第10話 クインティス・ミラー
徐々に祐介の時間は無くなっていく。元の世界での用意はほぼ整えていたが調べることは山ほどある。
ナインは本名を尋ねても絶対に言わないため、事情があるのだろうと訊かないようにしていた。
祐介はキーワードに「アルテマのコイン」「異世界」「魔法」等色々と試して検索をしてみると、それらしき人物を数人見つけることが出来た。
皆がブログや日記を書いているのではないため、これでも十分な数である。
中でもクインティス・ミラーを見つけた。剣士の3次職であるサムライだ。
魔法騎士と同等かそれ以上の強さを持つ、確かプレイシルの大規模なギルドマスターのはずだ。
他の数名は向こうでの名前は書かれていない。
祐介は引き続き探すことにした。
会社での時間を分析に充てるため、祐介は既に辞表を提出していた。
あと1週間出勤すれば残りは有給休暇で消化される。
できるだけ手をつくして探すことにしたが、手がかりはほとんど見つけられない。
祐介は向こうの世界でミラーに会うことにした。
同じプレイシルのギルドのマスターであるトランスに頼み一緒にミラーのギルド会館へ。
「ミラーさんのギルドは戦闘系の育成に力を入れているギルドでプレイシルでも屈指の規模ですよ」
トランスにそう言われ、祐介は期待してギルド会館へ向かった。
しかし、案の定戦闘系ギルドにありがちな遠征へ出かけているらしい。
帰ってくるのは2~3日後だという。
ただ、ミラーは居なかったが、大きな収穫があった。
クルツ・レイムとカイル・ナム・トランスという名前に誘われて数人が慌てて集まってきた。
数百人もの規模のギルドだったのが幸いしたのだろう、自分たちを知る者が多く居た。
その中に転移者が含まれていた。
サムライのクインティス・ミラーは”アルテマのコイン”にちょくちょくと出てくる。
最強のサムライとなっているが、重要な場面には大体ミラーが居る。
「クルツ・レイムさんが来ればマスターに会わせるよう言い使っています、客間にどうぞ」
そう言われて祐介とトランスは別棟の客間に通された。
流石に大規模なギルドだけあり、街の一角の建物を全て持っているようだ。
暫くの間祐介はプレイシルで過ごすことにした。
トランスは自分のギルドに戻ることにするということで、祐介が1人で待っていた。
時間が有るのでプレイシルの総ギルド会館に行くと、ギルドの情報が張り出されていた。
そこにはロンディアスが資産ランクで8位、総合ランクで98位だった。
100位までしか書かれていない。ギルドマスターの名前とギルドメンバー数も書かれている。
祐介はギルドマスターの名前を見ていき、頭の中の物語と照らし合わせた。
しかし、クインティス・ミラー以外には知った名前はなかった。
これを見ると、これからやっていこうという1次職や2次職はロンディアスに集まるだろう。
3次職も集まるかもしれない。
祐介はホックランド経由でサンディアに飛んだ。
ゴードに依頼している装備を確認するためだ。
3ヶ月と言われていたのでどのくらい出来ているのかを確かめたかった。
「ゴードさん、レイムですが」と店に入り声をかけると
「なんじゃ?剣はまだ出来てないぞ、甲冑と楯は出来とる、持って帰るか?」
ゴードにそう言われ
「出来てるんですか?持って帰ります。ちょっと今の装備を預けてきますので」
と言って総ギルド会館で甲冑と楯を預けてから店に戻ってきた。
「なんじゃ?装備していくのか」と言われたので頷くと、店の奥に通された。
「これだがな、ブレスや魔法耐性を付加しておる。本体はほとんどレアアイテムで作って魔法石もかなり使った、まぁお前さんの持ってきた石だがの。強度はドラゴンの攻撃でも跳ね返すじゃろう、普通の剣ではかすり傷も付けられんわ。楯もそうじゃな、通常は行わん強化を5回やった、まずは着てみろ」
ゴードにそう言われ鎧を持ち上げるとかなり軽い。
「軽いですね、これで強度も高いんですか?」
祐介はプラスチックで作ったかのような軽さに驚いた。
「お前の持ってきたウィンドドラゴンのウロコを挟み込んで重量を下げた、その上で浮遊系の魔法石を使って全体の重量を更に軽くした。各関節部分はドラゴンの牙も通さんジャーラの革で覆ってある。この鎧は世界最高のものじゃと言い切れるぞ。ほら、兜も軽いじゃろ」
ゴードが片手で軽く放り投げてきた。たしかに軽い。
心配なら試してやる、とゴードはハンマーと剣を持ってきて、兜や鎧、楯に打ち込んだ。
祐介は確認したが、言われた通り傷一つ付いていない。
「やっと思い通りの装備が打てたわい。寝るのを忘れて打ってたからのぅ、剣もあと2日あれば出来上がるぞ。強化回数25回に魔法石を30個じゃ。ワシの腕ではこれが限界じゃな。しかし楽しませてもらった、あとはお前さんの噂を聞いて楽しむことにする。」
ゴードは嬉しそうに祐介に鎧を着せていった。楯は左腕に持つのではなく甲冑の左腕部分にカチャリと嵌まった。
左手が空くので両手持ちの剣も装備出来る、素晴らしい出来だった。
「まるで装備してないように軽いです、剣も楽しみにしてますのでよろしくお願いします」
祐介はそう言って新しい甲冑を試すためにサンディアのダンジョンをまずは3箇所クリアした。
フレイムドラゴン、シルバードラゴン、ヒュージゴーレムと戦ったが、明らかに防御力が高くなっている。装備が軽いため素早く動けるのも攻撃には都合が良い。
2日の間サンディアのダンジョンを攻略し続け、ゴードの鍛冶屋に戻った。
「お前さんのことだからどこぞのダンジョンに行ってたんじゃろ?甲冑と楯はどうだった?」
カウンターに出来上がった剣を置きながらゴードが尋ねてきた。
祐介は鎧と楯を少し見て
「全く傷がつかないですね、ドラゴンを数回倒しましたが。それに動きやすく軽いです」
と答えて剣を持とうとした。
その時ゴードは
「甲冑と違ってこの剣は重いぞ?」
祐介はその大きさを見て相当な重さだと覚悟していたが、これも意外と軽かった。
しかし、大きさの割に軽いと言うだけで、常人がこの剣を使いこなすのはまず不可能だろう。
祐介は剣も試したかったが、そろそろミラーが帰ってくる頃だったのでプレイシルに帰ることにした。
イースタルード、ウェンタリアを経由してプレイシルに戻った。
ミラーのギルドであるアテナシアのギルド会館に戻ると、ミラーが直接出迎えてくれた。
「噂通りですね、クルツ・レイムさん、私はクイントゥス・ミラーです」
そう言われて「サムライのクイントゥス・ミラーさんですね、コインの件でやってきました」
祐介の言葉にミラーは驚いた。
「もしかして、レイムさんは、その・・・本を読んで?」
ミラーに訊かれたので
「そうです、説明は不要でしょう、力を貸してください」
祐介は単刀直入に頼んだ。
どうやらミラーは8年前からこの世界に居るとのことだった。
剣士からソードマスターになり、サムライになった時にギルドを立ち上げて5年。
戦闘系ギルドにしたのは強い者を集めるためらしい。
同時にその中に”アルテマのコイン”の関係者が居るかも調べていた。
どうやら8名が転移者のようだが、2次職が5名で3次職が3名だという。
ミラーはこの3人を優先的に冒険に連れ出していた。
シューターーのハドル・クリーゼ
ウォーロックのアクライナ・シャム
ローグアサシンのトワイス・マデリー
ミラーが育成してもうすぐ3次職後半になれると言うが、最後の戦いの時のリストに入っているのかはわからない。
ミラーはクルツ・レイムと同年代、つまり25歳程度に見えるが、27歳の時に転移して8年。
つまり35歳だという。
「初めはプリーストだったんだが、物語に合わせて剣士に転職してね、時間を掛けて今に至るってわけだ」
ミラーは祐介に説明しだした。
戦闘職は単独でもダンジョンに入れるのだが、パーティーを組んで入ることが多かったらしい。
しかしそれが幸いしてか、徐々にパーティーを組む仲間が増え、ソードマスターになる頃には50人以上と親密になっていたという。
元々ゲームが好きだったのでパーティー全員のステータスをチェックしながら戦術を練り、
いつしか「ミラーの居るパーティーは安全」という噂が広まった。
3次職が行くような高レベル用のダンジョンにも連れて行かれ、後衛にも指示を出し次々とクリアしていった。
気がつけば「戦術のミラー」として最強のサムライになっていたという話だ。
仲間にも推薦されてギルドを立ち上げたときにはいきなり50人以上のギルドになった。
数々の戦歴を残し、クルツ・レイムと双璧を為す名声を手に入れていた。
サムライと魔法騎士の違いは、サムライはスキルに魔法が無く、肉体強化系や近接戦闘用のスキルが多いということだ。
楯は持たずカタナを愛用する。純粋な攻撃力だけを見ると魔法騎士の上を行く。
ヘイトを煽るスキルも有り、攻撃スキルとあいまって多対1での戦闘にも向いている。
「いや、ここ8年ずっと探してたんですよ。クルツ・レイムといえば単独行動が多いので見つけるのが困難でした。しかしレイムさんの方からやってきてくれるとは嬉しいですね」
ミラーは続けて
「では今が始まりということですね?」と訊いてきた。
祐介は少し考えて
「おそらくは。今ボルクス・ディーハとルイ・ベータ、バイス・カラム、サイ・レッド、カイル・ナム・トランスを探し当てました。この5人は物語にその名前を記されていた5人です。他はまだわかりませんが」
そう言うと
「素晴らしい、さすがは主人公なだけあります」
ミラーはまだ1人も見つけていないようだった。ただし、転移者は見つけている。
「もう知っているかとは思いますが、この世界は広い。例えばレイス島やルクオール島、ヤックランドなど、この大陸から離れた場所にも街があり、数十万の冒険者の中から探すのは簡単ではないんです」
祐介は頷いて
「俺がこの物語に現れたということは、恐らくやっと始まったのでしょう」
とだけ答えた。
ミラーは8年の間に忘れてしまっていることが多いようだった。
祐介が小説の話をすると「そうだ、そう書いてあった」と思い出したかのように喜ぶ。
ただし、ミラーが登場するのはまだもう少し後の話になってくる。
祐介はジャックとトランスにアテナシアギルドと同盟を結ぶように頼むつもりだった。
先にミラーの承諾を得てから、改めて来るという約束を交わしイースタルードへ帰っていった。
しかし、イースタルードへ帰ってすぐにブラスドラゴンのダンジョンに入り、新しい剣を試した。
ゴードの言っていた通り魔力も攻撃力も格段に上がっていた。
そのままロンディアスに帰ると、やはりディーハが酒を飲んでおり
「おー!漆黒の騎士クルツ・レイムじゃねーか、装備が出来上がったんだな?で、何をやってた?」
と訊かれ
「クインティス・ミラーを探し当てた。アテナシアギルドのマスターだったな。あと、転移者もミラーが見つけてた」
祐介がそう言うと
「あの最強のサムライか、お前が来てから次々に見つかるな」
そう言いながら酒を飲んでいた。
「そうそう、また美味いメルク酒を扱ってる店を見つけたんで1000本程取り寄せてる、お前も少しは飲めよ、筋書きは決まってんだから気楽に行こうぜ?」
祐介はディーハの誘いにはまだ乗らないことにしていた。
「筋書きは決まってる、か」
祐介は1人呟いてディーハの座るテーブルに座った。