第百五話 ATS戦闘演習 ①
本当に遅くなりました。
ーー戦闘演習場にて。
神城と焔を中心に、ミクルを含めたATSの隊に所属しているメンバーが集まっている。
部屋の隅には、腕を組んでニコニコと笑顔を浮かべている新木場も一緒だ。
「ミクルも虹色も晴れて隊長になるとはな。俺は嬉しい限りだ、隊は寂しくなるがな。 」
「確かに寂しくはなるかも知れんが、神城。立派な出世だぞ!あとで祝ってやれよ? 」
「そういう新木場も夜十を祝ってやらないたな。隊長を言い渡された瞬間、アイツは最高に笑って泣いてやがったんだ。 」
神城の言葉に笑って頷く新木場。
二人はお互いの弟子達が出世した喜びに耽っているのだ。
部屋の中心では、ミクルと虹色が隊員達に祝福されていた。学園を救い、この国をKMCという組織から救ったことを含め、ATSに所属する兵士達にとってそれは仲間達が命を懸けて掴んだ栄光。
これ以上に喜ばしい事は無かった。
《雷帝》の異名を持つ篝火輝夜は、突然として二人に提案を持ちかけ始める。
「久々に身体鈍っとらんか?虹色もミクルも、最近は学園のことで動いてたって聞いたんやけど、どうや?俺らと合同演習せん? 」
「合同演習ッて……輝夜さん戦いたいだけちゃーん!!私達はいつも稽古は怠ってないから腕なんか鈍ってないよ!! 」
「固いこと言うなや〜。夜十が帰ってきたらやらへん?それとも、ミクルは負けるのが怖いからやらんのかいな?? 」
彼女の眉間に怒りマークが浮かび上がる。
簡単な挑発に乗ってしまい、顔を真っ赤にしたミクルは輝夜に堂々と宣言した。
「や、やるよ!!輝夜さん、怪我しても知らないからね!!ね!! 」
「ミクル……扱い簡単ね。 」
虹色はミクルの率直な素直さに首を傾げ、上の空で天井を見つめ呆れたのだった。
そんなやり取りを続けていると、輝夜は異変に気がつき、視線を入り口へ向ける。
入り口には桃色の髪の少女、朝日奈燈火が呆然と立ち尽くし、輝夜に迫る黒い影に視線を向けていた。
「ーーっ!! 」
輝夜の眼前に迫った拳を咄嗟の反射神経と電撃を纏い、電光の如き速度で体を折って拳を避けた。避けられた本人は、当たると思っていた攻撃が空を切ったことに驚愕し、次の行動に移行しようと体制を整えーー。
いや、流石に間に合わなかった。
雷光を纏う輝夜の速度は彼が縮地法で強化した速度よりも遥かに上。
クルリと独楽のように身体をしならせ、回転の勢いを使って回し蹴りを腹部に食らわせた。速度とは即ち重さ。
少年は入り口まで吹っ飛ばされて、蹴られた腹部を強く押さえこんだ。
「……クッソ!輝夜さんに奇襲をかけられると思ったのに!! 」
「この《雷帝》を出し抜くんやったら、光の速度やったとしても遅いで! 」
さすがはプロの魔法師か。夜十が放った奇襲を意に介さず、自身の空気中に飛ばした微量の電流で感知して敵の位置を確認。
直ぐにリーサル内の攻撃で牽制する判断力は、努力のみでつけられるものではない。
彼は、紛れもない天才の一人だ。
「……んで、何の話をしてたんですか? 」
「ああ、新たな隊長三人組とワイらATSの精鋭部隊で戦闘演習を行うって話や。勿論、断らへんやろ? 」
虹色とミクルは、輝夜が夜十に話を持ちかけた瞬間から「否定」の二文字が無いことを頭の中に思い浮かべていた。
そして、彼女らの思い浮かべていた未来は現実となる。
「……望むところです!! 」
やる気満々の返事に言いたいことも見つからない二人。
すると、輝夜は入り口に立っている燈火の姿を見て思い立ったように口を開く。
「どうせやったら、朝日奈燈火さんも参加したらどうや?これから仲間になるわけやし、力量くらいは知っておかんとな! 」
「そうですね!今、呼んできます! 」
夜十はクルリと後ろを振り返り、燈火に向かって大声で叫びながら手招きをする。
「燈火ーー!ATSの隊員達と戦闘演習するぞー! 」
夜十の言葉に驚きを隠せない様子を見せる彼女は、虹色とミクルの二人がしていた呆れている表情で何かを察したのか、口をポカーンと開けながら夜十へ駆け寄った。
「……え?ど、どういうことよ!? 」
「俺と虹色とミクル、燈火のチームと此処にいる隊員全員で戦闘演習するんだってさ!燈火の力量を図りたいってよ! 」
笑顔でそう答える夜十に、彼女は額に汗を浮かべて戸惑いの隠せない声音をあげる。
「此処にいる隊員達って全員プロでしょ!?も、もし!下手に怪我させちゃったら、その責任は誰が取るのよ! 」
燈火の言葉に《雷帝》輝夜は眉をしかめる。
自分達を怪我させてしまうと心配する少女?弱く見られている、舐められているといった兆候が見えた。
そんなの燃えないわけがない。
「……へぇ?そんな変な心配しとるんやったら、やっても問題ねェな! 」
燈火の火に油を注いだ言葉は、輝夜を含めるATSの精鋭部隊に火を付けてしまった。
輝夜の指示で陣営を整え始める精鋭部隊。
彼らの人数は二十人。一方で夜十側のチームは四人。数の差は歴然だったが、それでも四人は真っ直ぐな瞳で敵を見据えた。
挑発的な発言をしてしまった燈火だが、彼女は狙ったわけでも失言として放ったわけでもない。単純にそう思ったからである。
この時は輝夜も理解出来ていなかった。
彼女が朝日奈家の次期当主になり得る可能性がある理由を。
「準備はオーケーや!ルールは簡単!ワイらはABCDのチームに分かれる。お前ら四人は五人を纏めて倒してみろや!アビス退治にチームワークは大切やけど、各々が弱ければ意味は無い!それくらい出来るんやろ? 」
燈火の挑発的な言葉を根に持っているのか、輝夜は煽り口調で淡々とルールの説明をした。
「分かりました。輝夜さんもウチの燈火を舐めてたら痛い目合いますよ? 」
「ほんなら、ワイのチームは朝日奈燈火を貰うで!大人舐めるとどうなるか、教えたんねんやコラァ! 」
燈火は輝夜を含めるA隊と戦うことになった。A隊は輝夜以外に強さに突出した人物はいないが、アビス退治に最も必要とされるチームワークが非常に優秀なチームだ。
「じゃあ、私はそこの人達にするよ。 」
「ミクルも、こっちちゃーん! 」
「じゃあ、俺は残ったチームにするか。 」
燈火以外の三人も無事に戦うチームを見つけ、彼らを凝視する。当然、燈火以外の三人はATSに既に所属していたわけで、敵全員を把握している。
この戦い、圧倒的に不利なのは燈火だ。
準備が完了したことを確認した輝夜は、部屋の隅で神城と世間話をしていた新木場に声を掛ける。
「新木場さん、アレ頼むで! 」
「ああ、任せろ! 」
新木場は壁に埋まっている真四角なガラスのショーケースの蓋を開けて、赤いボタンを勢いよく強めに押した。
ーーすると、戦闘演習場の真っ白い床から細長く四角い棒が複数本出現し、戦闘チームを取り囲んだ。
白く細長い棒からはバチバチと火花を散らす防壁が放出され、棒が囲った位置は実質上の密室となる。
「これが戦闘演習場に新しく導入させてもらった新訓練場だ!夜十が前に破った防壁とは比べ物にならない量の魔力を込めている。簡単に破壊することは出来ないだろう。 」
長々と自慢げに話す新木場。
彼の言った通り、防壁の防御力は計り知れないもののよう。それは感じられる魔力の量で一目瞭然だ。
電撃の魔力が練りこまれていることから、輝夜の魔力を練って作ったモノだとわかる。
夜十は知っている。前回戦闘時に輝夜と戦い、勝てたのは単体だったからだと。
複数人のチームワーク戦の時の輝夜は単体とは別格の才能を持ち、味方の位置を空気中に流す微量の電流によって察知することで視界が悪く見えづらい位置からでも的確な指示を出す。《雷帝》は、慎重に迅速に動き、的確な指示で味方を自らの獣に変える、火力特化型の指揮官魔法師なのだ。
「バトル開始まであと一分〜〜」
演習場内だけに流れる高い機械音は、試合開始までの時間を選手一同へ教えた。
其々、準備を開始する。
「……」
燈火は夜十の部屋で夜十に言われた言葉を脳裏に振り返す。
「俺の隊に入ってアビスを一緒に駆逐してくれるか? 」あの言葉だ。
あの言葉の期待に応えるなら、燈火は夜十の想いに応えられるような魔法師にならなければならない。深く考える必要はない。
けれど、彼女は願う。強くなりたい。
アビスを駆逐する精鋭部隊相手に一人で戦う重さ。きっと、アビス退治に参加し始めたら、魔法師という仕事をし始めたら、この程度誰にでも出来ることになりうる。
甘い考えはやめて、全力をぶつけないと。
「……ふぅ。 」
深く深呼吸をして、集中力を切らさないようにゆっくりと眼差しを、他の四人に燈火の様子を随時伝え、額に汗すら浮かべる輝夜に向けた。
「
5
4
3
2
1
START!! 」
開始の合図で動いたのは輝夜側の精鋭部隊五人組だった。燈火との間合いを一気に詰めて、携えた刀剣を振るおうと試みる。
だが、開始する前からその領地は彼女の領地。
「開幕速攻で攻めてくるなんて、どっかの誰かさんによく似ていますね! 」
彼女は頭上に具現化した赤く燃え滾る鉾で四人の攻撃を牽制し、正面から向かってくる輝夜を自身の手に携えた刀剣で受け止めた。
「ワイらの攻撃を瞬時に見極めて受け止めるとか……バケモノやないか!?なあ!? 」
「伊達に朝日奈やってませんよ!私はもっと強くならないといけないんです!! 」
ーー瞬間。
輝夜以外の四人と交えていた鉾が炎に戻り、瞬時に鎖へと変化して四人を拘束する。
突然のことで精鋭部隊も頭が追いつかない。炎の鎖は高熱を帯び、精鋭部隊が身に包む戦闘服ですら燃やす。
「ぐっ……あぁ、ぁぁ!! 」
熱が触れるだけで痛みが走り。
精鋭部隊は輝夜を除き、壊滅した。
四人は決して弱いわけではなかったが、朝日奈家の次期当主に匹敵する彼女の力を侮り、油断していたのだ。敗因は正しくソレだろう。
「次は貴方です。あの鎖から逃れることは決して出来ない! 」
「鎖やと……!? 」
輝夜は交えていた剣を手放して、素早く後ろに後退した。輝夜が手にしていた刀剣は消え、微力な電流となって空気中に漂う。
それが輝夜の圧倒的な感知能力の答えな訳だが、単独戦となった今はあまり必要ない。
目の前の敵を倒すしか無いのだから。
「夜十と戦う時以来やで、ホンマ。こんな躍動感は久しぶりや……本気出してもええよな。 」
輝夜は一歩を踏み出して、一気に加速すると、燈火の懐に剣を携えて侵入することに成功。雷光の速度は目には見えない。
人間離れしている動体視力を持つ夜十ですら、捉えるのは至難だ。
「……雷獣走り! 」
雷で具現化された獣が空気中にバチバチと火花を散らしながら燈火の背後に現れた。
つまり、挟み撃ちだ。輝夜の攻撃を避けるならば、後ろへ後退するのが得策。
だが、後ろに雷獣を走らせることでそれは不可能になるのだ。
仮に雷獣を無視して後ろに後退、彼女の身体に電撃が走れば、輝夜は電撃の強さを操ることが出来る。
側から見れば、完全に燈火の負けだ。
「……っ!! 」
しかし、輝夜の思惑通りにはならなかった。
本当に眼前まで迫っていた彼女自身がどこにも見当たらないのである。
フワッと感じたのは、熱が通り過ぎるような感覚。
必死に思考を駆け巡らせ、彼女がどこに行ったのかを辿ったーーそして!
「ま、まさかーー 」
今、熱として自分を通り過ぎたのが燈火だと気づくのに少しだけ時間がかかってしまった。朝日奈家を含む魔法師の名家、神城のような特殊に強い力を操作出来るようになった人物達は皆、自身の属性の特性を身体に引用させることが出来る。
神城ならば氷に、燈火ならば炎に、熱に。
「……ありがとう、輝夜さん。私は私の強さを知れた、これでまた強くなれる! 」
遠く離れた位置で詠唱を完成させていた燈火は、輝夜の真下に赤く光る魔法陣を組み上げていた。
「……侮っていた。学生がここまで強くなっているとは思いもしなかったわ、ワイの負けや、感服や! 」
巨大な爆発音と共に輝夜は散った。
決して、手を抜いていたわけではないし、油断をしていたわけでもなかった。
但し、彼女が強くなったのだ。
燈火は戦いを続けている夜十に視線を向ける。彼はいつだって自分を助けてくれた。
"目の前の人を絶対に失わせない"
夜十の固く決意した信念。
だが、今では彼女にも流れていた。
信念は語り継がれ、軈て変わる。
燈火はこの戦闘を機に大きく変わる。
それが、良い方向か、果たしては逆なのかはまだ誰にも分からないのだった。
百五話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
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@sirokurosan2580
今回は燈火回です。
次回、ミクル、夜十の二人は余裕の笑みを浮かべ、各々の師匠に勝負を挑むーー!?
次回もお楽しみに^^
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




