満たし、凄まじい爆音で地面を削り切る。
バリバリと響く音に耳を塞ぎ、観客とステージの間に張られた防御障壁の一部分にヒビが入った。
観客は唖然とし、戦いを見守る風見も想像以上の事態に思わず席から立ち上がった。
防御障壁の管理を制御室で行なっていた店長も大急ぎで風見の元へと向かう。
「風見!あの威力、夜十がマズイ!追撃でもされたら本当に死ぬぞ!試合を止めろ! 」
店長の言葉に風見は冷や汗をかきながら、判断に困った。
確かに今の技は光の名家、眩耀でも使える人は極僅かの大技だ。それをあの土壇場で使用できる程の人物だとは思っていなかった。
それに学園が誇る店長の防御障壁にヒビを入れてしまうほどの高威力。
店長の意見を尊重すべきか。
「……待って、てんちょー!アレ! 」
風見はそう言って、ステージ上の煙幕の中を立ち尽くす一人の少年を影を指差した。
風見に見えていたのはーー!!
第百二十四話を拝見頂きありがとうございます!
戦闘演習試験が終われば、ある程度、シリアス回は乗り越えてギャグに戻ろうかなと。
次回、紗雪の放った《光明の惨劇》はステージ上を破壊し尽くす高威力の魔法だった。
その魔法をまともに受けた夜十の運命とは如何にーー!?
次回もお楽しみに!




