第百十九話 火炎の決意
早朝。静寂の世界を支配していた闇が光と入れ替わる時間帯。
まだ四月の朝は冷え切り、外に出るには肌寒い季節だ。
そんな中、学園の本校舎の屋上には、青色の髪の少年が見えた。
「……この学園も血の気が多いな。在校生か、教員の相手を新入生がやるとは……なぁ?虎徹。 」
「……」
学園の屋上で独りでに紗雪は、まるで誰かに問いかけるように呟いた。青色の髪がゆらゆらと風に揺られて、放浪する。
紗雪の求めている言葉は聞こえず、沈黙だけが周囲を満たす。
「反応無しか。俺の予想通り、こいつの自我は俺一人になってしまってるみたいだ。 」
「……」
「にしても、あの熱矢ってガキ、面白いな。……俺のことを知らないだけか。知ってたら、そりゃあな。 」
《無敵》と謳われ、警察の猛者を一網打尽にしてきた少年は、昨夜のことが頭から離れない。
久々に誰にも恐がられずに話すことが出来たのだ。
それにあの高圧的な態度、嬉しかった。
久々に自分と対等、いやそれ以上に自分を見下すような態度を取る人物に会えたのだから。
「……誰が当たるかは分からないが俺の好きにさせてもらうさ。いいよな?虎徹。 」
ーーその頃、早々と風見に呼び出されたATS魔法学園の教員及び、在校生のリーダー格の人物達は、教員室に集まっていた。
今日の午前中から開幕する予定の演習試験のことについての話し合いだ。
「それじゃ、皆!集まってくれてありがとう! 今から演習試験の日程確認と、最重要生徒の確認をしたいと思ってる。良いかい? 」
風見の問いかけに全員が頷いた。
今年は派閥振り分け試験を省き、演習試験を一番最初の行事にしたのは、魔術師との戦争まで時間は少ないからだ。
身体測定も演習試験の後にやる予定に変更し、生徒達が持つ能力を風見が自分の"眼"で見て確かめる必要がある。
それが現時点で一番重要なことだ。
「日程確認は各自に渡す用紙を見てくれてると思うからそこまで長い話はしないよ。問題は、最重要生徒が今年は三人も居るってことさ。 」
「三人も……!?誰ですか!? 」
夜十が驚愕して大きな声音を上げると、風見は深く頷いて最重要生徒の名前を連ねて呟いた。
「朝日奈熱矢、紗雪虎徹、白永桃の三人だよ。彼らの相手は、ATSの部隊に所属するメンバーに頼みたい。なかなかの手練れだからね。 」
「成る程……分かりました。ミクル、虹色、俺で相手をするってことですよね? 」
「その通り!君達なら安心して任せることが出来るからさ。 」
風見は真剣な表情で言った。
かなり悩んだ末の決断なのだろう。
全員の目と顔をキョロキョロと首を動かして、直視していた。
「風見先輩、悩んでの決断だと思いますが、俺から提案があります。 良いですか? 」
「……なんだい?まさか、ここに来て演習試験には出たくないとでも? 」
「いえ、朝日奈熱矢の相手を火炎に任せてやってくれないでしょうか! 」
夜十の言葉に会議室の隅で壁にもたれかかり、話を聞いていた火炎が驚愕の表情で声音を吐く。
「……なっ!オイ、テメェ!夜十!何でそんな提案しやがる! 」
「お前の為に決まってるだろ? 」
夜十の当たり前だとでも言いたげな表情にイラついた火炎は態度を変えた。
「あ?ふざけんな!俺を憎んでる熱矢と俺が演習試験で戦闘になったら大変では済まねえぞ!分かってんのかよ! 」
「……分かってるさ。だからこそ、お前に任せたいんだよ。俺が熱矢を止めるのは不可能だった。お前しか居ないんだ! 」
熱矢を止めることが出来るのは、実の姉である燈火でも無ければ、夜十でもない。
周りの人間が慰めてどうにか出来るレベルの憎しみではなかったからだ。
熱矢は、火炎がどうにかするしかない。
「……っ! 」
「お前も分かってんだろ?火炎!自分がどうにかするしかないって!なぁ、いい加減に過去から逃げるなよ! 」
夜十の言葉に火炎は思わず、下へ俯いた。
勿論、火炎は分かっていた。自分がどうにかするしかないと。
星咲の持つ《制御の宝玉》によって操られ、様々な罪を犯したのは、紛れもなく火炎だ。その事実だけは変わらない。
最近、ずっと考えていた。熱矢に自分が出来ることを。
ーーそしてその答えは今、導き出された。
「……あぁ、そうだよな。いつまでも逃げてられねえよな。俺は俺なりにケジメをつける。風見、悪りぃ……俺からも頼む! 」
「私の浅はかな行動で思い詰めさせてしまったこともあるからね。勿論、異論は無いさ。火炎、君達の弟を頼んだよ。 」
「ああ!任せてくれ! 」
火炎は拳を強く握りしめ、心に誓った。
自分が熱矢をどうにかして、今までしてきた全ての罪を償う覚悟を決めると。
星咲が全て悪いわけじゃない。争うだけの力を有してなかった自分も悪い。
火炎はそう思うことにした。
「朝日奈熱矢は火炎と対戦で、後は二人。紗雪虎徹と白永桃だけど、この二人は朝日奈熱矢と次元がまるで違う。今の所、何の問題も起こしてないけど、きっと何か起こる。そんな力を秘めているんだよ! 」
「まだまだ若い歳で、風見先輩が良い方向へ動くと予想しないのは何故ですか?! 」
燈火は驚いたように口を開いた。
「《無敵》という異名に聞き覚えはあるかい? 」
風見の問いかけに唯一深く頷いたのは、夜十一人だけだった。
夜十は、通り名を聞くなり、表情が険しくなった。
「《無敵》文字通り、彼が膝をついた姿を見たものはおらず、傷を負った姿すら目撃されてない。警察が負うことを諦めた人物で、全ての魔法を司る神と一部地域では崇められていたりもする。尚、その姿は常人には見えないらしいよ。 」
「常人には見えない? 」
燈火が疑問げに首を傾げ、長々と説明した夜十へ問いかける。
「うん。警察を迎撃していた頃、《無敵》の身体は黒い煙、モヤみたいなのが掛かって肉眼では見えなかったらしいんだ。俺も組織の人に聞いた話だから本当か分からないけど。 」
冷や汗を流しながら夜十は言い終え、何か嫌な予感がしていた。
先程から心を苦にして語っていた際、風見がやたらに此方を見て、ニヤニヤと笑っているのだ。
「風見先輩、まさか……? 」
夜十に彼の相手をしろと言っているかのようだった。
「察しが良くて助かるよ。夜十君、君は《無敵》を倒し、魔術師と戦う為の戦力に引き入れてもらいたい。 」
と、彼女はスラッと言いのける。
それがどれだけ大変で無謀なことなのか、夜十は思わず深い溜息を吐いた。
「……まあ、やれるところまではやってみます。生ける伝説《無敵》がどれ程の実力なのか、想像もつきませんが。 」
夜十の返答に満面の笑みを浮かべる風見。
しかし、燈火はどこか不安げだった。
「夜十も断るってことを……」
「燈火、それは諦めた方がいいよ!夜十は昔から頼まれごとを拒むってことをしない人間だからちゃん! 」
ボソッと呟いた言葉を遮ったミクルは、残念そうに燈火を諭す。
夜十の性根的に不可能なのだ。
自分が助けられる可能性が少しでもある存在を見捨てることなど。
「次は白永桃だけど、彼女は夜十君と同じ《魔源の首飾り》所持者。その時点で最重要生徒に選出されるには、妥当な理由なんだけど、ちょっと変わった性格でね。人を傷つける行為を非常に好む、戦闘狂らしいのさ。 」
戦闘狂と聞いて、沖と黒がピクリと反応する。普段、言われ慣れすぎたのか、自分の名前と同じくらい敏感に察知してしまうようになっているのかもしれない。
「彼女はミクルにお願いしたいんだけど、大丈夫かい? 」
「あっ、私!?大丈夫に決まってんちゃん!力を制御せずに使っていいんだよね!? 」
風見の言葉に一瞬戸惑うが、ミクルはやる気満々で応えた。
「当たり前さ。力を制御して勝てる相手ならそれでいいけれど、そうもいかなそうだからね。 」
風見の意味深な言い方に夜十は、抱えていた疑問をぶつけた。
「何の能力の《魔源の首飾り》か分かります? 」
「それが、《生成の腕輪》っていう《魔源の首飾り》で自分が念じたものを何もない空間から生み出す力があるらしくてね。そういう空間系はミクルにお願いするのが妥当だった思ったのさ。 」
確かに空間生成系の魔法なら、この学園内でミクルの右に出るものは居ないだろう。
但し、それは普通の魔法だけの話だ。
《魔源の首飾り》所持者ともなると、話は変わってくる。
夜十は心配そうにミクルの横顔を見つめた。
「一応言っておくけど、私達もついてるから心配しないでおくれよ。緊急時は、てんちょーの防御障壁で隔離するし、三人には重荷かもしれないけど、任務成功を期待してる。 」
風見は笑顔でそう言った。
確かに重荷だ。かなりの強者が揃っている最重要生徒の三人を力技でどうにかしなければならないのだから。
三人は覚悟を決め、数時間後に開催される演習試験に向けて、準備を行い始めるのだった。
第百十九話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
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次回、演習試験スタート!
手に汗握る戦闘ラッシュの開幕は、火炎と熱矢の対戦!
憎しみの炎は全てを燃やし尽くすーー!?
次回もお楽しみにー!
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




