第4話 プレイシルのダンジョン
イースタルードから中央都市のプレイシルまでは徒歩で1ヶ月以上掛かるが、プレイシルに登録している者と一緒ならば一瞬で飛べる。
祐介はイースタルードの総ギルド会館のクエストカウンターでクエストを発注した。
「プレイシルまで送ってくれる方、5ディルト」簡単で高価なクエストだったのですぐに見つかった。
「プレイシルまでで5ディルトも良いんですか?」
剣士らしい若者から声を掛けられた。
「そうだな、飛空艇なら安いが3日も乗っていたくないんで、頼めるかな?ポータルで各都市を回っても良いんだけどね」
しかし、祐介はどの都市のポータルがどこにつながっているのかをまだ把握していなかった。
クルム・レイツとしては知ってて当たり前のことを知らないとはいえない。
「あとはポータルを扱えるソーサラーだけど総ギルド専属のソーサラーに頼もう」
総ギルド会館からは毎日飛空船や飛空艇が航路を飛んでいるが、急いでいる時には役に立たない。
ポータルを扱えるソーサラーは各都市の総ギルド会館に専属で数人居るので一人2ラフルで送ってもらえる。
これは固定ポータルのように決まっておらず、どの都市にでも登録者と共になら送ってもらえるサービスだ。
「じゃ、この魔法石と5ディルトね。」と若い剣士に渡し、プレイシルに飛んだ。
中央都市プレイシルに到着し、次はウェンタリアまでのクエストも発注した。
ただし、2日後の出発とした。
街を回って色々と覚えておくためだ。
祐介は街をぶらぶら歩きながら商店や人々を見て回ったが、やはり巨大な都市だ。
総ギルド会館もイースタルードやサンディアよりかなり大きい上に街を歩く冒険者も数倍は居る。
一般的な装備の冒険者が多いが、特注の装備の冒険者も居る。
流石に普通の甲冑なら”漆黒の騎士”クルム・レイツといえども目立たないようだ。
「パーティー要員の募集がやたら多いな、しかも内容を見る限り高レベルなパーティーが少なくない」
もし冒険に来ていたのなら入りたかったが、今回の目的とは違う。
街の一部を一通り見るだけで半日かかった。
「確かアポロスの鍛冶工場と武器屋がこの街にあったはずなんだけど」
と探していると、街のあちこちに案内所が有ることに気がついた。
ゴードに装備を頼んであるので行く必要は無いのだが、恐らく顔見知りだろうと言うことで向かった。
アポロスの鍛冶店に行くとすぐに
「おぉ、レイムさんいらっしゃいませ」と言われた。
「久しぶり、かな?」祐介は恐る恐る訊いてみたが
「半年ぶりですね、最強の魔法騎士さんにしてはいつも腰が低いですなぁ」
おそらくアポロスと思われる人物に言われた。
「アポロスさんお薦めの装備とかありますか?」
目の前の人物が誰なのか確かめるために言っただけだが
「あーと、じゃあ奥まで入りますか?直接見てもらったほうがわかりやすいんで」
そして
「おーい、誰か店番連れてこい、レイムさんに装備を見てもらう」と店の奥に向かって言った。
すると
「はい、親方、すぐ行きます!」と若い者が出てきた。
見たところ30代の後半で思っていたより若かったが、目の前の人物はアポロスで間違いないだろう。
「ここんとこレイムさんのような3次職以外にも魔剣を欲しがる奴が来ますがね、俺に言わせりゃあ剣や鎧が強いのと自分が強いのとを勘違いしているやつが多いですな。レイムさんみたいにソロでダンジョンに行くのでも無いのに」
ゴードみたいに偏屈じゃなく、よく喋るんだな、と祐介は考えていたが
「今ある物はこんなところですね」と剣が数十本並んだ場所に連れてこられた。
「魔法石スロットは埋めてませんしほとんど強化もしてないですが」と言われたが、気になる短剣があった。
祐介はそれを手に取り
「これは?」と尋ねた。
「それは店に素材を売りに来たやつから買い取ったシルバードラゴンの角から作りました。
強化回数は10回でほぼ限界まで強化しています」
アポロスは短剣を取って祐介に手渡した。
「シルバードラゴンですか、かなり強い冒険者ですね」
祐介がそう言うとアポロスは
「はははは、レイムさんなら簡単に倒せるでしょう?シルバードラゴン程度とか言ってましたよね?」
と言って笑われた。
祐介は自分の強さを試してみたくなったが、まずは世界を知らなければならない。
本で得た知識はあまりにも少なすぎる。
「そうですね、でもこの短剣はデザインが良いですね」
そう言ってはぐらかすと
「レイムさんなら70ディルトで良いですが?スキルも良いものが付けられましたし」
アポロスが答えた。
「スキルが付加できたんですか」
祐介が試しに訊いてみた。
「持って見てもらえばわかるでしょうけど、20%ヒールです。かなり上物ですよ」
アポロスにそう言われて持ってみると武器ステータスが空間に浮かんだ。
まるでグラスモニターのようだ。
「あぁ、ヒールとあとはこのブーメラン?」
祐介は聞いたこともないスキルを見て尋ねた。
するとアポロスは
「それです、私も初めて見たんですが、投げると戻ってくるようです。かなりレアなスキルですよ」
アポロスが知らないなら自分も知らなくても問題はない。
「ほう、面白いですね、70ディルトですか、今は50ディルトの証券なら有るんですが」
祐介が言うと
「では魔法石のスロットに神聖魔法+10%の石を5つ入れましょうか?それで30%ヒールになりますし」
アポロスは金庫から魔法石を出してきてテーブルに並べた。
「えーと・・・これとこれと・・・5つ。それで150ディルトでどうでしょう?」
祐介は魔法石の価値をまだ知らなかったが相場を知るには良い機会なので訊いてみることにした。
「その魔法石5つと工賃で80ディルトですか?」
するとアポロスがうなりながら
「実際赤字ギリギリの値段になりますけど、レイムさんならそれでよいですよ
それに、このまま70ディルトで売ろうとしても買える奴もそうそう居ませんし、
短剣なんでシーフかアサシン位にしか需要はないですからね」
そう言われたので、その魔法石がかなり高価なものなのだとわかった。
「じゃあこれで」と祐介が50ディルトの証券を3枚差し出した。
アポロスはそれを受取り「じゃあ、しばらく待ってて下さい、すぐに石を入れますので」
と作業に取り掛かった。
祐介は工房の隅のテーブルで出されたコーヒーのような飲み物を飲んで待つことにした。
1時間もかからずにアポロスは戻ってきて
「いやぁ、慣れていても石入れは神経を使います。出来ました」
そう言って短剣を差し出した。そして
「頼まれてた甲冑に合わせた楯も出来上がってるんでそれも持ってきますね」
ガシャガシャと音を立てながら楯を取り出して持ってきた。
「預かってたシールドドラゴンの甲羅から削り出した楯です。苦労しましたが」
差し出された楯には今持っている黒い楯と同じ浮き彫りがされていた。
「手間取らせました、ありがとうございます」
祐介は短剣と楯を持って工房を出た。
「正体を知られたくない理由が有るな?小説には書かれてなかった場面だけど」
独り言を言いながらアイテム倉庫へ行き、黒い楯を預けた。
「防御力は上がるし軽いな、これで完全に漆黒の騎士じゃなくなったわけか」
祐介は宿屋を探して1泊分支払っておいた。
その後街をブラブラと歩き回ってその日は宿屋で眠った。
その日もやはり元の世界で起きたが、ディーハから聞いた猶予期間半年に合わせて動くことにした。
まずは家を引き払って実家に戻る。
荷物は最小限しか無いので引っ越しはそんなにかからないだろう。
しばらくは会社にも行かなければならないが、この世界に帰れなくなるなるのであれば退職する必要がある。
そして長期の海外旅行。これは見聞を深めるのと外国語習得と言っておけば良いだろう。
ある日突然自分はこの世界から居なくなる、その準備はしておかなければならない。
2年半働いて貯めた貯金も500万円程はある。
使っていなかっただけだが、海外に行くために貯めていたことにしよう。
タイムスケジュールを作成して備えることにした。
まず手始めにその日のうちに実家に連絡を取り、帰る事にした。
”何事か?”と言われたが、全て決めてある通りに説明すると納得された。
友人達にも連絡し、必要な物があればなんでも持って帰るようにと言って荷物を極力少なくした。
仕事は2ヶ月の余裕を持って辞めることにした。
海外に友人が居ることにして、いつ来るかわからないその日に荷物を残すのはおかしいので、これも3ヶ月前に送ったことにする。
その他全ての計画をその日のうちにやってしまい、亮太のブログを読み返した。
異変が始まったのが10月22日だった。恐らく10巻目を読み終わり一度向こうの世界に行った日だろう。
そして最後が5月5日となっていた。6ヶ月と14日。半月か1ヶ月程度の誤差が有るのかもしれない。
「やっぱり1ヶ月前には姿を消したほうが良いな、その間どうするか・・・」
祐介は向こうの世界に行くことになってしまうことについては諦めていた。
ただ、突然やって来るであろうその日に自然に居なくなるようにしなければならない。
まだ時間が有るので、それを考えることにした。
もしかすると向こうの世界でまた誰かと会い、データが取れるかもしれない。
祐介は一度眠ることにした。
目覚めるとやはりプレイシルの宿屋だった。
「もしかしてとは思ったけど、これだけ続くともう無理だな、諦めよう」
プレイシルでは確かどこかのダンジョンに行ってクリアするはずだ。
腕試しと新しい楯を試すために周辺でも強力なダンジョンへと向かった
ダンジョンの前には数組のパーティーが集まっていたが、祐介は一人で乗り込んでいった。
内部はイースタルードのダンジョンよりかなり明るく、光は要らなかった。
祐介は自分が強いのかまだわからなかったが殆どのモンスターは一撃で倒せた。
どんどんとダンジョンを降りていった最後の部屋、恐らくダンジョンボスの部屋だろう、誰かがドラゴンと戦っていた。
漆黒の甲冑にドラゴンと一人で戦える強さ、それは”漆黒の騎士”と呼ばれるクルツ・レイムに酷似していた。
魔法も使っているのでおそらくクラスは魔法騎士だろう。
祐介はその騎士を部屋の隅から見ていることにした。