第7話 ディーハの企み
ある時、祐介は通貨について疑問を持った。
5500万ディルトとは一体どの程度の価値があるのだろうか?
ディーハに聞いてみることにした。
相変わらずギルド会館の広間で酒を飲んでいるディーハに向かって
「なあ、聞きたいことが有るんだけどさ、この世界の通貨ってペナト、ラフル、ディルトって有るよな?」
祐介がそう訊くとディーハに
「なんだ?円に換算するといくらか知りたいのか?」
と問い返された。
「そうなんだけどな、俺って5500万ディルト以上預けてあるって知ってるよな?本で。
それがどれだけの価値になるのかって事を知りたいと思ってな。」
祐介はまだ宿屋以外で純粋に元の世界と照らし合わせられる支払いをしていなかった。
食事はロンディアスのギルド会館が主で、外で食べると大体1~2ラフル程度だ。
おそらく1ラフルが1000円程度だと考えていたが、そうなると5兆5千億円持っていることになる。
常識的に考えて、個人の資産としては多すぎる。
ディーハは
「良い宿屋が大体2ラフルだろ?飯もそこそこのもので50ペナト。2ディルトもあれば豪勢に暮らせる。
1ラフルが5千円程度だと思うぜ?ここ5年色々買ってきたけどな、そんくらいだ。
流石に装備はピンキリでどう考えればいいか悩んだがな」
それを聞いて祐介は考え直した。
「はぁ?それって俺は25兆円以上持ってるってことじゃないか?とんでもない金額だぞ?」
しかしその言葉にディーハが返したのは
「それが世界最強の魔法騎士って意味じゃねーか、クルツ・レイムってのはそういう奴なんだよ」
簡単な言葉だった。
「お前が食いに行ってる飯屋あるだろ?あそこは庶民じゃ入れねー値段だって知らなかったか?
あの分厚いステーキに、俺は元の世界じゃ食ったこと無いけどフレンチか?豪華だろ?」
ディーハは瓶を祐介の前にドンと置いて
「この酒は1本1ディルト。最高級のメルク酒だ、フランスの最高のワインみたいなもんだろ?
ただ、俺は高校生だったんで酒の値段はわからねーけどよ」
そう言われれば、ディーハの酒はプレイシルからの飛空船で同じ店の者が持ってくる。
ギルドのメンバーがディーハに誘われても断って別の酒を飲んでいる場面を何度か見ていた。
「そうか、しかしゴードの店で剣が300ディルト、甲冑と楯が300ディルトだったぞ?
これって合計で3億円になるのか?」
祐介が訊くとディーハは
「装備は分かんねーんだよ、特に魔剣やらレアアイテムを使った防具は強化や特殊な魔法石の嵌め込みにとんでもなく手間と危険が有るらしいからな。下手な鍛冶師は3回の強化で剣をぶっ壊すらしいぜ?」
そう言って自分の剣を見せた。
「これもゴードの魔剣だけど15回の強化と魔法石が10個だ。200ディルトだったな。主に使ってるのがこれだけどよ、勝負の時はもっと強化したバトルアックスを使う」
そして
「俺の預金は850万ディルトだ、使い道が無くなると貯まる一方で俺は酒に使ってる」
ディーハは酒を飲みながらそう言った後続けて
「あとな、ギルドに10万ディルト入れといたぜ?あんだけの部屋を用意してもらってコックや召使い付きってんだから仕方ないよな?レイム、お前がロンディアスから動かないのは筋書きだし、俺もそろそろ腰を落ち着けることにすることにした。」
そう言った。
出来たばかりのギルドに10万ディルト、これは本来2次職や3次職の集まる巨大なギルドの資産に匹敵する額だと理解できた。
祐介やディーハは世界最強であり、余りある資産を持っている。
しかしこれは結果であって目的ではない、今後必要となる資金でもあり”アルテマのコイン”を見つけるための大切な資産である。
これでロンディアスは30万ディルト、円換算で1500億円もの資金を持つ屈指のギルドとなった。
そうこうしている間にベータが帰ってきた。
「おう!ベータ!」
ディーハが呼ぶと疲れたようにベータが隣の机に弓を置き、二人の座る円卓に座って愚痴りだした。
「今日のパーティは最悪だよ、パラディンはヘイトを煽らないし騎士は二人もいるのに後衛任せでさ、もうあのパーティーには入らない」
ベータは相当怒っているようだった。
「矢の無駄遣いだよほんと。魔法の矢がどれだけ高価か知らないしさ、バカばっかりだよ」
その言葉にディーハが反応し
「アーチャーとガンナーは貧乏職だからな、矢なら適当に俺が作らせてきてるぜ?」
そう言って自分の後ろを指差した。
そこには3000本程度の矢が置かれていた。
「え?」とベータが見に行き
「これ、ほとんど魔法石の矢ばかりだけど?かなり高かったんじゃ?あとボトムレススクイヴァ?いくら掛かった?出すから言いなよ」
と驚いたようにベータがディーハに言った。
「いらねーよ、貧乏スナイパーから金は取らねぇ。俺の酒のほうが高ぇしな」とディーハは笑いながら
「俺とレイムの後衛は任せたぜ?ホックランドの氷結のダンジョンに人探しに行くんだ」
その言葉で祐介はわかったが、アークビショップのカイル・ナム・トランスを仲間に入れる時期だった。
「氷結のダンジョンか、行ったこと無いな。寒いところは苦手でね」
「けど正直助かるよ、ここんとこ赤字ばっかりでさ、稼ぎに行ってるのに」
ベータがそう言うとディーハが
「今後はレイムに出してもらえばいいぜ?こいつ貯め込んでやがるからな、弓も装備もこいつに頼めばいいんだよ、ベータは最後の戦いまでの重要な仲間だからな」そう言って祐介に話を振った。
「あぁ、俺の資産は何故かかなりあるからなんでも言ってくれていいよ」
祐介はそう答えた。
二人の言葉を聞き、ベータは
「最後の戦い?」と首を傾げたが、ディーハは
「アルテマのコインだよ、レイムの目的はそれだからな、俺もそうだけどよ」
酔った勢いで言ってしまったが、ベータは
「あの伝説の?」と絶句してしまった。
本当のことだが、祐介はまだ早いと考えて
「そうだな、最後の目的ってことだけどね」と話をはぐらかした。
祐介はジャックに相談し”氷結のダンジョン”に入ることの出来るメンバーを見繕わせた。
当然カラムは入っているが、3次職でも油断の出来ない厳しいダンジョンだ。
騎士のジャックとアサシンのレッドは前衛として必要だが、後衛と後衛を護る中衛が必要である。
結局召喚士のファム、魔導士のシン、ソーサラーからマジックマスターになったティータ、
それにアポストルのジョーイを後衛として それを護るベータ、ガンナーのラティム、
モンクからチャンプになったグリーゼ、剣士から騎士になったドロス、
新規で入ったアローマスターのジークとチャンプのビズ。合計15名で遠征することとなった。
15名のパーティーは組めないので祐介、ディーハ、ベータを中心とする3パーティーを集めたグライツを結成することにした。
グライツとは各パーティー12名を1単位とする最大144名の大部隊だが、各パーティーのリーダーが連携して強大な敵と戦う特殊な戦闘体制である。
その上にはボーグと言う数千人規模まで可能な部隊編成があるが、そんな大規模戦闘は聞いたことはない。
上級ダンジョンを大規模なギルドが攻略する時でもフルグライツ144名になることはまずないだろう。
今回の遠征に際して十分な準備を整えることにした。
ギルドに有る30万ディルトという巨大な資金を使ってメンバーの装備を店売り装備からアポロスやゴードなどの強力な装備に変更させる事を考えた。
これだけで戦力は倍以上に跳ね上がる。
氷結のダンジョンに出てくる一般のモンスターには時々他のダンジョンのボスクラスも混じっている。
そしてそこの主はホワイトドラゴン、かなりの強敵だ。
しかし、物語ではそんなに苦労せずに倒せていたので祐介は心配しては居なかった。
しかもディーハが先回りしてギルドメンバーの装備をすでに発注していた。
プレイシルのアポロス、ディンガード、トロイデン、パック、サリトン。
サンディアのゴード、リュケル、デッシュ、ショウナー。
ウェンタリアのバーグ、グロスロイ、クワンチ、デルスコ。
ホックランドのマリーン、ボーダ、イムカ。
イースタルードのゴラム、トライド、ヘスカー、ブライトン。
各都市の名だたる鍛冶師であるマイスターや裁縫師のクレアティロ、革職人のレーサーにギルドメンバーの装備を発注していた。
祐介はディーハが冒険もせず酒ばかり飲んでいる姿しか見ていなかったが、着々と準備をしていたようだ。
「そろそろ届いてると思うんだけどよぉ」
ディーハが立ち上がって武器屋に歩いていった。
帰ってきたかと思うと、弓が4張に爪が4組み、剣が7振り、杖が5本、銃が3丁、それに各人に合わせた装備を一式ずつ。もちろん矢も魔法弾も大量に運ばせてきた。
「ジャックを呼んでくれ」と言ってそれらを見せるとジャックは絶句してしまった。
「ディーハさん、これいくらかかったんですか?」ジャックが手にしたのはゴードの剣だった。
しかしディーハは
「知らねぇ、適当に作ってもらったから覚えてねぇな」と言ってまた酒を飲み始めた。
ジャックは遠征組のギルドメンバーを集め、装備を確認させていった。
「大体レベルに合った装備にしてるはずだけどよ、まだ届いてない品物も有るんでまぁ適当に見繕ってくれ」
ディーハは恐らくクルツ・レイム、つまり祐介に出会った日から準備していたんだろう。
「あ、ベータの弓はまだ届いてねーんだ、かなりの強化材料とレアアイテムや魔法石をぶっ込んだゴードの弓だからな。あのオヤジは仕事はできるが完璧主義でよ、ちとまっててくれ」
祐介はディーハに
「飲んだくれてたんじゃなかったんだな?これを待ってただけか」
と、改めてディーハが居ることを天佑だと思った。
ディーハは
「いや、酒を飲んでてぇから早めに動いてただけだぜ?」と言って笑っただけだった。
「1次職の連中は特に危ねぇからよ、防御重視で作らせたがどうだ?」
広間に集まるギルドメンバーに尋ねたが、各々が装備を確認していた。
「これで氷結のダンジョンに行けるだろ?世話になってるし俺からのプレゼントだ、遠慮せずに使ってくれ」
そう言って立ち上がり、厨房からメルク酒を持ってきた。
ジャックが礼を言おうとしたが
「礼はいらねぇよ、十分に働いてくれりゃそれでいい」と言ってまた酒を飲み始めた。