第百十九話 紗雪虎徹 ①
入学式のプログラムが無事に全て終了し、風見と沖は問題があった先程の生徒である紗雪虎徹を生徒指導室に呼び出していた。
折り畳み式の長机を挟んで対面している三人の内、最初に言葉を発したのは沖だった。
「俺は沖遼介。君は紗雪虎徹君だよね?どうして呼び出されたか、疑問に思ってるかもしれないけど、ちょっと待っていてね。」
「……はーい。」
彼は声を発した。普通の男性よりもずっと高く、まるで女性のような声色をしている。
「風見、何か"視えた?" 」
「ううん、何も視えないかな。沖のエロエロな心は見えてしまってるけれど、紗雪君のは何も視えないんだよ。何か、モヤに邪魔されている感じでね。 」
やはり、視えない。
彼の心が読めないということは、学園を運営する上で重要な情報管理を怠ってしまうことになる。それだけはあってはならない。
自分が新島という偉大な男から任された学園長という仕事、楽に考えろという方が難しい。
それでも風見は期待に応えようと奮闘している。
それをここで邪魔されるわけにはいかない。
「紗雪君、今日はこれで終わりでいいよ。ごめんね、引き止めたりして。明日からの授業、十分に取り組んでね。 」
「……はーい。 」
抜けたような返事をして、彼は教室を出て行った。何か抜けたような少年だった。
あれが演技とは思えないし、魔術師による変装でも無さそうだ。
アレではまるで……。
「沖、私の部屋に帰って紗雪君のデータをチェックするよ。私の予想が当たってれば……」
「風見の部屋に行くの?一緒に寝る?あっ、そっちかぁ……残念。 」
「それは夜でしょ。ほら、行くよバカ沖! 」
「わぁぁぁ!!やったぁぁ!! 」
ーーその頃、一年の学生寮前廊下で、指導室を出た紗雪虎徹が歩いていた。
彼は抜けたような歩き方でフラフラと落ち着きがなく、一つの部屋に入って行った。
彼の部屋は二人一部屋の寮室だ。
「あーー、イライラする!関係ねぇだろクソがッ!!……あ? 」
部屋では、自分の荷物を床に広げ、ムシャクシャした様子を隠しきれない朝日奈熱矢が居た。相当怒っているようで近づけば、危害を加えられそうだ。
しかし、紗雪は怖がることも恐れることもない。彼の後ろを素通りし、ベッドの上に勢いよく寝転んだ。二段ベットの下の階だ。
「テメェ、ナニ普通に入ってきてんだ!ここは俺の部屋だぞ?殺されたくないなら出てけッ! 」
やはり、怒りの矛先は真っ直ぐ紗雪の方へ来ていた。しかし、当の本人は無視。
二段ベッドの上の段の木目を見つめ、ぼんやりとしている。
自分の発言を無視された熱矢は血眼で紗雪を睨みつけた。
そして、強く拳を握りしめ、ベッドに寝転がっている紗雪の顔へ拳を放つーー
「……血の気が多すぎやしないか? 」
熱矢の拳は手首から掴まれ静止する。
熱矢が力を込め、手を振り解こうとするが腕を掴んだ紗雪の手はビクとも動かない。
そして彼は真顔でそう言った。
「……っ!!燃え焦げろ! 」
自由になっている逆の手の方で陣を展開させ、魔力を一点に注ぎ込む。
魔法の展開だ、いくらイラついていたからと言って魔法の展開を些細なことで行うのは普通ではない。
だが、彼は自分の上限回数のことも何も気にせず、力の限りを紗雪に放つーー
「逆ギレで魔法展開か、凄いなお前……」
掌が綺麗なオレンジ色に発光し、魔法が発射される手前で熱矢は違和感を感じた。
というか、自分が詠唱破棄で行った魔法が発動しなかったのだ。
「……あまり力を使わせるな。俺の力こそ無限だが、虎徹は耐えられない。 」
そう言って紗雪は熱矢の掴んでいた手を離す。熱矢は掴まれた腕を触りながら、紗雪へ怒号を浴びせた。
「な、何モンだよテメェ!魔法破棄なんてクソチート技使いやがって……! 」
「今のはそうせざる終えない状況に追い込んだ、お前が悪いんじゃないのか?人間の思考は本当によく分からない。俺は寝るぞ、お前も物騒なことを考えていないで寝るといい。 」
そう言って、紗雪はベッドの上で目を瞑った。熱矢も自分のペースを崩されてしまったせいなのか、この後の追撃は馬鹿らしいとさえ思い、二段ベッドの上の階で就寝した。
「紗雪虎徹……彼は特異体質の所持者だったんだね。 」
「その特異体質が二重人格、彼の他に別の人格があの身体には宿っているのか。だから、六神通が通用しなかった?いや、私の仮説が正しければ、彼は……」
"常に無心で動いている可能性が高い"
黒いモヤが別人格で、本当に見えない方は何も考えていないから見えない。
と言うよりも、見るものがない可能性がある。
無心と言っても人間は何かしらの思考回路を使い、生活しているのだ。
何も考えず歩き、何も考えずに食事を摂っているのだとしたら、六神通が通用しないのも納得出来る。
「《無敵》紗雪虎徹……通り名だけなら聞いたことがあるよ。全ての魔法を司り、彼に上限など存在しない最強の少年。警察が何度も捕まえようとしたけど、名前の通り、その無敵っぷりで警察を蹴散らしたらしい。 」
「指名手配には、ならなかったのかい?犯罪魔法師として分類も? 」
それだけのことをしていて、警察にも追われているのだとしたら、学園に入学させたのは間違いだったのかもしれない。
被害が広がる前に彼を退学させるべきだろう。
風見の質問に対して、沖は首を横に振った。
「警察も追うことを諦めたようだよ。去年に破棄されてる。何も問題を起こさないといいけどな……」
「沖がそれ言う? 」
「ははは……風見も容赦ないなぁ……」
乾いた笑いで誤魔化す沖。
当然ながら沖も風見もKMC魔法学園時代では、名を馳せるほどの問題児だった。
そこに星咲を加え、店長を加えれば、教員が何か問題を起こすのだろうと踏んで、拘束しに来たほどだ。
「まあ、それは置いといて。明日は演習試験だよ。在校生が新入生に魔法学園の厳しさを教えてあげる為の行事。 」
「ああ、分かってるよ。今回は教員も参戦するんだよね。 」
「そりゃあね!在校生より新入生の方が多いから、数合わせみたいなものだけど……」
苦笑しながら話している風見の肩を沖が甘えた様子でトントンと叩いた。
「……まだ夕方だよ?この後、食堂行ってラーメン食べようと思ってるから、その後でいいかい? 」
「……分かったよ。それまで抑える。 」
「うん、抑えて……!食堂で襲われたら洒落にならないからもう行くよ! 」
顔を真っ赤に赤らめている沖を連れて、風見は食堂へ向かった。
「……結局何処に行ったのか、分からないままかぁ!明日の演習まで問題を起こさないといいんだけど……」
熱矢を完全に見失った夜十は、諦めたように暗がりの学園の中、自分の寮へ向かって歩き出したのだった。
第百十九話目を閲覧頂きありがとうございました!
10/21より、新連載で「異世界召喚されたけど、ラーメン作ります! 」を連載開始しました。
「追憶のアビス」を読んでいて、まだ新作を読んでいない方は是非、お願いします。
これからも「追憶のアビス」をよろしくお願いします。
それでは、次回予告です。
在校生と教員の合同演習試験が幕を上がようとしていた。夜十の前に立ちはだかるのは、《無敵》と呼ばれた少年だった。果たしてーー!?




