乙女ゲームもどきの終わり。
間違いを訂正しました。ご指摘ありがとうございます。
「ねえ、人間って醜い生き物よね。…いえ、違うわ。私の回りが特別酷いのかもしれない」
とある校舎の屋上。夕陽が差して紅に染まる空には細く横に長い雲が流れている。
少女の憂いを帯びた琥珀の瞳に映るのは、空虚な現実。そこに理想や夢や希望はない。
「私が何をしたかしら。……慣れない生徒会の仕事をほぼ全て片付けて、学園内で起きたいざこざを収拾するために駆け回って。婚約者を蔑ろにする役員に注意したこともあったわね。でもそれって、国外追放になるようなこと?」
「……」
「……いつもは余計な口を叩くクセに、こんなときだけ何も言わないのね。立場上言えない、の方が正しいのでしょうけど」
少女──オーロラは皮肉げに口を歪める。彼女はこの国の王家の側室の子。
王妃様と国王の間に娘ができてから王位継承権は第二位になり、彼女とは真逆の柔らかな印象をした妹に全ての愛を奪われた悲劇の姫君。
「本当に酷い人たち。…一人の女子生徒に惚れ込んで仕事を疎かにして。それを私に押し付けた挙げ句の果てに、私が妹に嫌がらせをしただの傷つけただのとのたまう。…妹の証言しか聞いてない上に、私がしたと言い切れる、明確な証拠なんてないのに」
「……」
「こんなことなら国家の予算を使い果たしてやればよかったわ。そうなれば打ち首になるかもしれないけど心は晴れたはずだもの。……いっそのこと、証言通りに虐めてやればよかったかしら?」
「……」
「……貴方って退屈ね。最期なのだし少しくらい感想でも聞かせたらどうなの?」
彼女はひとつに結んでいた髪をほどく。金と銀が混ざった不可思議な色合いの、それでも美しい腰まである長い髪。瞳の蒼とお似合いの素晴らしい髪。
「貴女はここで…」
「死ぬつもりよ。どうせ国外に出ても行く宛てなどないのだから。苦しんで死ぬより一瞬で死ぬ、その方が楽だって知ってるでしょ?
それに国内で死んだと伝えられれば、このあと学園が荒れて今度こそ収拾が着かなくなって困ったときに『あぁ、理由もないのになんで責めてしまったのだろう、死なせてしまったのだろう』と後悔する人が現れるに違いないわ。国も学園も傾いて、漸く私のありがたさが分かられるのよ…とても愉快なことでなくて? 気がついたときにはもう後の祭り、右往左往しながら滅びていくの」
「……恐ろしい方だ」
「恐ろしい女を貶めた自分達を恥じて、悔やんで、嘆いて、最大級の絶望を味わえばいい。うわべだけの女に騙されて躍らされていたことを、ーー偽りの慈善活動を、嘘の宣言を、笑顔の裏に隠れた醜い性格を知って泣きわめけばいい。生徒全員、国民全員、平民貴族王族奴隷関係なく全員が、絶望の色を顔に宿して死んでいく…はぁ、楽しみだわ」
オーロラはしゃがみこんで魔法陣を描く。
人ひとりが立てるギリギリの大きさで、古代文字を使って呪文を、呪いの言葉を書き入れる。物騒な単語を丁寧に等しく書き入れて、彼女の頬は赤みを帯びてくる。
「彼らはまだかしら。そろそろ出ていけと突入してくる頃だと思うのだけど。それとも親愛なる第一王女様を口説くのに忙しいのかしらね。あんな男たちが将来の国王で、宰相で、騎士団長で、魔術団長で、大商人で、暗殺者で、ギルド経営者で…この王国は駄目ね、終わってる。まあ結局自滅するだろうからどのみち未来はないわ」
「…彼らは階段を登ってきてる。第二王女も一緒だ」
「それは好都合じゃない。悪夢で出てきそうな、吐き気をもよおすグロくてショッキングな死に様を見てくれる観客が増えたということでしょう? それもあの糞ビッチ姫だなんて運命ね、とってもトラウマになる死にかたをしてやるわ」
ウフフと薄笑いを浮かべる。上機嫌に作業する傍ら、オーロラは首に掛けていたネックレスを放った。どこか古めかしいソレをキャッチした男を見て、彼女は最期の命令を下す。
「貴方はソレを隣国の王子に届けなさい。もともと密告者だし、国に帰って報告ついでに渡せばいいの。中には私が被害妄想された内容と事実無根だと分かる証拠、今までの境遇と現在の国庫状況が入ってる。不利益な情報ではないし安心してほしいわ。かなり希少な記憶用魔法具だから大切に扱って頂戴。使い方はむこうも理解してるし大丈夫でしょう。……ああ、王子とは昔からの知り合いなのよ。たまに狩りに誘われる程度にね」
「……了解」
「渋々感が凄いけれど頼んだわ。早く行きなさい、やつらが近づいて来ているみたいよ。話し声が聞こえるもの。相変わらずハーレム形成してるようね。彼らも取り巻き化しているのに情けなくないのかしら。気持ち悪い集団だこと」
トントンと足音も聞こえる。オーロラはこのあと起こる悲劇に悪どい笑みを隠しきれない。
あいつらはきっとあまりの自殺に恐怖し、我を忘れて逃げ出して震えるのだ。罪悪感で溢れて正気を保てなくなるのだ。なんと滑稽なことなのだろう。
自分のせいで追放されたたかだか一人の女子生徒…いや、元第一王女の自殺で全てを狂わされるのだ。幸せな日常だか学園生活だかを想像している愚かな彼ら。その夢を破壊するオーロラ。なんて素敵な光景。
男はそんなオーロラに畏怖の念を懐く。ネックレスを素早くしまい一礼するとヒラリと屋上から校舎の柱に飛びうつって去っていく。その数秒後に扉が開かれる。
「元第二王女、貴様に居場所はない。とっととここから出て行け」
「彼女に対する非礼を詫びなさい」
「出ていけ、悪女め」
「魔法で消し去ってやろうか?」
「失せろ」
「もう顔も見たくないね」
第一王子、未来の宰相、騎士団長の息子、天才魔術師、元暗殺者、大商人の跡継ぎ。そして────
「お姉様……」
憎い、第二王女。
「お姉様にされたことはとても悲しいし…怖かったし、でもお姉様には生きていて欲しいから…この国から出ていって」
悲痛な顔で、それでも優越感を纏わせて第二王女は呼び掛ける。か細く紡がれる言葉がニセモノだと気づく人はいないのだろう。だからオーロラは笑うのだ。狂ったようでいて悲しみを湛えたその目で、元仲間を見て笑うのだ。
「遅かったのね。では───最期の抗いでも始めましょうか」
「という、結末にございます」
「そうか…オーロラ姫は亡くなられたのだな……」
隣国の王子は重い溜め息をついた。彼は彼女が好きだった。キツイ顔立ちとは反対の優しい彼女とはいずれ結婚したいと考えていたのに。
「それからこれを……」
男は彼女から預かったソレを差し出した。古びたネックレス。王子は慎重に弄って、中から記録魔石を取り出した。ところが何かが引っ掛かり、おや?と思う。
「手紙か……」
小さなメモ程度の紙に一言、
『──復讐は何も生み出さないわ。けれど私は復讐するのよ。』
「…フフッ」
隣国の王子は笑う。面白い女だ、と笑う。なんとも、最後の最後まで楽しませてくれる。妃に迎え入れられず残念だ。
「復讐は何も生み出さないそうだぞ。しかし私も──彼女の代わりに彼らに報復しよう」
オーロラが浮かべた底冷えする笑顔と同じものを顔に貼り付けて、王子は自ら指揮をとる。愛する彼女を奪った愚か者どもに、彼女と同じ死にかたをさせてやるのだと息巻いて。
一ヶ月後、学園は焼け野はらになった。その崩れ落ちた校舎の中で、まるで一人の誰かを守ろうとしたように円状に死体が見つかったという……。
彼らが発狂したのかを知る者はもう居ない。