第九十九話 修羅の道 ①
遅くなりましたー。
夜十は見事、刀道を打ち破ることに成功した。
だが、不穏な空気と曇天に染まる空は、どこまでも黒く、漆喰で吸い込まれそうだった。
「冴島家は、最後の人類「シン」の末裔だ。 」
「え?シンって……あのユリっていう姉が居る、シン? 」
刀道は驚愕の表情で瞳を開き、下を俯いて、勝手に頷きながら笑った。
「お前は、昔の話をどこまで知っている? 」
「確か、シンがシュタインとかいう魔術師に姉を奪われて、再会出来ず、数年が経って、シンの前に少年が現れたところまでだったかな。 」
「あぁ、その続きを知らないのだな?ならば、良い。見せてやる。《魔法喰狩》の異名を持つ、シンの生き様をな。 」
ーーシンが魔術師狩りを始め、十年の時が過ぎた頃だった。
《未完成》と名乗る少年が、彼の目の前に現れ、拠点西側の兵士達を壊滅させたのは。
援護に向かったシンは、少年に立ち向かったが、全く歯が立たず、地面に頬を擦り合わせ、頭を踏みつけられている。
命乞いもせず、この状況をひたすらに打破する方法だけを考える様は、少年にとって気に食わぬ状態。足に、より力がこもった。
「……お前の目的はなんなの?母さんを取り戻したいんだったら、それはもう無理だよ。 」
「……っ!どういうことだ? 」
少年は頭に乗せている足を退けて、悲しげに囁いた。
「……母さんは魔術師に殺されたから。父さんは、お前が殺したんだろ? 」
「……嘘だろ?! 」
シンは信じられなかった。
姉は何処かで生きている。そう信じて、魔術師の一団との戦争を生き抜いてきたのだ。
これから何を糧に生きていけば良いのか、頭の上をそんな疑問がよぎる。
「嘘じゃないよ。俺も一緒に殺される予定だったけど、母さんが逃がしてくれたんだ。それでーー」
「……ユリ姉さんが死んだ?待ってくれよ!だったら俺は何のために戦って……! 」
シンは絶望した。今まで行ってきた全ての意味を有限とする理由、「ユリ」の死亡確認。
ずっと何処かで生きていると思っていた。シュタインを殺して、姉を探す旅に出てーー。
絶望の中心に立つシンに、少年は悲しげに問う。
「何故、俺の父親を殺したりしたの?独りぼっちは寂しいんだよ? 」
シンは「シュタイン」を殺した。
十年前、屋敷で囚われていた姉を助ける為に出向き、撃沈させることに成功。
あの時、芽生えた力のお陰で魔術師を狩り続けることに成功しているわけだが。
「俺も独りぼっちは寂しいと思う。姉を、お前の父親に取られたんだからな。 」
「……それは、知ってる。魔術師達が口々に言い合ってた。父さんは母さんを騙して、俺を産んだって。 」
「嗚呼、だが、何はどうであれ、それについては謝罪するよ。生まれてきた子供に親の罪は関係無いよな……悪かった、殺したければ殺してくれ。俺を好きに裁けば良い。 」
姉が死んだ事実を知った今、シンは生きる糧を失ってしまっている。
こんな状況で生き残っても、いつもの力は引き出せないだろう。ならば、まだ未来のある少年の持つ仇を討たれて死ぬのは本望。
だがーー、
「……裁くか。じゃあ、一つだけ。俺と一緒に魔術師を絶滅させてほしい。父さんの仇は、母さんの仇を取った後に取らせてもらうよ。 」
シンは、少年が言っていることが阿呆らしく感じてしまい、思わず鼻で笑った。
「いつでも殺せるから捨て駒になれってか? 」
「自分の立場分かってるの? 」
「チッ……分かってるよ。悲しいが、俺は目指す目的を失っちまったみたいだ。この剣を、お前の復讐のために使わせてやる。役に立つかは分からないけどな。 」
少年は真剣な眼差しで深々と頷いた。
「名前、教えてなかったよね。俺は、ハルト。今日から俺の命令は絶対だから。分かった? 」
「……分かったよ。最初は何をすれば良い? 」
「うーん、じゃあ、まずは、シンの覚悟を知りたいから、残ってる人間、全員殺してよ。 」
思わず、身を乗り出して叫びたくなる程の戦慄が身体を駆け巡った。
それだけはマズイ、今まで生活を共にし、助け合って来た仲間を殺すのだけは……。
けれど、シンには残された道などなかった。
ここで、ハルトの命令に従えなければ、黙って頭が飛ぶだけ。
彼は心を鬼にした。そうだ、西側の兵士達を殺したヤツに忠誠を誓った時点で自分はどうかしてる。今更、全員殺すことなんて、なんの躊躇いもなく出来る程度のことだ。
必死に自己暗示をかける。
段々、自分が人で無くなっていくのが怖くなった。
「……っ、く……分かった。期限は? 」
「今日の早朝までに、一人残らず殺す。もし、加勢が必要なら手伝うよ。 」
「いや、良い。俺が全員を殺す。この世に生まれてしまったことを悲劇と思ってもらうしかないからな。 」
すると、ハルトはその場に腰を下ろし、「帰ってくるまで待つ」と言って、目を瞑った。
寝て待っている、だが、ハルトの意識は決して途絶えていなかった。
彼を守るかのように見えない警戒の壁が高く存在し、一歩でもテリトリーに踏み入れれば死を招かれそうだった。
やるしかない。シンの心は凍てつき始めた。
拠点としている野営のキャンプに足を踏み入れると、複数の兵士が反応して、シンに駆け寄った。ハルトに殺された兵器の家族達だ。
「まだ、主人が帰ってないのです。シン様、なにか知っておいででしょうか? 」
「ああ、彼なら、さっき出掛けましたよ。 」
「何処へですか? 」
ーー息を呑み、背中の剣に触れた。
彼らを殺さなければならない。柄を握る手に汗が垂れる。
「天国ですよ。 」
「ーーえ? 」
シンは素早く抜刀し、白刃を血に染める。
血飛沫が地面にベシャリと落ち、周囲が顔を引きつらせて悲鳴を上げた。
「いやぁぁぁぁぁあああ!! 」
シンは悲鳴を上げた女性へいち早く反応すると、死んだ魚のような虚の瞳のままに、そのまま数人を斬り伏せた。
騒ぎを聞きつけた兵士達が、自らの携える武器を抜き、シンを取り囲む。心成しか、彼らの額には焦りが見える。
人間を統率し、魔術師を絶滅させようと目標を立てて頑張ってきた隊長の突然の裏切り。
彼らは今、自分が悪い夢でも見てるのだろうと、必死に首を振っていた。
「シンさん!どうしたんですか!! 」
「魔術師に操られてるんじゃないか!? 」
「シンさん、しっかりしてください! 」
「……」
シンは、かつての仲間を何の躊躇もなく斬り捨てる。兵士達は、そんなシンの様子を見て、魔術師に立ち向かう為にシンが作った連携を駆使し、剣を振るう。
ーーだが、それは、空を切る。
彼らの連携など痛いほど見て来た。ダメな部分も、良い部分も全て知っている。
思い出に耽ろうとした瞬間、背後から複数の援軍の足音が聞こえ、先陣を切っている男が大剣を振り下ろしながら、シンへ叫ぶ。
「……オイ、テメェ……人間として自覚を失っちまったのかよ!シン! 」
「グルド……黙って殺されてくれないか。お前と戦いたくない。 」
振り下ろされた大剣を回避し、素早く後ろへ回り込むと、シンは目の前の男の名前を呼んで首筋に剣先を突きつける。
シンが少しでも動けば、男は首から血を流して絶命する。
「クソ……だがな、お前は一生後悔する。こんなことをして、意味があるのかよ!なぁ、シン! 」
「……死ね。 」
首に突き刺した剣を、貫通させるに至るまで力を込める。
シンにとってグルドは絶対的、信頼関係を持つ数少ない友人だった。
兵士達は基本的に彼に忠誠の域はあるが、友人関係とそういった関係とでは大きく何かが違った。
「……グルドさんまでやりやがった!もう、シンさんは居ないんだ。お前ら、あの化け物を今すぐ殺せ! 」
「……」
群がる兵士達の隙間に、見覚えのある女性の背中が遠くなっていくのが見えた。
だが、彼は見て見ぬ振りをして、兵士に剣を振るう。
「……お前だけでも」
ーー何分経っただろうか。
途轍もなく、時間が過ぎるのが早かった気がする。最初の兵士を殺したのが、恐らく、夕方頃。今は、少しだけ顔を出していた太陽も沈み、月が闇を照らしていた。
仲の良かった友人、慕ってくれていた兵士達を全員殺め、その場に腰を下ろす。
自分がどれだけのことをしたのか、胸に伝わる痛みがジンジンと響く度に痛感した。
「……終わったんだね。シン、俺は君の覚悟を見せてもらったよ。これからは二人で魔術師を絶滅させる為に頑張ろう。 」
月夜に照らされて、地面を鳴らしながら歩み寄って来たハルトは、そう呟いた。
ハルトの言葉に、首を縦に振る。気持ちを切り替えるのは、当分時間がかかりそうだ。
シンは、此方を見つめるハルトを無視して仰向けに倒れ、目を瞑ったのだった。
もう面白いことは、これから先無い。
あるのは、修羅への道。
苦しく、辛いことが無数に迫ってくる。
けれど、まだ立ち止まることは出来ない。
忠誠を誓った男が満足をするまで、俺はまだ死ねない。
第九十九話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
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@sirokurosan2580
今回から過去編スタートです!
「冴島家」と「シン」の繋がりについて、次回から遂に明かされていくーー!?
次回もお楽しみに^^
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




