四話 兄貴達と学生寮。
前話からどうにかギリギリ一週間。
かなり危なかった。
「いやー、しっかし今日は面白いものが見れたなー」
「まったくだ。人形系の『漢字』もっている奴なんか学校にはいないからな」
練習場からの帰り道、夕陽に照らされながら俺達は歩いていた。
「ほんとだな。まさか剣斗が人形遣いだったとはな」
「兄貴質問、人形遣いって?」
「お前みたいな人形系の『漢字』が主文字の奴の事を人形遣いって言うんだよ。特殊な『漢字』を主文字にしている奴ほどこういった愛称みたいなのはあるな」
なるほどね。俺の知らないうちに色々言葉が増えてるな、やっぱり十五年の月日は長いなぁ。
「どうだ剣斗、『漢字』の使い方はちょっとはわかったか?」
「わかったけど、主に教えてくれたの兄貴じゃないよね」
「そうよ、教えたのは私達だわ。貴方達は馬鹿話してただけじゃない」
「うぐっ」
「確かにそうですね。でも、海斗さんですから致し方ないことかと」
「確かに海斗なら仕方がないわね」
「さらっとお前等俺のことディスってないか?」
「何のことかしらね」
「さて何のことでしょう」
などと話ながら交差点を曲がると大きな建物が見えてきた。建物の上部しか見えないが二棟の建物が連なっているようにも見える。
「もしかして、あれが寮なの?」
「そうよ、大きいでしょ?」
「三階建てで、男子棟と女子棟で別れているんですよ」
更に歩いて、やがて寮の門まで近づくと改めてその大きさに圧倒される。そびえ立つ男子棟と女子棟、そしてその二棟を繋ぐように建てられた中央練にオリエンテーションや食堂、大浴場などの設備があるらしい。
「でけぇ」
つい、そんな感想が俺の口から漏れた。
「だろ?」
兄貴の言葉に頷いて寮の中に入ると玄関脇に事務室があり兄貴はそこへ向かった。事務室の中では兄貴と事務のお姉さんらしき人と話していて、しばらくするとこっちにきた。
「藤堂君、こちらが弟さんですか?」
「そうです」
「海斗の弟の剣斗です。よろしくお願いします」
「寮母をしている佐々です。入寮は明日からなので、明日から三年間よろしくお願いしますね」
どうやら事務のお姉さんではなく寮母さんだったようだ。
「それでこっちが寮の明日までの滞在許可書になりますね」
そう言って俺に滞在許可書が入ったネームホルダーを渡してくれる。
「ありがとうございます」
「明日入寮手続きをするときに返してくださいね」
「わかりました」
「それじゃ寮母さん。さっきの通り今日は俺の部屋に泊めるって事で」
「わかっています。食事は食堂ですが、入浴は他の寮生からの騒ぎが起きると思うので部屋の中にある浴室を使うようにしてくださいね」
「わかってますよ。それじゃ俺達は行きますね」
「はい、それでは楽しんでくださいね」
そう言って寮母の佐々さんは事務室に戻っていった。
「じゃ俺達も行くか」
「そうね、じゃあまた晩御飯の時に集まりましょ」
「あいよー」
「わかったぜー」
「それでは失礼しますね」
俺と兄貴、ナッシュ、幸一は男子棟へ、エリアーヌと千草は女子棟へ向かう。男子棟へ入り二階へ上がって少し歩いたところでナッシュと幸一が分かれていった。どうやら兄貴の部屋がこのパーティでは一番奥のようだ。
兄貴の部屋に入ると見事なまでに普通のワンルームだった。ベッドに机、本棚にちょっとしたテーブル、テレビ、そして小型の冷蔵庫まである。
「へぇー、案外普通の部屋なんだなー」
「ったく、お前はどんな部屋を想像してたんだよ」
兄貴が溜息をつく。
「想像もしようがない凄い部屋」
「そりゃどんな部屋だよ。まぁいいや、適当な所に荷物置いとけ」
はーい、と短く返事してから机の足元に荷物を置く。その間にどこからか出していた敷布団一式を出してきた。
「これがお前の布団なー、この辺に敷いておくぞー」
「さんきゅー。しっかし兄貴、本棚にある本の半分以上が漫画ってどういうことなのさ」
普通参考書とかじゃないのか?
「あぁ、これか。これは前の住人、名も無き先輩達の置き土産だよ」
「置き土産?」
「そうそう。寮の部屋って学年で入れ替わるんだわ。三年が一階、二年が二階、一年が三階って感じでな。で、この漫画達はその先輩達の置き土産ってことだ」
「なるほど、歴代の先輩逹が買い集めた漫画なのか」
「そういうことだな」
漫画のラインナップを探ると七つの龍玉を集める物語に明治の剣客浪漫物語、唯一つの大秘宝を求める海賊の話に元祖バスケ漫画などなど。少年漫画の三大原則が含まれた王道的な漫画がいくつもあった。
「なかなかいいセンスしてるな」
「だろ?お前も読みたくなったら借りに来ていいからな」
などと部屋のことから始まり、授業や『漢字』に関する話を兄貴と話していたらいつの間に時間が過ぎていた。
「おっと、そろそろ晩飯だな。食べに行こうぜ」
腕時計で時間を確認した兄貴が部屋を出る準備をする。
「へぇ、兄貴腕時計持ってるのか」
「まぁな、腕時計があると結構便利なんだぜ」
前世はスマフォしか持ってなかったからな。時間を確認するならスマフォで十分だって思ってたっけ。それにどの道妖魔と戦っていると壊れるから、装飾品の類は敬遠してたんだよな。
腕時計がそんなに便利なら俺も一つあってもいいかもな。
「そうなん?」
「そうなんよ」
部屋から出ると俺達と同じように食堂に向かう生徒と逆に食堂方面から帰ってくる人がいる。恐らく一度に全員が食堂で食べられるわけが無いから生徒個人個人で時間をずらしているのだろう。
やがて食堂に着くと沢山の生徒が食事を取っていた。大抵の生徒はラフな部屋着姿で制服の生徒は一部しかいなかった。
「朝夕の飯はバイキング方式だから好きなだけ食べていいぞ」
「マジで?」
「マジで。育ち盛りの俺達に嬉しいシステムだろ?」
全くありがたいシステムだ。今世の俺はそうでもないが、前世の俺は結構な大食らいだった。それもこれも全て『生』の『漢字』が原因だったのだが。
傷を負うたびに『生』で傷を治すのだが治すのに必要なのは当然字力も必要だが、それに加えカロリーも必要になる。厳密に言えば字力だけでも直せるのだが物凄く効率が悪いので余程のとき以外はやりたくないのだ。それ故にいつ負傷してもいいようにカロリーを常時一定以上しなければならず、大食らいだったのだ。
「沢山あるんだな」
「食堂は種類が豊富だろ?」
俺達はお盆を持ちながら器用にトングやお玉で料理を更に入れていく。
「それに味も結構イけるんだぜ」
当然食べ盛りの俺達の皿には料理が山積みになっていた。俺はご飯に焼きソバ、豚汁、から揚げ、ハンバーグ、焼き鮭、豚のしょうが焼き、麻婆豆腐、鯖の味噌煮にサラダ少々。兄貴がご飯に野菜の肉巻き、春巻き、から揚げ、ハンバーグがすべて大盛りで更に乗っかっていて、脇に申し訳なさそうにサラダが乗っていた。料理を盛り終わった俺は兄貴の後についていくと一つのテーブルにたどり着いた。
「よっ、他のやつらは?」
「まだよ。しかし海斗相変わらずね」
そのテーブルにはエリアーヌが一人で座っていた。
「そういうなって、今日の俺には仲間もいるんだからな」
俺を見ながら席に着く兄貴。俺もテーブルに料理を置きつつ兄貴の横に座った。
「仲間?って、あぁ結局剣斗は海斗の弟だったのね。嗜好まで似ちゃって」
いや、俺はそういうわけじゃなくて、純粋にいつでも『生』が発動してもいいように最大限のパフォーマンスを維持するためなんだけど。なんて理由を話せるはずも無く。
「まぁ、兄弟ですから」
そう言葉を濁すしかなかった。
少し待つと残りの三人も来たので晩御飯を食べ始めた。
「ところで、明日はどうするんですか」
食事をし始めて早々に話を切り出したのは、ご飯に味噌汁、漬物、アジの開き、かぼちゃの煮物という純粋な日本食を美しい所作で食べていた千草だ。
「俺は明日は剣斗の手伝いかな。朝一で剣斗の入寮手続きに家から送ってきた荷物の片付けかな。そういや剣斗、荷物は何時に来るように指定したんだ?」
「朝十時に指定したよ。確か入寮手続きの開始時間が八時からだから朝一番に手続きをしてちょっと様子を見れば、それぐらいかなって」
「なるほど、海斗は明日の練習はどうするんだ?」
幸一がチーズバーガーを食べながら問うた。もちろん食堂のメニューにチーズバーガーなんてものは無いので、皿いっぱいにパンとハンバーグを山盛りに盛ってきて、パンを上下半分に割ってからハンバーグと自前で用意したスライスチーズを中に挟んで食べてるだけだ。
というか、この人どんだけチーズバーガーが好きなんだよ。マイブームの物しか食べないって相当な偏食だよな。
「それは剣斗の荷物量しだいかな。剣斗ーこっちに荷物はどれくらい送ったんだ?」
「ダンボール三つぐらいで中身はほとんど服と日用品だな」
「具体的には?」
「私服に部屋着、下着と筆記用具類一式に一部電子機器と学校から指定されたもの」
「それくらいなら私達も手伝ったほうが早く終わるんじゃないかしら?」
一人で黙々とトマトスパゲッティを食べていたエリアーヌが唐突に口を開いた。
「確かに海斗だけ明日一日潰すより全て午前中に終わらせて、午後は訓練したほうがいいわな」
中華丼に麻婆豆腐、青椒肉絲、ワンタンスープを平らげ最後の牙城酢豚を崩しにかかっているナッシュも賛成する。
「なら、明日は皆で剣斗の手伝いだな。千草もそれでいいか?」
「皆さんがそうおっしゃるなら、私もそれで構いませんよ」
「すみません先輩方、手伝わせることになっちゃって」
「いいのよ、大事な後輩だしね。他にも何か相談事があったら遠慮せずに言いなさい」
おぉ、エリアーヌ先輩かっけぇ。堂々とそんなこと言えるのって凄い事だよな。
あ、そうだ。物はついでだし、アレ頼んでみても大丈夫かな。
「それなら先輩。早速相談がああるんですが」
「何かしら?ある程度の事だったら聞けるから気にせず言ってみなさい」
「明日も先輩達は今日行った場所で練習するんですよね?」
「そうね」
「俺も練習したいんですけど、どこか練習できるところありませんか?」
量の部屋でこっそりやることも考えたのだが、今までの三十センチ程の人形ならともかく、寮だと人間大の人形を作り出すことは出来ない。いや、作ること自体は出来るのだろうが部屋が人形が動かすのに支障がありそうなのだ。
「練習ねぇ。入学しないと学校内部の練習場は当然として外部の練習場も使えないのよ」
俺の相談に残念そうに答えるエリアーヌ。
「あれ?今日俺を練習場に連れてってくれたじゃないですか?」
「あれは俺達が一緒だったからだ。生徒が一緒だと部外者でも入れるのさ」
「ということは入学するまで練習場は使えないんですか?」
「まぁ、そうなりますね」
どうしたものか、部屋でやるには人形を動かす広さが無いし、どっか人目が無い所でも探してそこで練習するか?最悪それもありだな。人形の練習もしたいけど、正直先に『生』の方の『漢字刻印』の残りの『漢字』を早めに開放させたいんだよな。
主な攻撃手段だった『拳』が開放されれば何かがあった時に身の安全さが増すからな。ただ、『漢字』は訓練や実践で新しく開放されるのだけれども、『生』がある『漢字刻印』は公に出来ない『漢字刻印』だからな。出来るだけ人目につかないように鍛えたい。
だから練習場とかが良かったんだけど、仕方ない入学するまで辛抱しかないか。
「当分は諦めるしかない、か」
俺の呟きを拾ったのはエリアーヌだった。
「それなら、剣斗も私達と一緒に練習すればいいんじゃないかしら?」
「え、いいんですか?」
思いがけない嬉しい提案につい反応してしまう。
「おいおいエリアいきなり何言ってんだお前......」
「割と名案だと思うのだけど?それに兄なんだから弟のお願いぐらい聞いてあげる物でしょ海斗?」
「いや、そうじゃなくてだな。俺達の練習はどうするんだよ。近々長期実習があるんだぞ?」
「なら剣斗には練習場の隅で練習してもらえば良いんじゃないかしら?剣斗ぐらいなら練習はそこまで場所を取らないはずよ」
「いいんじゃないでしょうか?後輩が向上心に満ち溢れているのですから、それを後押しするのも先輩の役目でしょう」
「別に一人ぐらい増えたっていいじゃねぇか」
「だな」
「お前等まで......」
結局賛成多数で兄貴が折れ、明日は俺も練習に連れてって貰える事になった。危ないから隅でやることを約束させられたけど、それでもバレて怒られる心配も無く好きに『漢字』を使えるのはありがたいからな。
「エリアーヌ先輩ありがとうございます!」
エリアーヌ感謝の意を込めて頭を下げるとと彼女は苦笑していた。
「いいのよこれぐらい。それにやる気がある後輩を見てると応援したくなるしね」
「それじゃあ明日の予定は午前は剣斗の手伝いで、午後からは練習だな」
兄貴が最後にまとめてこの話は終わりとなった。
この後、食事を終えた俺達は食後のお茶を楽しみながら少し話してから自室に戻ったのだった。