第百三話 修羅の道 ⑤ 《勝利》
遅くなりましたが、今回は普通より長いです^_^
真紅に染まる二本の剣を交差させて、生み出した衝撃波を意に介さず、一本の剣で斬り伏せるシンにアグニスは苦笑を見せる。
「忠告のつもりだったが、言うだけのことはある。魔法を斬るとは……魔術師の天敵と言っても過言ではない。だがな……」
魔法を斬る行為は確かに、魔術師にとってみれば厄介な攻撃で天敵だろう。
しかし、アグニスは見抜いていた。
シンの"魔法を斬る力"の決定的な弱点を。
ーー刹那。
シンの立っていた位置から右側の空気が切り裂かれ、爆発音と共に爆散。
地面を抉り、皮膚に切り傷を作った。
一瞬で起こったことに、理解がついていかない。今、アグニスから一瞬足りとも目を離していなかったのにも関わらず、自分の右横の地面は抉られ、致命的な傷ではないが顔に傷を作られた。
もし、正面に来ていたとしたら、たった今、シンはただの肉塊になっていたに違いない。
「肉眼で捉えられなければ、貴様に勝ちはない。これは最後の忠告だ。勝ち目の無い戦いをするのは、寄せ。大人しく投降し、自分の過ちに懺悔を浮かべ続けるといい。 」
空中で浮遊し続け、二本の剣の矛先を地面へ向ける。
真紅に染まった瞳は大火を帯びて、地面で剣を構え、戦慄の表情を浮かべる二人を見下す。
「……投降なんかしてたまるか!お前の後はあの城の魔術師どもだ!覚悟しやがれ! 」
シンの一言は、完全に威勢のみだった。
今、アグニスの放つ魔法を捉える肉眼、又は避ける反射神経は持っていない。
「威勢だけの塊、貴様のようなバカは直ぐに命を落とす。何とかなる。なんて、考えは捨てるべきだ!! 」
アグニスは二本の剣を交差させ、衝撃波を放った。それは先程見切ったばかりの技なだけあってか、シンは容赦なく斬り捨てる。
ーーその瞬間。
小さな魔力の詰まった球体がシンの目の前に現れた。
地面を抉った魔法と同じ感触を肌が感じ取る。高熱を帯びて空気を焦がし、地面を簡単に抉るような脅威的な火力の技。
「ま、間に合え……俺の腕!! 」
動けるはずもない。今、自分の腕は衝撃波を斬り捨てることに使ってしまったのだ。
次の攻撃ーー見えない速度の魔法を感覚だけで避けるしかないなんて不可能。
「うっ……ぁぁぁぁ!! 」
シンの身体に接触したと同時に爆散した球体は、破片を飛び散らし、爆発の威力と高熱による攻撃で吹っ飛ばした。
倒れるまでは行かず、咄嗟の判断で地面に着地したシンは踏ん張りを強める。
地面が足の形に陥没した。
「……今ので死なんとは中々タフだなっ! 」
アグニスは再び球体を生み出して放出。
自分の忠告を二度も無視する輩に容赦などするわけがない。
次の球体も避けられないだろう。
肉眼で捉えられれば、問題無いが肉眼では捉えられないし、身体の感覚で斬ることも不可能。無闇に剣を振って当たったとしても、その次に繋げられなければ意味はない。
「……くっ!!はぁぁぁぁあああ!! 」
いや、次の攻撃に繋げられなくても、今、この瞬間だけ、この魔法を斬ってみせれば戦況はきっと変わる。
シンは全神経を一点の地域に収束させる。
音、空気の振動、感じられる全てを情報として頭の中にインプット、それ通りの動きが出来るとは限らない。
だが、それでもーー!
「なっ……!? 」
アグニスはとんでもない光景を目の当たりにした。人間が目で捉えられるはずがない速度の魔法を自身の剣で叩き斬られたのだから。
「はぁ……はぁ、はぁ、一度斬るだけでこの消耗か。これは何度も使えない……」
ハルトに視線を向けるが、彼は迷っているようだった。自分はどういう立ち位置になればいいのか、アグニスとシンが戦う中、自分は何も出来ていない。
「やはり人間、貴様は強い。が、未完成は所詮紛者に過ぎん。貴様の魔法は……あぁ、そうだったな!譲渡魔法だったか。その魔法とやらを使わないのか? 」
「俺の魔力は微量、一度使えば身体は消滅してしまう! 」
アグニスの挑発に乗ったハルトは、衝撃の一言を口にした。
ならば、シンを沈めた圧倒的な強さはなんだったのか。アレは、魔法未使用時のハルトの実力?なのだとしたら、彼は本当に強い。
「やはり、未完成品は使えぬな!魔法を一度しか使えん輩とは。魔術師でもなく、人間でもない。お前は生まれた時から全てが終わっている。 」
「……っ!! 」
ハルトは宙を舞うように飛び上がり、アグニスの眉間に蹴りを捩じ込む。
完全に憤怒を帯びた瞳、だが、アグニスは何一つ動揺せず、腕で蹴りを受け止めて足を掴み、地面へ投げ飛ばした。
「実力の差というものを見せてやる! 」
直後、アグニスの背後には太陽が現れた。
シンが十年前、魔術師との戦いで叩き斬った魔法に酷似している。
あの時は、魔術師達が口々に詠唱を手向けあって完成した魔法だったが、アグニスは顔色一つ変えずに魔法を発現させていた。
太陽は落下地点をハルトとして捉え、高速で降下する。
地面で尻餅をつき、絶望に光る太陽が禍々しく迫りくるのを傍観することしか出来ないハルトは、自分の死を確信した。
「何やってんだよ!ハルト! 」
だが、太陽は真っ二つに斬り捨てられた。
ハルトを中心に左右に分かれて爆発したソレは地面を抉り、周囲の空気を高熱へ変貌させる。
「……シン、俺はもう何も出来ない。 」
「な、何言ってんだよ!?ほら、立て! 」
腕を引っ張って立たそうとしても、彼は足に力が入らないようで立つことが出来なくなっていた。
それはアグニスに恐れをなしたからではなく、単純明快で悲しい理由。
「俺はもう限界だ、足が動かない。……だから、決めた。お前に魔法を譲渡する! 」
「ま、待てよ!それってさっき、言ってた……!!お前、消えるんだろ?! 」
「ぁぁ……」
もう意識が無いようだった。
ハルトはシンの顔に触れ、か細く自分にしか聞こえない声で囁き始める。
「…シン、生き……て、の、……こせ……、 」
ーー直後、暖かく心地の良い感触と、持っていたハルトの腕が摑み取れない光の粉となっている空気に消えていくのを目の当たりにする。
短い間だったが、信用も信頼もしていた。
「うぅ……クッソ、ハルト!!お前の力、絶対無駄にはしない! 」
瞳から溢れる涙を拭いて、笑みを浮かべるアグニスに視線を向けた。
「未完成品が消えたとなれば、残るは貴様一人か。貴様の全てを燃やし尽くしてくれる! 」
アグニスは腕を右から左へ流すように横へ振り翳し、炎の小さな球体を五つ生み出すと、掌を広げて放出させる。
「……な、なんだよこれ!? 」
シンには全てが見えるようになっていた。
捉えられないはずの魔法が止まって見える。
「……これなら!! 」
重心の軸を地面に根を張る植物が如く微量も動かさずに身体全体を遠心力の応用で加速させる。右手に持つ剣を球体の来る位置に完璧なタイミングで振り下ろした。
全部で五つ、其々の位置に素早く移動させる技は既に人間業ではない。
斬り捨てられた球体の火の粉が宙に舞い、激怒したシンの表情と重なる。
「……なっ、あの未完成品の力か!?小癪めっ!! 」
シンは深呼吸をして、瞳を閉じた。
今なら、さっきやろうとしたことが出来るかもしれない。いや、それ以上。
感じようと思ったら、感じられる全ての情報。それは五感から取ることができ、動き続けることで情報は嘘から真実に変わる。
全ての情報を収束して圧縮、データ化。
脳内にインプットしてインストール、相手の次の攻撃を読む為の力。未来視。
ーー異常はない。
次に来る攻撃は衝撃波と球体、そして本人が斬り込む。未来予測が頭の中をよぎった瞬間、衝撃波が飛び、その後ろからは球体が放たれた。痺れを切らしたアグニスが二本の剣を携え、空中で加速して来る。
ーー予測通り。
シンの心に「希望」が訪れた瞬間だった。
「……これなら戦える!! 」
そう確信すると、衝撃波と球体を一度に斬り伏せ、迫りくるアグニス本体を見据える。
ちょっとした奇襲だと思い、首を獲るのは確実だと心の中で確信を深めいていたアグニスは、彼が自分が来ることを分かっていたかのような態度に不信を覚えた。
「……死ね! 」
「そうはさせない!お前自身が終わりだ!アグニス! 」
空中で更に加速し、剣を交差させてシンの首を獲ることだけに集中する。
だが、シンには彼がどこを狙って来るかが鮮明に見えていた。
周りの空気が刺々しく、皮膚に間接的な痛みを与えるような辛辣な場面。
緊張の瞬間はすぐに訪れ、すぐに散る。
アグニスの刀剣は交差を開きながら、シンの首を裂こうと振りかざす。
シンは、未来予測で予知している攻撃なだけに、剣と剣の間を華麗に回避。
賺さず、カウンターでアグニスの右目へ剣を縦に一閃させた。怒りの感情が篭った一撃は、右目を抉り、鮮血を飛び散らせた。
剣を手から離して地面に四つん這いで右目を抑えるアグニス。あまりの痛みに戦闘状況などの大切な情報が頭から飛ぶ。
「……終わりだ、アグニス。 」
「くっ、ふふふ、はははははは!!! 」
首に剣を突き立てられて絶望的な状況にも関わらず、アグニスは声を上げて笑い出した。
「何がおかしい! 」
「私の伝達魔法であの城に居る魔術師全員でお前を殺せと命じてある。私に勝っても、お前はどっちみち、終わりなんだよ!はははははは!! 」
「何だよ、そんなことか。関係ねえな。なら、お前は死ねよ! 」
剣を引き、矛先をアグニスへ向ける。
このまま刺し殺せば、今、逃げたとしても魔術師を絶滅させる為の一歩になる。
コイツの首にはそれだけの価値があるのだ。
「はぁぁぁぁあ!! 」
だが、それは何者かによって遮られた。
アグニスは剣が届くか否かのタイミングで姿を消したのだ。
そして、彼の背後には数千を超える魔術師が笑みを浮かべながら立っていた。
「アグニス様を追い詰めるとはな。だが、人間、貴様は終わりだ! 」
前衛に立っている数百を超える魔術師達は、掌を自分の前に出して詠唱を始めた。
詠唱が重なり合い、完成した瞬間には、無数の魔法弾幕が形成され、シンへ迫る。
「殺し損ねたのは痛すぎる!だが……! 」
魔術師達の攻撃の回避は簡単に行える。
無数に迫る弾幕でさえも何処かで途切れているし、100%間がないわけではない。
果敢に地面を蹴って加速し、弾幕の間を縫うように地面を蹴って方向転換を繰り返し、魔術師の真横に現れると、彼らが気づかない間に瞬足で斬り捌いた。
「う、嘘だろ!?オイ!お前ら! 」
一瞬にして数百の前衛が斬り裁かれたのを確認した魔術師達は、驚きのあまり魔法を乱射し始める。空から、陸から。シンに当てることだけを考えて。
「……無闇に撃っていれば当たるとでも?お前らのような三下に負ける俺ではない! 」
ーーそれから数十分後。
シンの前に残るは、漆黒の剣を携える黒い鎧を身に纏う魔術師だけになった。
数千を超えていた魔術師を殺し尽くし、その返り血を浴び続けたシンの魔力は充実している。傷だらけで満身創痍の体も治癒された。
「……人間、貴様はッ……ナ、ナニ!? 」
拳を握りしめる動作をしただけで黒き鎧は粉砕し、剣も折れた。
戦う武器を無くした魔術師は、掌を向けて魔法を発動ーーだがしかし、反応しない。
「じゃあな……」
それだけ言って、シンは魔術師の首を斬り捨てた。噴き出す血液がシンを濡らし、魔力を増強させる。
キュレル城に住む魔術師数千をたった一人で駆逐した張本人は、自分の家に帰ることにした。
「……アイツのところに帰らねえとな。 」
結果、アグニスを倒すことは出来なかったが、残りの魔術師を駆逐することは出来た。
今は家に戻って次の城を目指す準備をしなければならない。
転移魔法。亜空間を移動し、シンは故郷である人類最後の砦へ瞬間移動した。
「……ココの人間を蘇らせることは出来ないのだろうか。いや、したところで……」
「……お帰りなさい。 」
門の前で待っていたのは、黒髪の少女。
シンとは同い年で、人類で協力して魔術師を倒そうと気を張っていた頃に愛していた女の子だった。
彼女とは肉体関係もあり、お腹に命を宿している。だから、人間を殺す時に逃走した彼女を追わなかった。
「何も聞かないのか? 」
「貴方がこれだけのことをするには理由があったんじゃないかなって……いつも、優しいのが取り柄だったじゃない。だから、私からは聞かないわ。貴方が話してくれるなら、全てを受け入れるけれどね。 」
シンの瞳から涙が溢れ落ちた。
キュレル城を落とす作戦で失いすぎた感情が一瞬にして戻った気がした。
「……ありがとう。 それで、お願いがあるんだけどいい? 」
「良いよ。 」
彼女は承諾し、シンのお願いを受け入れた。
そして、彼は懇願する。
「お腹の子をもう一人増やしたいんだ。 」
「えっ? 」
「俺の魔法で二人の命の成長を加速させる。そして、君には育てて欲しいんだ。人類の歴史を終わらせて欲しくない。俺は、次の城に直ぐに行かなければならない。魔術師を絶滅させる為に!! 」
彼女は理解が出来なかった。
それでも受け入れるしかないと踏み、深く頷いた。
「シン、貴方って本当に身勝手な人ね。でも、良いよ。この世界に生まれた私達が不運だったってこと。受け入れるわ、城から戻ってきたら話をかけてちょーだい! 」
「ああ……正直受け入れてくれるとは思わなかったけど、ありがとな。頼んだ! 」
初の人類「シン」の末裔、冴島家の祖先はシンが彼女に最初に孕ませた女の子。
現在の人類の祖先は、二番目に孕ませて生まれてきた男の子。
シンはそれからというもの、魔術師を絶滅させるべく、城へ赴き、戦いを加速させたのだった。
ーー話を聞いた夜十は、自分の掌を見つめた。自分と魔術師には古くから伝えられる因縁が存在しているとは思いもしない。
「私が死んだと分かれば、アグニスは貴様を殺しに来る。右眼の借りは返すとな。冴島夜十、お前は最初から呪われた運命に立たされている。そこに勝てるかどうかは貴様次第だが、私には貴様の勝算は見えない。 」
「そんなことは関係ない!俺は、シンさんと同じ気持ちだ。アビスを絶滅させる為には根源を叩かなきゃならない!魔術師を絶滅させる!! 」
刀道は意識が朦朧とし始めていた。
いや、既に命の限界を超えている。
血液もコンクリートを赤く染め上げ、大量に出しすぎた。
「……夜十君!? 」
屋上の入り口に視線を向けると、風見を含めた複数の増援が到着していた。
「風見先輩、もう終わりましたよ。柳瀬刀道と早乙女拓哉は俺が……」
「……っ!! 」
ーーすると、屋上の曇天の空がパキパキと割れて、中から黒髪に真紅の瞳を持つ男が現れた。
右目に深い縦傷が入ったその男は、血塗れの柳瀬刀道に視線を向けて、横に首を振った。
「……やれやれ。人間の長はこんなものか。 」
「アグニス!? 」
「余計な話も聞いたのだな。冴島夜十、残るはお前一人だ。本当なら此処で殺してやりたいのだが、私には私の事情があるのでね。 」
アグニスは右眼の傷を触れて、高らかに声を上げた。
「貴様ら人間の絶滅が決定した!一年後、貴様らと魔術師総勢で戦争を行う!お前達はそこで終わりだ、人間の歴史など根絶させてやる!絶対にだ!! 」
それだけ言って空に消えたアグニスに、周りは騒然とするしかなかった。
だが、夜十は心の中でニヤリと笑う。
これで、魔術師を絶滅させることが出来る!と。
斬り裂かれた曇天の空から、美しい太陽が合間見え、人類の権利を取り戻した夜十達に、まるで勝利を祝福しているかのようだった。
第百三話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
TwitterID↓
@sirokurosan2580
今回で第二章の本編が終了しました。
第三章に向けて、第二章の残り枠で日常編を行なっていきたいのでそれが終わり次第、第三章を書いていきたいと思っております!
次回、柳瀬刀道を倒した夜十は、ATSの拠点へ戻る。燈火とミクル、虹色を連れて。
待ち受けていたのはーー!?
次回もお楽しみに!
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




